55話:王弟の出陣5
俺は壁に囲まれた街の中を、松明片手に駆け回っていた。
「右から回り込め! このまま追い込むぞ!」
声を上げる俺のこれは、指揮とかそんなもんじゃない。
ただ馬を走らせて、ついてこられる奴らを先導するだけのものだ。
そうして追い詰めた獲物は、自らかがり火が焚かれた広場へと躍り出た。
「イェーデシュタン侯爵とお見受けする!」
「ズィゲンシュタインの子倅が…………! この私を上から見下ろすな!」
馬に追いかけ回されても、まだ叫ぶ元気があるらしい。
けどすでに広場の出入り口になる道は全て塞いである。
俺が手を挙げると、一番慣れたうちの騎士団が動いた。
騎士団長のゾンケンを先頭に、問答無用でイェーデシュタン侯爵たちを縛り上げる。
もちろん侯爵を守ろうとお付きは抵抗するんだが、相手は騎士だ。
そしてイェーデシュタン侯爵たちは散々馬に追われて走った後で、体力なんてほぼ尽きた状態だから、大した抵抗でもなかった。
「王弟殿下のご命令ですので、私の生まれや現在の学生身分などは関係ございません。もちろんここにいる者たちは皆、王弟殿下の指揮の下動いております」
文句なら王弟に言ってくれと、俺は実家の騎士たちを庇うことも含んで言っておく。
実際、現状は王弟に色々仕込まれた結果だ。
先に着いた騎士団が、早くに街を封鎖し、入れるだけ入れて出さない形を作ってた。
それ自体、軍より早くに王都を出された各家の騎士団たちが追い立てるように包囲網を狭めた結果であり、王弟の指示。
俺は途中の騎士を見て気づく程度だったが、最初から王弟はこの周辺で、逃げ切れないと悟ったイェーデシュタン侯爵が、一度身を隠すと読んでいたらしい。
「なんか、すでに罠にかかった獲物回収するだけみたいな感じに終わったな」
「言い得て妙ですね」
ちょっと馬の遅れてたレルナー先生が、疲れたように息を吐いてそう言った。
一つの宿にイェーデシュタン侯爵を押し込んで、王弟と合流するまで見張るだけだ。
そんな状態も、ほぼ先に動かされてた騎士団あってこそで、俺はそこまで疲れるようなこともしてない。
逆に俺より考えることは多いだろう先生が、試すように聞く。
「隊の者に、武装を解いて休むようには言わないのですか?」
「言ってもどうせ、すぐに着込むことになるんじゃないですか?」
先生は口の端を上げて笑みを作るだけで応じる。
ここに来る前に魔物が出たのは、つまり魔人がいるって証左だ。
そうなると狙いは王弟か勇者ってことで、なんにしても戦闘になる。
それで王弟が迎撃するか後退するかは知らない。
どちらにしても、俺たちは迅速にイェーデシュタン侯爵を護送する任務に切り替わるだろうから、休むにしてもすぐに移動できる準備はしておかないと。
改めてそう言うと、先生が鼻で笑った。
「ま、性格悪い人が、弱った獲物を見逃すはずがないんですよ」
なんのことかわからなかったけど、その答えは朝焼け近い頃に知れた。
王弟率いる軍が、町にやって来たんだ。
しかも明らかに戦闘後の姿で。
「さて、イェーデシュタン侯爵。当初の予定では収賄か国家規模の詐欺だったんだが、ここに来て貴殿には王族暗殺の疑いが浮上した」
「な、なにぃ!? そんな馬鹿なことがあるか!」
王弟は戦闘したってわかる様子の部下引き連れて、速攻でイェーデシュタン侯爵に詰め寄ってる。
弱った獲物って、こういうことか。
しかも魔人に襲われたのも理由にして、罪重くするか口滑らせるかしようとしてる。
俺は捕縛を指揮したってことで、小一時間同席。
その後は小休止。
ただユリウスたちが俺の指示でいい働きをしたって王弟が言うんで、礼のために会いに行った。
小一時間で日の上がった中、多すぎる軍は大半が町の外にいる。
けどイェーデシュタン侯爵を追い詰めた広場では、早い朝食の準備が始まってた。
そこにユリウスとウルリカ、また顔を隠すマント姿のルイーゼを見つける。
「あの、たぶんばれているんじゃ?」
今回は魔導士風のマントで顔を隠していたが、ルイーゼを中心に、ユリウスとウルリカの周辺に人はいない。
「何も言われてなければ、何もないのです」
「ずいぶん強引っていうか、けっこう押しが強いわね、あんた」
王女って知ってるはずが、ウルリカは気にせず呆れる。
それはゲームでも同じ対応だ。
敵だったせいで加入当初はツンケンしていたウルリカ。
それを空気を読まないふりした気障な魔法使いが取り成し、同性と言うことでルイーゼがぐいぐい距離を詰めて仲間にしていっていたように思う。
今のルイーゼも、ウルリカと仲良くなりそうな気配があった。
俺はユリウスに、王弟からのお褒めの言葉を伝える。
「王弟殿下から、ユリウスとウルリカが良い働きをしたとお褒めに与かった。ありがとう」
「いや、良い働きって言うか、なんていうか…………」
ユリウスがちょっと遠い目をすると、ウルリカがズバッと言葉を飾らず聞いてきた。
「なんで魔物に暗殺されかかってるのよ、この国の王族は」
「それはこっちが知りたいところだし、あまり大きな声で言うな」
俺が窘めると、ユリウスは魔物に襲われて何があったかを話す。
俺の言葉を受けて、魔物が襲ってきた時に王弟の下へ向かってくれたそうだ。
そこで、魔人が召喚してる可能性があるから倒しに行けと命じられた。
魔人の同定や相手から情報の引き出しなども指示されたという。
「それで、俺はできる気がしなかったから、けっこう礼儀作法できるウルリカにお願いすることになったんだけどね」
「あたしだってそんなの得意じゃないわよ。だからゾイフにやらせたわ」
「ですが身内からの無茶振りですので、私が引き受けました」
ちょっと待て。
結局守られる側の王女であるルイーゼも、魔人倒しに行ったらしい。
しかも、うち二人が魔人側のウルリカとゾイフ。
なんだその混成チーム。
攻撃された魔人側が驚くしかないだろ、いや、仲間意識あるのか?
