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11.失ってしまった人間と諦めの悪い人間

 レウィンから、ジゼルはまた酒場にいるらしいと聞いたので、あの酒場にやってきた。


 はぁ。重いなぁ。足が重い。気も重い。

 ひょんなことからジゼルと話すことになっちまったが、いやぁ、何を話せばいいんだ。


 よし、ここは腹を括れ!


 酒場の扉をドンッ! と、開いた。


「俺、華麗に参上」


 ……何を言っているんだろうね。

 ちょっと、重すぎて、俺自身ふざけた登場の仕方をしてどうにかしようとか思ってしまったんじゃないかな。


 でも、真剣に話を聞いてくれるかもしれない相手に対して、ふざけながら登場するってのはどうなのよ、これ。


 たしかに、クビになるときも俺はふざけていたが、あれはハイになっていたというか、もう辞めるわけなんだからふざけちゃってもいいや、みたいないわゆる限界突破的なアレなわけで、今の状況とはまたちょっとちがう。

 もう、どうにでもなーれ! ……というのとは、ちがうわけだ。どうにでもなってはいけないし、どうにでもなってしまった結果、俺はアリーシアを失ってしまうかもしれない。どうにでもなーれじゃなく、今の俺には、どうにかなーれ、のほうがまだ適切だと言えよう。


 だから、何を言っているんだろうね、俺。


「……幸太郎か。久しいな。たしかに、お前はここをクビになった人間だしアタシがお前をクビにしたのは事実だが、相談があるんだろう? 応じられる内容なら聞いてやる。話せよ」


 ジゼルがそう言うので、俺は何も言わずにスッとジゼルの横の席に座った。


 ……なんか、妙に優しい。どうした? なんか、変な食べ物でも食べてしまったのだろうか。


「いや、あの、ここ酒場だよね。クビを言い渡されたときも思っていたんだけど、俺、未成年なのに酒場に連れてきちゃダメでしょ」


「……それを言うなら、お前も上司……いや、元上司に対してため口なのはどうなんだ?」


 あー、それは……おっしゃる通りでございます……。


「だから、これで相殺な」


 ジゼルのその理論はわからん。


「んで、さっさと相談っつーのをこのお姉さんに話してご覧なさいよ。今日は仕事じゃなくてプライベートなんだからさ」


 見た目的には『お姉さん』というよりは『お姐さん』って感じなんですけどね。


「へい。それがですね、姐御ォ」


「誰が『姐御』だ。『お姉さん』だろうが、『お姉さん』」


 ジゼルにギロリ、と睨まれた。


「ジゼル。『人殺しの魔女』って知らないか?」


 俺がジゼルに聞くと、ジゼルはジョッキを一回テーブルに置き、「ああ、『人殺しの魔女』ね……」と小さく呟いた。


 どうやら、ゴロウたちとはちがって知っているらしい。


「なんだ? 『人殺しの魔女』に惚れたのか?」


「まあ、そんなところかな」


 間違ってはいないので、曖昧ではあるけども俺は特に間を置かずにそう答えた。


「『人殺しの魔女』は、ここからずうっと東にある名前もない小さな村でその名前を聞いたことがあるな。なんでも、そいつに触れると死んでしまうとか、気にいらない人間を殺しに現れるとか、忌み嫌われているようだが――」


 ……そのとき、俺とジゼルの横で、チャキン、と刀を抜くときに発生するような音が聞こえてきた。


 なんだ?


 疑問に思って音の聞こえてきたほうを向くと、そこには見知った顔があった。


 ……ドグウェンだ。


「……ほう。面白い話をしているな。オレも混ぜてくれよ」


 ドグウェンが俺の肩に手を置いて、そんなことを言ってきた。


 見た目が怖いお兄さんと、見た目が怖いお姉さん……お姐さんに挟まれてしまっているため、俺は今、とても怖いと思っている。


 というか、こいつらの仲間だと他の客に思われたくねえな……。これじゃ、まるで俺みたいなモヤシボーイが、実はこいつらを裏で操っているボス……!? 的な目で見られかねない。


 一応、お断りをしておくが、俺はそもそも日本で普通の高校生とやらをやっていただけの、普通の人間でしかないし、異世界転移してからも、あくまで女神様から「俺、ツエー!」的なスキルというか素質をなぜか勝手にいただいてしまっただけにすぎなくて、結局のところ、俺という人間はただの普通の一般的な(全部意味同じ)モヤシボーイ高校生でしかないのだ。


 そう! 俺は普通の人間だ! ……まあ、普通の人間が突然「そうだ! 俺は渋谷系アイドルだ(?)!」とか言い出すのか……? みたいな疑問は置いておくとして、身体能力とか一人で社会を動かす力というか影響力というのがそんなにないところとかは、マジでマジのガチで普通なのである。


 だから、こんなシリアスな話に放り投げられてしまっているこの状況を見て、話についていけなくなってしまっているし、「そろそろ、『ニートスローライフ』に戻ってよ!」とか内心は思ってしまっている。


 正直言うと、ボケようにもボケにくくなっている今この状況に、ちょっとつらいものを感じてしまっているところがある。


「……というか、お前、前に依頼を受けてこの村に立ち寄ったことがあるだろ。そのときに惚れたのか?」


「……ん?」


 ジゼルの話を聞いて、「え、そうなん?」となる俺。


『元カード魔術師のニートライフ ~明日から俺は無職だが、運さえあればなんでもできると証明したい~』の本編開始よりも前に、俺ってアリーシアのいた村に立ち寄ったことがあったのかよ……(いろいろとメタい)!? と、驚く俺。


 そして、驚きのなかでさらに驚いてしまう俺。


 ……えっ!? てか、今、また誰かに俺の思考が乗っ取られたんですけどぉ!?

