12.一人の少女を助けるために
正直、他人の家庭の事情に首を突っ込むべきではないとわかっている。
こういう事情がある。そういう事情もある。
アリーシアが自分にも責任を感じて、償いのために姉を止めて自分の命も投げ捨てるというその覚悟を、はたして、俺は止めるべきなのだろうか。……止めるべき、というよりも、止めていいものなのだろうか、と悩んでしまっているところがある。
でも、覚悟は立派だが、そうしようというのなら俺は止めるし、それを知っていて止めないわけにはいかないし、少なくとも俺はアリーシアには生きていてほしいと思っている。
じゃあ止めるのか、と言っても、アリーシア曰く悪魔に魂を売ってしまったとされるアリーシアのお姉さん……サリアさんとの間に発生した問題が余計にこじれてしまうかもしれない。その間にも、サリアさんが暴走して誰かに危害を加えるかもしれない。
ドグウェンの友だちはおそらく、サリアさんに殺されてしまったのだろう。だが、今まで聞いた話などをまとめてみると、表向きはサリアさんとアリーシアが共謀して殺した、ということにしたのだと考えられる。
うーん、なかなか難儀な問題である。ギャグギャグしていたあのときが恋しくなってきてしまった。
「えーい! もうこうなったら、力業だ!」
一回、村まで行って、様子を見てこよう。ジゼルの話によると、依頼を受けたときに俺は一度立ち寄ったことがあるみたいだしな。
そうと決まったら、さっそく支度をしなければ。
バババババババババッ。寝巻きから、冒険用の装備に瞬時に着替える俺。
えー、一応、アリーシアのために書き置きを残しておくか。
『こちら、幸太郎。本日はスパゲッティ麺がとてもお安く、特売セールのために気合いを入れて並んじゃうぞ☆ ぴーえす、パンよりご飯派です』……と。
よし、オーケーだ。行こう! しばらくシリアスの沼に浸かっていたから、ちょっと「ギャグセンスないね」って言われかねない書き置きかもしれないが、まあいいだろう。
えーと、電気は消したかな? 水道はちゃんと止めた? 窓はちゃんと閉めたよな?
よし、オーケーだ。……あ、でも、最後に風呂場も確認しておこう。
なぜか、念のため風呂場も確認しておこうとする俺。そのとき、ガクッとちょっとよろけてしまったのだが、そんな俺の視界に、突然、紺色リボンのついた水色のパンツが映った。
……ん?
「……死ぬ準備はできていますか?」
アリーシアがそこにいた。
一応、湯気や謎の光などで、上半身はよく見えないが、なるほど。朝シャンをしたあとだったのか、薄着なようである。
「……うん。眼福だったよ。ありがとう――ンゴロナハフホンギョォオーッッッッッ!?」
思い切りドカッ、とアリーシアに殴られ、その勢いでズカッ、バキッ、ドガシャッ、という騒々しい音とともに俺は家の外に放り出された。
いてててててててて。たんこぶが二十個くらいできているような気がする。たしかに、俺の不注意だったかもしれないが、他人(男)の家で朝シャンするのもそれはそれでどうなのよ、って話じゃない……? そんなの、カップルくらいしかしないような……。
……ハッ! まさか、アリーシアは内心、俺のことをそういう……いわゆる、彼氏的な存在と認めていて、実はそういう展開を求めていたり……!?
「……だったら、いいな」
俺の妄想には、どこか哀愁が漂っていた(俺的に)。
……いかん、いかん。今はラッキーなムフフシーンを思い返して、ニヤニヤしている場合ではない。こういう風にニヤニヤすることが、できなくなってしまうかもしれないほどの、大きな問題を早く解決しなければならないのだ。
待っていろよ。俺がこの『人殺しの魔女』の問題を解決して、無事にアリーシアを嫁に貰ってやる(そんな話だったっけ?)。
俺のスーパーコンピュータ(からスーパーコンピュータを引いたレベル)並みの知能を駆使して、絶対にハッピーエンドを目指してやるぜ!
うおおおおおおおおおお。ハッピーウェディングライフが待ち遠しいぜ!
できる! 俺ならできる! 本気でいける!
などと、めっちゃテンションを高めていたら、途中で道に迷った。
荒野が広がっている。
ピューピューと風が吹き、砂埃が舞う。
枯れ草がペチッ、と俺の顔に当たった。そのせいもあってか、前が見えない。
「んがんがんがんが……というか、ここどこ?」
まだ家を出てから、そんなに経っていないはずだが。
ふと服の胸ポケットを見ると、トランプのカードが発光していた。
俺の知らないところで勝手に『カード魔術』の効果が発動されたのか? おいおい、それはちょっと困るぜ。
……となると、瞬間移動した、ってことか?
