13.姉の亡き骸を抱き締めて
「……というわけで。……アリーシア、ドグウェン。アリーシアのお姉さん……サリアさんをウチに連れてきてしまった……!」
俺の発言を受けて、アリーシアが「アンタは何を言っているんですか……?」と言いたげな困惑気味の表情を浮かべていた。
いや、うん。まあ、言いたいことはわかるよ。気持ちはよくわかる。
だが、連れてきてしまったものは仕方がないじゃないか。
だってよ、俺、この人にやられそう――殺られそうになっていたわけだしさ。
そうしたら、何も抵抗しないまま殺られるわけにはいかないだろう?
で、俺がこの人を始末するのもなんかちがうんじゃないか……?
となると、仕方なく生け捕りにして、「お家に持ち帰っちゃおうね~」するしかなかったんだよ!
それに、忘れちゃいけないけども、俺ってそもそも異世界転移してこの世界にやってきた人間なんだから、その時点でリアリティもへったくれもないってものだろう……? だから、もうあとは俺の知らないなんかよくわからないけどすごい超常現象的な何かとかアレとかで、本当によくわからないけどなぜかハッピーエンドになっちゃったぜ展開来ーい! って祈って、何も考えずに連れてきちゃったんだよ!
考えてみ!? 俺、日本で高校生をやっていただけの普通のモヤシボーイでしかないんだぜ!? 『カード魔術』とこの世界に生じている謎のギャグ時空のおかげでなんかいろいろと誤魔化しているが、本来、俺みたいなただの高校生に何かできるはずもなく? 感情的に? 無策で? 「えーい、もうどうにでもなーれ!」という思考に至るのは、普通だと思いませんか!? ねえ、アリーシアさん!?
「……ごめんなさい。何を言っているのかわからなかったです」
アリーシアが斜め上を見て、すうっ、とそう言った。
どうやらアリーシアも、もうどうすればいいのかわからないらしい。
「ま。話は理解した」
お、おう! ドグウェン、理解したのか……!
「つまり、こいつが本物の『人殺しの魔女』ってわけだ。だから――この刀の錆にしてしまっても、構わないのだろう? オレの友の最期は惨たらしい姿だったんだ。こいつもすぐに惨たらしい姿にしてやるよ」
待て待て! ストップ! 話がこじれる! それに、もう惨たらしい姿になっているからこの人(サリアさんを見ながら)!
ほら、見てみ? 目とかもう人間のそれじゃないし、肩からトゲとか生やしちゃっているし? とっくに惨たらしい姿であるのは間違いないから!
な? 落ち着け、ドグウェン。
「……というわけで、サリアさん。いや、お姉さん。……いや、お義姉さん。……アリーシアを俺にください!」
ガバッ、と土下座をするように深く頭を下げた。
「ちょい待てやコラ」
それを受けて、アリーシアがヤンキー口調で俺にストップをかけてきた。
「お義姉さん! 俺、アリーシアを絶対に幸せにしてやるんで、幸せなお嫁さんにしてやるんで、俺にアリーシアをください……!」
「……お姉ちゃん、このゲスの発言、全部嘘ですからね」
「俺は本気です!」
「黙れ」
「ゲボルンバルフォルッッッッッ……!」
ドスッ、と俺の頭にアリーシアのチョップが直撃した。
大丈夫だ。ツンデレでも、愛していこうと思う。というか、全然愛せる!
「……ャィァョゥョッォィュ」
「……なんて?」
サリアさんの口から解読不明な暗号文のような何かが発せられたので、俺の口から疑問の言葉が飛び出てしまった。
「お姉ちゃん。それは残酷すぎます」
いや、アリーシアはサリアさんが何を言っていたのかわかるの!?
「兄貴ぃ。ダメだ、オレはついていけない……」
大丈夫だ。俺もついていけていないから。
それと、さらっとまた俺を兄貴呼びしているけど、ドグウェンくん、きみ、この前ジゼルといっしょに酒場でお酒を飲んでいたよね。
……となると、少なくとも俺よりは年齢が上だと思うんだけど?
むしろ、俺がドグウェンを兄貴と呼ぶべきなのでは……? というか、呼ばせてもらってもよろしくて? オーホホホホホホ?
心のなかで、お嬢様言葉が俺を支配した。
「……まあ、とりあえず話を戻すけどさ……俺、サリアさんをウチに連れてきちゃったんだけど、これ、どうすればいいと思う……?」
二人に今後どうすればいいのか、聞いてみる。
「……斬るッ!」
とりあえず感覚で斬ろうとするな!
「斬るッ……! チャキンッ……!」じゃないよ!
くっそおぉぉぉ! ドグウェンといると、俺がツッコミキャラになってしまう!
……いや、それはどうでもいいんだけど。……くっそおぉぉぉ、アリーシアとドグウェンとサリアさんのこの関係性と罪、いったい俺にどうしろって言うんだあああぁぁぁぁぁ!
