6話:参加資格1
俺の現状での希望と言えば、国の滅亡を回避したい。
そう思って権力者と学生が近づける、数少ない機会を狙おうと考えた。
そのための腕試しに課外の魔物討伐へ向かったが、そこで出現しないはずの熊の魔物に襲われることに。
勇者と一緒に運よく退治できたものの、どうして学生レベルじゃない魔物がいて警告も対策もなかったのか、疑問が残る。
その理由は当事者の勇者ユリウスと、情報通なエドガーから知らされることになった。
「ごめん、あの魔物、俺を狙ったものだったらしいんだ」
「はぁ? いや、それにしてもユリウスが謝る必要はないだろ」
悄然とするユリウスの肩を叩いて、訳知り顔のエドガーが続ける。
「さすがに情報網から漏れた魔物が、学生の目の前にってのは問題でな。学院側も、周辺管理の役人も動いて調べたらさ、なんと、とあるご令嬢が勇者に袖にされた腹いせに、魔物仕込んでたそうだ」
「はぁ?」
俺はまた同じ声を上げることになった。
声に含んだ呆れに、ユリウスはさらに気落ちしたようで頭を下げる。
「その、告白されて断ったのも、俺なんかって言ったのも、駄目だったみたいで。それに、なんか盛られて、家に連れ込まれた時に逃げたのも、向こうを怒らせたらしいんだ」
「いやいやいや、突っ込みどころが多すぎる。が、まずそれはユリウスが怒っていい」
状況が理解できない俺に、エドガーが耐えきれないように笑いだした。
「しかも、その薬盛られて逃げたのがさ、寝室でベッドに放り込まれる直前だったらしくて。服脱がされながら男ども投げ飛ばして、ま、窓から、くく、飛び出したって」
「窓? え、何階?」
「二階」
俺のずれた質問にユリウスが真面目に答える。
色々ヤバい状況を、フィジカルだけでごり押しして逃げ出した、のか。
勇者すげぇって言っていいのかなんなのか。
「あー、ともかく。力尽くなんて対処がわかりやすい方法で出られない分、女性のほうが搦め手で攻めてくるから、出される飲食物には警戒しろ」
「う、うん」
「あと、俺かエドガー理由に、呼ばれてるとか、用事あるとか言って逃げるのもありだ。ともかく相手のペースに呑まれて押し込まれるな」
「わかった」
俺のアドバイスにユリウスは真剣に頷く。
そんな忠告を聞いてたエドガーは、また笑って俺の肩を叩いた。
「なんの話してんだよ。女あしらいじゃなくて、魔物倒すための段取りかよ」
「相手をいい気分にさせて有耶無耶にする手もあるが、それは俺じゃなくてエドガーに聞け」
「え、そんなことできるの?」
俺が投げると、大真面目に教えを請うユリウス。
「おいおい、絶対ユリウスはその手のことは苦手だろ。性に合わないやり方教えても、失敗して火傷するだけだぜ」
「できないって言わない時点で、こいつは女遊びを日常的にすること確定だ。こういうのは男にも女にも一定数睨まれる。人の振り見て我が振り直せってな。対処するにしても相手の人柄見極めるのも手だ」
俺は他人ごとのエドガーを教材扱いしてしきり直す。
「それで、その令嬢のほうはどうなった? さすがに平民とは言え勇者で学生だ。お咎めなしじゃないんだろ?」
「親が城に呼ばれて厳重注意。社交界じゃ家の肩身が狭くなって、令嬢のほうは謹慎処分。学院に戻って来られなかったら修道院送りだろうな」
令嬢からすれば、身分が上の自分の意に沿わないユリウスが悪いとのたまったようだ。
その上勇者という紋章持ちの戦闘力なら、魔物なんて困る程度の認識で反省なし。
その場には他の学生、つまり他家の子女もいたから殺人未遂にも等しいんだがな。
そもそも勇者はその紋章から、王家預かりのご身分。
危害を加えようって時点で、国王から叱られるという不名誉で物笑いの種にされる状況。
家を陥れた娘を、そのまま家名を使わせて学院に戻すかどうかわかったもんじゃない。
「いいほうに考えれば、ユリウスが平民だからと言って、貴族の特権は使えないって前例を作れたわけだ」
身分のある世界に、前世と違って平等なんてない。
生まれの違いが権利の違いであり、社会的に地位の違いに直結する。
貴族は平民に罰を下せても、平民が貴族に罰を下すことはできない。
それは身分を越える越権行為で、どんなに仕事の上で上位に立とうと覆らないとくる。
けどユリウスのように、王家に庇護されてるなら話は別だ。
今回の処分はそのことを、わかりやすい形で社交界と学院に知らしめたことだろう。
「俺たちも忙しくなるし。側にいない時には王家のことをちらつかせてもいいかもな」
「え、何かあるの? 試験とかはまだ先だよね。できれば、話聞きたいんだけど」
ユリウスが不安そうに、貴族相手の対処を教えてほしいという。
エドガーは何を思ったのか、得意げに俺の肩に腕を回した。