「…………魔人、見つけたか?」
「うん、前みたいに黒い霧濃いところ向かったらいたし、相変わらず買面してたけど、同じ魔人だったと思う」
ユリウスはなんでもないように頷くと、ウルリカも特に悪びれもせず言った。
「けっこう歯応えあったわ。人間にしか見えない形してるのに、大型の魔物よりも耐久力高いし。ずっと魔物生み出し続けてるから、攻撃の狙いが甘いと襲われるし」
「まさか、私の浄化の力で魔物の召喚を抑制できるとは驚きました」
なんか新しい情報、ルイーゼから出たな。
けど言われて思い出したが、そこはたぶんゲームと同じ仕様だ。
敵が国王な終盤手前だと、国土にトラップよろしく魔物召喚の魔法陣が仕込まれてた。
それで国中が魔物だらけで、生き残った人間が抵抗してるってストーリーがあったんだ。
それを助けるために、指名手配された国の中を駆けまわって、ルイーゼの浄化で魔法陣を無効化する流れだったな。
それから朝飯をもらいながら、俺は魔人戦の様子を聞く。
それとなくウルリカとゾイフの戦いぶりも探った。
特に怪しい動きもなく、普通に魔人と戦っていたらしい。
やっぱりこの国の魔人と連携してないのか。
いや、ゾイフなら知らないふりするくらいの腹芸はできるだろう。
実際また致命傷を与えはしたものの、魔人は逃げ果せたと言うし。
「それにしても、ルルけっこういい動きするわね。聖女って自力で魔物浄化するものなの?」
「人によりますよ。過去、神殿から一歩も出ずに、ひたすら傷病で苦しむ人々を迎え入れて治療に奉げた人もいらっしゃったそうです」
正体を知ってもルルと呼ぶウルリカに、ルイーゼは何処か嬉しそうに答えた。
どうやら最初に名乗ったせいで、ルルのままらしいが、なんで嬉しそうなんだ?
ゲームと違うのは、俺のせいなのか? 出会い方のせいなのか?
「どうしたの、ローレン? あ、そう言えばここに来る前に手傷負った魔物がいたんだけど。あれ、ローレンたちがやったの?」
「あぁ、倒してくれたか? こっちは先を急ぐために傷負わせる程度で放置したんだが」
「手持ちの武器投げつけてて、先行部隊丸裸じゃないかって話になってたよ」
「それは言いすぎだ。それに、さらに先にいたイェーデシュタン侯爵の騎士も抜けたしな」
流れで俺のほうの話になる。
途中にいたイェーデシュタン侯爵の騎士たちは、律儀に王弟の軍相手にも行く手を阻んで捕まったそうだ。
そんな話をできるのも、魔人を撃退し、魔物も討ち取って、イェーデシュタン侯爵も捕縛したからだ。
正直、周囲も弛緩した雰囲気が漂ってる。
けれどそれも長く続かず、町の外壁から騒ぎが広がり、ほどなく兵士の声が上がった。
「ダーリエフェルトの軍が進軍を始めたそうだぞ!」
「え、どうして? 一緒に悪いことしてた侯爵は捕まえたのに」
狼煙だろう情報に困惑するユリウスに、ルイーゼが予測する。
「落ち合う日にちを打ち合わせていたのかもしれません。合流できなければ…………」
「主不在の領地を、兵馬を使って掠め盗ろうってこと? 卑怯で強欲なやり方ね」
ダーリエフェルトの進軍の意図を、ウルリカは苦々しげに吐き捨てる。
俺は頷きつつ立ち上がった。
「一番近いのはこの軍だ。だったら侵攻を止めるために動くはず。準備にかかる」
俺はまだ解かれてない先行部隊を率いる者として、動かなければいけなかった。
定期更新
次回:ダーリエフェルトの王1