ネットで調べてみるか? 『彼女の姉 弟子が復讐しようとしている 解決方法』、って。
しかし、この方法には致命的な欠陥があるな。
スマホ自体はあるのだが、異世界だからなのか圏外だし、バッテリーが空になってしまったから充電器を挿して充電しようにもコンセントがないため、そもそもスマホが使えないという。
なんという、罠。現代人が中世ヨーロッパ風の……いや、この世界は中世ヨーロッパって感じじゃないけど、まあそこは置いておくとして、現代人が中世ヨーロッパ風の異世界で生きていくとなると、不便にもほどがある。文明の利器に慣れてしまった現代人の俺には、とてもじゃないが耐えられない。
なんかさ、異世界とは言っても、なんかないの? こう、現代よりも文明が発展している異世界。
いや、そこまでは求めなくとも、現代と同じレベルくらいの異世界じゃないと、現代人が異世界転移もしくは異世界転生するのって、厳しくね? ネット小説とかでよく見る異世界転移もしくは異世界転生主人公たちは、本当に上手くやっていけているのか……?
……まあ、でも、俺のこの『カード魔術』だったりこの世界の謎のギャグ時空だったりみたいな要素があるおかげで、俺みたいになんとかやっていけているのか……?
とは言っても、さすがにフィクションにリアリティを求めるのは野暮ってものか。
あれ? なんか、リアリティ云々とか、少し前に俺自身が同じことを思っていたような。
もしかして、話が堂々巡りになっている?
いかん、いかん、と俺は首を横に振った。
「あの、さっきからネットがどうとかバッテリーがどうとかコンセントがどうとか中世ヨーロッパがどうとか異世界がどうとかギャグ時空がどうとか、いったいなんの話をしているんですか……?」
アリーシアが不思議そうな目をして聞いてきた。
あっ! やっべ、アリーシアって他人の心のなかが読めるんだったわ。迂闊だったわ。
安心してくれ。ネットというのは熱湯風呂の略だ(※ちがいます)。
バッテリーというのはバッテラの進化形だ(※ちがいます)。
コンセントというのはショートコントとかそういう感じのアレだ(※ちがいます)。
中世ヨーロッパというのは紅茶についてめちゃめちゃ研究している博士的なたぶんアレだ(※ちがいます)。
異世界というのは、いい世界と異世界を聞き間違えただけだ(※ちがい……審議中)。
ギャグ時空というのはそういう俺の必殺技だ(※ちがいます)。
審議を終えた結果、いい世界の聞き間違えではないという結論になったので、異世界というのは異世界なんだ。つまり、異世界ってやつなんだ(強引に締めようとする)。
「余計、何を言っているのかわかりませんが……」
大丈夫だ、アリーシア。本人である俺ですらも何を言っているのかわからないから。
「……ィッョォゥュ」
だから、なんて……?
「そういうことなんですね、お姉ちゃん」
アリーシアは何を理解した……? それと、サリアさんは何を言っていたんだ……?
「『第一印象でウザいと感じる人ランキング堂々の第一位』、だとアンタに対して言っています」
し、辛辣ぅ!
ちょっと待って? アリーシアのお義姉さんにそう思われているって、もしかして、アリーシアルート詰んだか? アリーシアとのラブラブフラグ、潰えてしまったのか……?
それはまずいな。早急に対策しなければ。
第一印象から一転して、「キャー、ステキ」と思わせられるくらいの何か行動を早急にせねば。
な、何がある……?
だが、そんなことができるのはイケメンくらいだろう。もしくは、お金持ちのおじさん。
無職だからお金で釣って印象を回復するのは無理だろう。そして、俺の容姿はイケメンとはほど遠いと言える。
……ふむ。これは、詰み、か。
今ならまだレーラさんルートに鞍替えしても、間に合うか? いけるか?
「……最低ですね、アンタ」
ベチンッッッ、とアリーシアに思い切りビンタされた。
ありがとうございますッッッ!
決して、決っっっしてそういう加虐されて喜ぶ趣味はないのだが、なんかクセでそんなことを思ってしまった俺。
ニヤッ、とおそらくめちゃめちゃ笑みを溢している俺の横で、ギュオオオオオオオオオオオオオン! と、機械音みたいな音が突如として鳴り響いた。
「……ダメ! ……ワタシ、もう限界みたい。早く、逃げて! 自爆しちゃう!」
と、サリアさんが。
……いや、普通に喋れるんかーい!
心のなかでツッコミを入れつつも、「え、また爆発オチなんですか?」と困惑する俺。
瞬間――サリアさんの身体が発光し始め、凄まじい勢いの衝撃が俺たちに押し寄せてきた。
「俺の家があああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ……って、それよりも、サリアさんが……! まずい、貴重な美人なお姉さん枠なのに……!」
と、感情がぐちゃぐちゃになってしまっている俺。
思えば、サリアさんの最期の発言は、アリーシアから聞いていたサリアさんのイメージ像とはちがう気がした。
本当に悪い人だったのか、というのは今の俺にもわからない。
危険な思想を持つ人だったのかもしれないし、優しい性格だった人なのかもしれないが――そうだったとしても、悪魔に魂を売ったのは事実だし、人殺しである事実も変わらない。
同情してはいけない。
『悪役にもこんな悲しい過去が!?』、といった話ではあるけども、ドグウェンからしたら『だからどうした』という一言にすぎないだろうし、決して同情してはいけないのだろう。
でも、自分の姉の亡き骸を強く抱き締めているアリーシアの姿を見て、同情というか、俺は結局、他人の家庭の事情にちょっかいをかけただけの迷惑極まりない人間でしかないのだと感じて、強く悔いたのであった。