「俺らは初夏の狩猟大会を目指すことにしたからな。参加資格を得るために、今から頑張らなきゃならないんだ」
「狩猟、大会? つまり、狩りを大勢でやるの? で、参加資格がいるんだ?」
王家が主催する催しなんだが、どうやらユリウスは知らないらしい。
まぁ、貴族が集まる行事だから王都に住んでもいなかったユリウスなら知らないか。
「本来学生は参加できない。だからこそ、王族も来臨する場に出しても恥ずかしくないと認めてもらう必要がある催しだ」
「参加できれば王族に招かれるような、高位の家の当主たちの目に留まる機会にもなる。だから真面目で実力に自信がある学生は、狩猟大会参加を目指してるんだ」
俺とエドガーで、ユリウスにもわかるよう簡単に説明した。
言うなれば、青田買いだ。
狩猟大会に呼ばれる高位の家の者たちも、学院で実力ありと認められる者を配下にしたいという思惑があれば、向こうから声をかける場になる。
エドガーが今度はユリウスに腕を回して聞いた。
「なぁ、ユリウスも興味あるか? 俺たちと一緒に参加資格取ってみないか?」
「エドガー?」
俺が声をかけるとエドガーは一瞥だけで、ユリウスに続ける。
「参加資格は学問、実技、作法の資質を示して認められること。学問は学院の成績も加味されるから、この優等生のローレンが勉強会してくれる」
勝手にいうが、確かに一緒に目指すならそうして得意分野を担ったほうが良さそうだ。
「で、俺は実家の商会にパーティー関係の発注も入るから、何処でどんな集まりあってるかがわかるから、作法で必要な社交を行ったっていう実績が作りやすい、俺たちでも参加して問題ないパーティーを紹介できる」
作法の資質は社交した結果として、どんな評価を受けたかになる。
もしくはどれだけ格式高い集まりに参加を認められたかという実績が必要だ。
俺と自分を指差した後、エドガーはユリウスに指先を向ける。
「で、勇者の紋章を持つユリウスは、魔物討伐ができる。実技には騎士団の手伝いや、魔物の討伐実績が必要だ。それで俺たちを助けてほしい」
「う、うん。俺にできることなら、やるよ」
素直で純朴っていう言葉がぴったりなユリウスの返答。
前向きで明るいが、ゲームと同じなら両親死んでるんだよな。
生活に余裕のない親戚に引き取られ、あまりいい待遇ではなく、それでも弟と一緒に真面目に農民として日々を勤めていた。
それが勇者とわかって弟をおいて王都に一人。
ゲームでは初手滅亡の憂き目にあった勇者は、隣国へ逃げる前に故郷へ向かう。
そして、魔物によって荒らされ、誰も生き残りがいない村に辿り着くんだ。
唯一の肉親の死に、勇者は膝を突いて動けなくなる。
それを聖女が哀悼と共に、これ以上の犠牲を出さないため力を貸してほしいと説得し、共に亡国となった故郷を旅立つんだ。
そのイベントをこなすと、何もなかった故郷に墓石のオブジェクトが現れる。
魔物が出る、レベル上げのためのクエスト地になったんだよな。
「ローレンツくんのほうが詳しいかもしれないけど」
「…………ローレンでいい。俺は本読んで知ってるだけで、実際にはそこまでの腕はない。ベアの時もそうだったが、動きはユリウスのほうがいい。一緒にと言うなら、助けてもらうさ」
事実を言っただけのつもりが、褒められたと素直に受け取ったらしく、ユリウスは照れたように口元を緩める。
「もちろん、俺でいいなら助けるよ。それに、二人は貴族なのに話しやすくて、会話が楽しいなんて久しぶりだ。これからもよろしく」
邪気のない笑顔で言う内容が、なんだか世知辛いな。
エドガーは気にしないふりで胸を張って片目を瞑って見せる。
「俺はお堅い文官系のローレンの家と違って、街道沿いの小さな領地で小金を稼ぐ商会持ちの家だからな。しかもお気楽な三男坊。伯爵家継がなきゃいけないローレンとは、違うんだよ」
「まだ俺が継ぐと決まったわけじゃない。俺は致命的に社交に向いてないからな」
問題がなければ長子相続が普通だが、うちみたいに後妻に男子が生まれてれば話は別だ。
次男や三男のほうが能力が上とわかれば、後継者に指名されることもある話。
それで言えば、まだうちの伯爵家は後継者指名がされていない。
弟、まだ八歳なんだよ。
「はいはい。ユリウス、こいつのこういうのは聞き流していいぞ。ちょっと拗らせてんだ」
「そう、なの?」
「そうなの、そうなの。そうそう、パーティー出るなら話題をいくつか持ってたほうがいい。最近聞いた中で振りやすいネタは、聖女が帰国するって噂かな」
エドガーに言い返そうとしたが、ゲーム開始に不可欠の人員の噂に、俺は思わず息を呑んで、続く言葉のために口を閉じることになった。
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