56話:ダーリエフェルトの王1
軍と軍が戦うなら、それは戦争だ。
だが、俺たちは侵攻される謂れもないし、ダーリエフェルトの大臣が起こした軍は、イェーデシュタン侯爵を助けれるための脅しだと思っていた。
だが実際、ダーリエフェルトの軍は国境を越えて侵攻してる。
破られた砦が王弟の命令で一日もたせたお蔭で、王弟も軍をイェーデシュタン侯爵の領地に進め、防衛の形だけはなんとか整えた。
「邪魔な家財道具は置いていけ! ともかく命が優先だ!」
俺は、すでに戦場になってる領内の農民たちを逃がす役割のために、声を上げる。
訓練を受けた兵でもなければ、実戦に耐えるだけの教育を受けた指揮官でもない。
正直戦力として俺は微妙過ぎる。
そんな王弟の判断で避難誘導に回されただろうことは想像できた。
その上で、避難誘導に回されたのは対人戦の経験がないユリウスも一緒だ。
「え、家畜? 駄目だよ、自分が逃げて生きること考えよう」
「さぁ、急いでください。我が国の軍が精強とは言え、相手は大儀なく攻め入る不逞の輩。弱き者をあえて狙う非道をしないとは限りません」
しかも王女で聖女なルイーゼまで、避難誘導に走り回ってる。
紋章の力で戦力にはなるけど、対人戦をさせるには風聞が悪いのかもしれない。
だったら一番安全圏にいるべきなのに、何故か俺と、手伝うとついてきたユリウスにさらについて来て、戦場近くの村から順に避難を助けていた。
「やれやれ、物資調達という名の強盗部隊が来ましたぞ」
ゾイフの声は屋根の上から。
農村に櫓なんてないから、周囲を警戒するために登ってるんだ。
視力がいいからなんて言ってたが、魔人的な何かしてないよな?
「ゾンケン!」
俺は不安なく任せられる騎士団長を呼んだ。
すぐに反応して、うちの騎士を引き連れて迎え撃つ準備をしてくれる。
そこにウルリカが剣呑な目をしてやってきた。
「ダーリエフェルトの軍がわざわざ少数で来てんのよ。だったらさっさと全員で血祭に上げればいいでしょ」
「落ち着け。俺たちの任務は避難だ」
「助けるんでしょ? だったら敵倒しても同じじゃない」
「よく見ろ」
俺は戦意が高すぎるウルリカに指して促す。
転びそうになった農民の子を支えるユリウスが、咄嗟に掴んで引き上げた腕。
袖からさらされたそれは、嫌に細い。
「イェーデシュタン侯爵は金に汚く、身内にも出し惜しみをする。そんな奴の下で虐げられた農民が、元気に逃げられると思うか?」
ウルリカは、細すぎる腕を持つ農民の少女の姿に、今まで以上に表情を険しくした。
「何処にでもくそみたいな支配者がいるなんて」
吐き捨てる極論に、冷静さを求めて言い聞かせる。
「そこは個人の人間性の問題であって、支配者で括るな。しかもここは侯爵の領地。取り上げるにも介入するにも時間と手立てが必要だった。それを今回、王弟殿下は迅速かつ乱暴な手段で介入してる。ここで退いたら二度はない。是正できない。あの方は、そういうとこで退くことはしないんだ。だったら、助けるべき者を少しでも逃がす手伝いを、俺たちはすべきなんだよ」
狩猟大会でも、一番離れてた本営の王弟は逃げられたはずだった。
それを踏みとどまる判断したと、落ち着いて考えてから気づいたんだ。
正直その姿は、従う者からすれば頼りがいにもなる。
これが狩猟大会でも真っ先に逃げた中の一人、イェーデシュタン侯爵だったらどうだろう。
踏みとどまっても見捨てられる、なんて迷いで人助けなんてしてられない。
けど王弟になら、援軍要請すれば来ると思えた。
これがイェーデシュタン侯爵のような奴なら、援軍呼んでも来てくれなさそうだし、こっちも足手まといを抱えていられる余裕もなかっただろう。
「まぁ、あちらも継戦能力は低いでしょうな」
いつの間にかゾイフがいた。
見ると代わりの人員が梯子を使って屋根に上ってる途中だ。
まさか俺と二人でウルリカが話してるから来たとか言わないよな?