……瞬間移動、なぁ。
強風で飛ばされないように、どこかで拾った木の棒を地面に刺しながら、前に進んでいく。
「……いてっ。……ん、瓦礫?」
よく見ると、瓦礫があちらこちらにあった。
辺りを見回してみる。
半壊している建物、全壊一歩手前の建物、少しの瓦礫が散らばっているだけでほぼ更地と化してしまっている建物……だったようなもの。
俺の口からふと出てきた感想は「……ゴーストタウン?」だった。
でも、心なしか、どこかで見たことあるような建物もあった。
……なるほど、たしかに過去に俺、来たことあるな。あれは――クビになる少し前の話か。
化け物が出たのだと、知らせを受けた。
どんな依頼よりも単価の高い依頼で、報酬額だけを見ていた俺はこの依頼を単独で請け負った。
村に到着したときに、依頼内容を聞いた。村人曰く、化け物は、とある家にすみついているのだと言う。
隔離されているのだと理解した。
実際に化け物がすみついていると聞いた家に訪れてみるのだが……村人に聞いた話とはどこかちがう気がした。
一人の少女が村人たちに石を投げられていて、少女は全身が血だらけになっていた。
俺は、日本でただの学生をやっていた人間だ。こんな見ているだけで痛々しい光景をしていて、どう見ても純真無垢な少女にしか見えないのに、化け物なのだと割り切って、報酬のためだけに殺すことができるのだろうか? と思った。
どこが化け物なのだろう? 村人たちは、この少女の何が気に食わないんだ?
とか、いろいろと思ったので、俺は投げられた石を拾って、気づいたら村人たちに向かって「バーカ! こんな石ころ投げてなんになるんだよ。本当に化け物なら、こんな石ころ投げている前にとっくに殺されているわ!」と吐き捨ててから、『カード魔術』を使用して村人全員が少女を見たら『どうしても謝罪をしなければならなくなってしまう状態』にしてやったのである。
あと、ついでに村長の家のトイレを俺の特大なアレで見事に詰まらせてやった。
思い返してみると、こりゃ契約違反でクビになるのも納得だし、現実世界でこんなのやったらお縄になっていただろう。
何を感情的になっていたんだ。仕返し(俺が何かやられたわけではない)をするのはいけないことだ。後悔するべきことだし、恥ずかしい。それに、痛々しい。とりあえず、そんなセリフを吐き捨てて格好つけたのはちょっとアレだ。ダメだ。
でも、俺はバカだから、それから少女や村がどうなったか、なんて考えないし、考えられないし、スッキリすればどうでもよかったんだ。後悔するべきことなんだろうけど、後悔してやらない。
単純に胸くそ悪かったから。
……胸くそ悪すぎて、なかったことにしようとしていたが――そうか、あのときの少女がアリーシアだったのか。
少女の顔もあまり見ようとしなかったし、あのときはボロボロの姿で今と結構ちがうし、ただの他人でもあったからな。再会しても、思い出せなかったぜ。
もしかしたら、アリーシアがウサギの着ぐるみ姿で俺の前に現れたのって、あのときの少女だと気づかれないようにしていたからなのかもしれない。
とは言っても、なぜ、ウサギの着ぐるみ姿なのかは知らないが。
「契約違反でクビになっても、マジで全然構わねえな。仕事なんかまた探しゃいいし、お金もどうにかすりゃいい」
擁護する気は微塵もないが、悪魔に魂を売りたくなる気持ちも、まあこんな腐った環境なら、わからんでもない。
……とは言っても、『化け物』と呼ばれるようになったのは、サリアさんが悪魔に魂を売ったあとなのか、それとも魂を売る前から呼ばれていたのか、それは知らない。
前者であるのなら、アリーシアやドグウェンの話しぶりから、サリアさんは人殺しであるというのは間違いないはずなので、村人たちが恐怖していたのもわからなくはない。
だからと言っても、当時の俺視点からは胸くその悪い見え方でしかなかったのは事実であり、真相を知っている今でも、アリーシアは無実の罪をいっしょに被ってあげているだけにすぎないのだから、血だらけになるまで石ころを投げられたアリーシアがかわいそうなのは事実だし、アリーシアは救われるべき人間であるはずだ。そんなアリーシアに石ころを投げていたのだから、村人たちに同情の余地なんか、やはりない。
後者であるのなら、クソだ。クソというか、化け物なのはどっちなんだ、とそう言いたい。
そう、言いたかった。
……人骨が転がっていた。ギャグ時空のはずなのに、どうにも、生々しいのが不気味に思える。
廃墟。人の姿なし。転がっている人骨。
村人たちは、全員、サリアさんに殺されてしまったのかもしれない……と、そこでようやく俺は理解した。
ヒュゴオオオオ、と正面から風が吹いた。風とともに、誰かの影が見える。
「……あなたがサリアさんですか」
俺にしては珍しく、丁寧語で聞いてみた。
しかし、返答はない。
「……ん――ンガッ!?」
ジャキンッ、とトゲのようなものが勢いよく俺の右耳の横を通過していった。
触ると、ぬちゃっ、という血の感触があり、軽く出血したのだと理解する。
なるほど。少なくとも俺の目の前にいる相手は、話の通じる相手ではなさそうだ。
相手が俺を狙いにくくなるように、姿勢を低くしながら動く。
「……捕まえた!」
ガバッ、と俺はダイブして、念のためと思って持ってきていたロープをジャケットの内から取り出し、相手をぐるぐる巻きにして拘束する。
「さあ、姿を見せてくださいよ」
相手が被っていたフードを強引に剥がした。
すると、金髪の美人なお姉さんの顔がそこにはあった。アリーシアによく似ている。
左目には黒と青に染まった星のかたちをした切れ目があり、そこから黒い煙がプシュッ、と噴出していた。
人間は、こんな特徴をしていない。
「悪魔に魂を売ると、そんな悲しい見た目になるんですね。美人さんなのに、もったいない」
俺の口から思ったことが漏れ出た。