 どうやら、驚きというのは連鎖してしまうものらしい。


「なんだ? 『なんだそれ?』といった顔をしているが、そもそも、その村で起きた一件がお前のクビにつながったんだぞ……? お前……出ていく前にちゃんと書類の内容とかに目を通したのかよ?」


 ギクッ。


 ……やっべぇ。俺、クビになるんだなー、としか考えていなくて、マジで書類の内容とかその辺まったく見ていないし、俺がクビになった理由とか考えようともしなかったわ……。

 俺だって、「うわぁ……俺って働くの向いちゃいねぇ……」とかそのとき思っていて、『クビになる理由を求める』なんてのはポイして、「よーし、早く辞めるぞー!」としか考えていなかったからな……。


 なんか契約違反したらしいが、まあ、なんか契約違反したんだろう(つまりどういうことだよ)、で俺のなかでは思考が停止していたからな。『契約違反してクビになった』という事実しか知らなかった……。


 そうか。俺はどうやら、アリーシアのいた村でいろいろとやらかしてしまったんだな……? それで、クビになってしまったのか。


 なるほど。これは『俺がなぜクビになってしまったのかを突き止めるファンタジー』、ってことだったのか(超絶メタい)。


 となると、ときどき誰かの手によって俺の思考が乗っ取られてしまうこれや、謎の漢数字が表示されてしまうこれも、そこに秘密が隠されていたり……!?


 ……なーんてね。さすがに深読みしすぎだよな。


「……おう、ドグウェン。ジョッキが空じゃないか。サービスしといてやるよ」


「おお、太っ腹だな。ジゼっさん」


 俺の横で、ジゼルがドグウェンのジョッキにトクトクと酒を注いだ。


 ……というか、その話しぶり的に、二人は初対面じゃないのかよ。


 まさかのつながりである。


 ……そういえば、ドグウェンが俺の自宅に来たときに『俺が面白い魔法を使う』と誰かから聞いていたそうだが――まさか、それってジゼルから聞いたのか……?


 やべぇ。すべてがつながってしまった。点と点がピーン、と線になってしまった。世間というのは、なんて狭いものなのだろう。


「くそぅ! 俺も一杯!」


「オレンジジュースでいいか?」


「……あ、うん。それでいいよ、ジゼル」


 ……さすがに未成年がお酒を飲むわけにはいかないしな。


 十秒ほど経って、オレンジジュースが俺の前に置かれたので、それをガブガブと飲む。


 まあ、ガブガブ、というかゴッゴッグオッ、という感じなのだが。


「まあ、その『人殺しの魔女』とやらに惚れたというのなら、それなりの覚悟はいるだろうな。なにやらいろいろと深い事情や触れてはいけない闇がありそうだからな。だから、気をつけろよ」


 ジゼルは俺に忠告するようにそう言う。


 そして、貝の炒め物をつまみながら、ちびちびとビールみたいな見た目をした黄色のお酒を飲み始めるジゼル。


「……ありがとう、ジゼル。俺、もう行くよ」


「なんだ? もういいのか?」


「ちょっと考えたいことがあるんだ。それに調べたいことも」


「……そうか」


 ジゼルはどこか寂しそうな声で呟いた。


 ……いや。寂しそう、でもあるし、どことなく、嬉しそう、な感じでもあったかもしれない。


「最後にくだらない話を聞いていっちゃくれねえか?」


 くだらない話……?


「なに、本当にくだらない話だよ。アタシ自身の話だ」


 ジゼルの瞳が一瞬だけ、闇色に染まったような気がした。


「……アタシには少し歳の離れた弟がいたんだ。でも、あるとき野盗の襲撃に遭遇して、アタシを守るようにして勇敢に散っていった」


「えっと……」


「……重なるんだよ。お前とアタシの弟の姿がさ。性格は全然ちがうけどな。……お前をギルドに迎え入れたのは――アタシの私情だ。ギルドをつくったのも私情だし、お前をクビにしたのも半分は私情だ。お前といると……トラウマを思い出すんだよ。お前を迎え入れたのは失敗だったと思い始めた。そんなときにちょうどお前が契約違反をやらかした。だから、クビにしてやった」


 ジゼルは溜まったものを吐き出すかのように、俺にそう言った。


「それだけは、いつか言っておかなきゃならないと思ってな。話は終わりだ。行くなら、早く行け」


 ようやく、わかった。

 ジゼルはわざと嫌なヤツに見えるような振る舞いをしている。俺にだけ。


 でも、それを知らなければ、そういう事情を知らなければ、俺には嫌なヤツにしか見えなかった。


「……迎え入れたら迎え入れたで、やっぱ無理だったわ、ってのはさすがに自分勝手なんじゃないのか? それに、勝手に俺をジゼルの弟さんと同一視するなよ」


「だから……私情だって言っているだろ」


 まあ、俺もクビになるようなことは実際、しているみたいだし、強くは言えないが。


「……じゃあな、ジゼル」


「ああ」


 俺は酒場から出たあと、思い切り走って家まで帰った。

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