「戦い奪った後でなら略奪も容易。それがこうして最中にとなれば、一日で兵糧に不安を覚える程度の備えなのでしょう」
「砦には王弟殿下が物資を手配していた。だが、煙が見えるから、焼いてしまって回収できなかったんだろうな」
国境の砦の落とし方がまずかったんだろう。
侵攻を急ぎ、火をかけた。
その上、イェーデシュタン侯爵の領地は豊かなほうだが、あくまで領地として見た時の話。
そこに住む者たちは搾取されすぎて、大した貯えもないのが実情だ。
途中の村を襲っても、思うようには兵糧を得られなかったのは想像できる。
その上で王弟の軍と、ことを構えることになった。
一番貯えてるだろうイェーデシュタン侯爵の領館は、王弟の軍の後ろだ。
「ちゃちなことして。真面目に生きてる奴らを虐げて何が楽しいの」
ウルリカが真っ当に義憤を吐く。
これは言っておいたほうがいいのか。
イェーデシュタン侯爵という、この国の貴族の過ちによる現状だ。
変に義憤に駆られて、戦力になる二人に今離れられても、暴れられても困る。
そうなると、鉾先を同じ方向に向けられるネタはあったほうがいい。
「最終目的は、この戦いでの勝ちではなく、イェーデシュタン侯爵が失墜した後の継承権だろう」
「侯爵はあちらと血縁が? その上で継承順位が高い者をダーリエフェルトは確保しているのですかな?」
ゾイフはすぐに察して確認してくる。
「順位よりも継承権を持つだけで十分なんじゃないか? …………かつてのダーリエフェルトが、ナイトシュタインにやられたように、大義名分にして争いを正当化させる言い訳にできればなんでも」
俺の言葉に、ゾイフは表情を落としたように無になる。
ウルリカは考えて、それから産毛が立つのが見えるくらい怒りを膨らませた。
ダーリエフェルトでウルリカの祖父が謀殺された後、残った遺族は隣国ナイトシュタインを頼って報復の戦争を起こしてる。
ゲームでは語られなかった過去の確執だが、そう簡単な話じゃないのは自分で調べてわかった。
殺された当主に近い親族ほど、国内に残ってダーリエフェルト王を非難し、国内勢力を結集しようとしたんだとか。
しかし安易にナイトシュタインに頼った遠い親戚のせいで、粛清の言い分を作ってしまい、国内に残っていた者たちは次々に追われ、殺されたという。
「向こうがほしいのは、イェーデシュタン侯爵の継承権者から、守ってくれるよう要請されたっていう大義名分と、そのために動いたっていう実績だ。そこで誰が生活を潰されてもかまわないんだろう」
申し訳ないが、それとなく煽る言葉を選ぶ。
今ダーリエフェルトの大臣がやってることが、かつてナイトシュタインが欲を出したせいで、ウルリカたちが陥った状況に似てるんだとわからせるために。
「二人が関係ないのはわかってる。だから、働きの分は報酬も出そう。逃げることもままならない人々を助ける手助けをしてくれ」
この村が終わっても、また次に避難誘導しなければいけない村がある。
それを日暮れまで続けないといけない。
俺の要請に、無表情から笑みを張り付けたゾイフが試すように返す。
「ですが、向こうは砦を落として勢いづいている。この状況では、王弟の軍は破られる」
「あくまで今は時間稼ぎだ。足止めして周辺住民を逃がす。本当に取られちゃならない所以外は、後で回収することも含めて、今日は退くと思う」
レルナー先生からも教えられた戦い方。
押し通すだけが能じゃない。
急いで結果を求めるだけが戦いじゃないし、退くこともまた戦略の内だ。
「…………後ろを見せた途端、食いつくつもりですか。怖いこわい」
「さて、俺に王弟殿下のお考えはわからないからな」
ゾイフ、やっぱりそれなりに教育と経験がある戦闘の玄人なんだろう。
だから、岡目八目で王弟の狙いを見抜いたようだ。
俺としても、王弟は今日の戦いを捨て石にするんだと思う。
その上で、名目を求めて強硬に進軍したダーリエフェルトの軍が引き返すのを待ってる。
居座ることは、イェーデシュタン侯爵の統治の悪辣さから無理。
だからこそ、背中を見せたその時に襲い掛かって叩き出す。
その後に民を戻して領地の復興を図る。
そこまで考えてるからこそ、俺たちや各家の騎士団動かして戦いには加わらせず、こうして避難誘導に当ててるんだろう。
「え、援軍! ダーリエフェルト側から、援軍が現れたようです!」
屋根の上から悲鳴のような報告が上がる。
完全に予想外の新手に、俺も一瞬思考が空転する。
今回の進軍は、イェーデシュタン侯爵と結んだ大臣の独断と見ていた。
だから援軍なんてないことを前提にしていたんだ。
ところがダーリエフェルト側から新手の軍が現れたという。
これは一度退いて帰るのを待つ戦法なんて言っていられない。
一気に王弟が押し込まれてイェーデシュタン侯爵領から追い出される可能性まである。
「新手の旗印は!?」
「ダーリエフェルト王家!」
俺の質問へ返った答えに、意味がわかる者は息を呑んだ。
ただ続く報告に混乱が生じる。
「え、あ! 援軍が、援軍? が、ダーリエフェルトの軍を攻撃し始めました!?」
王家の旗を掲げたほうのダーリエフェルト軍が、大臣の軍を背後から強襲してるらしい。
何故だがうちの国の中で、ダーリエフェルトの内輪もめが始まったらしかった。
定期更新
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