54話:王弟の出陣4
王弟視点
王都から逃げた罪人を追って、夕方を前に野営の準備が始まる。
先を急ぐことを理由に街には入らず、またあえて人を散らせることもした。
「クラレンツ公へ報せ、国境よりの急報です」
「聞かせろ」
入ってきた伝令に、そのまま告げるよう申し付ける。
私は一度、通り過ぎた町に置いてきた物資調達隊の報告を止めた。
ダーリエフェルトで軍が起こり、国境を前に止まっていたはず。
まだ砦に攻撃する構えは見せず、ただ確かに威嚇の意味は明確にしていた。
そして連れてきた軍を隠しもしない様子から、完全に砦の兵員を把握しているのも想定できている。
その上で本気で攻めかかれば落とせるために、時機を待つ停止だろう。
つまり、遅かれ早かれダーリエフェルト軍は動く。
「やはり、国境の守りはイェーデシュタン侯爵から情報が抜けていたか」
「鋭意防衛に従事する旨。しかれど一両日持たせることは不可能と」
国境を守り切ることはできないと、はっきり言えるだけの戦力差。
そもそも援助が足りない状態での防衛だ。
悠長にイェーデシュタン侯爵に出し渋るなと、相手の恥にならない程度の声をかけていたことが裏目に出ている。
「いや、準備万端で背かれるよりはましか」
私の言葉に周囲は苦い顔をした。
そもそも汚職や逃亡をしない侯爵であったなら、もっと溜め込んだ財を確実に大それたことに使っただろう。
その上、イェーデシュタン侯爵は武威に優れた伯爵から陞爵された家。
現当主が吝嗇で武威などなくとも、先祖によって整備された土地が、兵が、厄介な相手だった。
やはり、今のイェーデシュタン侯爵の状態が、相手をするなら楽と言っていいだろう。
「すでにイェーデシュタン侯爵の身柄を押さえに動き、その行く手を阻んでもいる。領内に戻すつもりはない。その旨を伝えよ」
国境の砦は、攻められれば落とされる。
だが、こちらも攻める理由となるイェーデシュタン侯爵を押さえる。
攻め落とされる可能性はあるが、守ることを放棄することは許さない。
国境の砦ですべきことは、こちらがイェーデシュタン侯爵を押さえるまで、ダーリエフェルトの軍を押し留めること。
敵わず落とされたとしても、それは国益を損なう罪人を捕まえるための時間稼ぎになる。
「足りない物資と共に兵を送ることはせよ」
私は懸命の尽力を命じて、街での物資補給隊と共に伝令を退出させた。
その際に見えた外は、夕暮れの眩しさに満ちている。
「ふむ、来るとすれば夜か。明かりの用意をどれくらいできる?」
私の問いに、ついていた武官たちが顔を顰めた。
それでも仕事として用意できる松明や油の数を報告する。
王族相手に褒められた態度ではないが、しかたない。
私を囮にするのが一番手っ取り早かった。
これだけの急激な動きであっても、イェーデシュタン侯爵とダーリエフェルトに漏れた経緯を考えれば、中に敵がいるのは明白だ。
そうして私の守りが薄くなる好機を作るのが、状況的にも敵を誘いやすい。
「狙いは私か、聖女か」
呟けばさらに嫌な顔をされた。
部下からすれば、どちらを狙われても一大事だ。
私は軍という権力、聖女は信仰という権力を持つのだから、どちらを狙われても傷がつけば国威の問題。
それをあえて私が主導しているのだから気が立つのはわかる。
だが、これだけ旨そうな餌が用意できる好機も今しかなかった。
イェーデシュタン侯爵という大物だからこそ私が出てもわざとらしくない。
勇者やアーレントという同じ年頃で、すでにやらかした顔ぶれがいれば、ルイーゼが同行しても言い訳は立つ。
何やら同じ年頃で腕の立つ、ウルリカという少女もいい目くらましだ。
「火はまず三分の一を灯せ。賊が現れたならすぐさま全てに点火せよ」
少し暗いくらいで、急ぎの出立による物資の足りなさを装う。
それと同時に賊を誘き寄せる暗がりも、不自然ではない範囲で作れるだろう。
そもそも狩猟大会で狙われたのは、国を狙ったのか、私自身を狙ったのかわからない。
ここでか弱い少女であるルイーゼを狙うなら、他人が拠り所とする権力を狙ったと見ていいだろう。
私を狙うなら、私個人への怨嗟も視野に入れる必要がある。
「魔人はわからないが、魔物であれば夜闇など畏れまい」
配置を検討する武官たちがまた非難の目を向けてきた。
まぁ、秘密裏に神殿経由で魔物対策を用意した。
その時点で私が魔人を釣るつもりなのはわかっているのだ。
アーレントに言ったとおり、優先順位の問題だ。
イェーデシュタン侯爵が逃げ出した時点で、王都の屋敷は問題なく差し押さえた。
軍を動かせた時点で、領地周辺には通達済み。
他の貴族たちは下手に動けないから、罪人の血縁であっても押さえ込む算段も付いている。
だが、魔人はその行方はもちろん、目的も知れない。
「…………内部にも目を光らせねばな」
武官たちが非難から緊張を露わにした。
腹芸が下手な、素直でよく従う裏切ろうにも裏切れない者を選びはしたが、これだけ反応があると面白くなってくる。
イェーデシュタン侯爵が逃げたのは、内部からの内通であり、今回の動きも内側から漏らされている可能性がある。
だからこれは魔人と共に、内通をした者の尻尾を掴む意味もあった。
そうして準備を行い、夕暮れも終わり、大方の準備は終わったと密かに報告が上がる。
今のところ、私の周囲であからさまな動きをする者はいない。
寝たふりでもすべきかと考えていた時、危急を告げる鐘が鳴らされた。
「薄明薄暮の見通しの悪い時分か。面白味のない。だが、人だからこその選択か、人を相手にするからこその選択か」
私は周囲を片づけさせつつ、自らも防具を纏い武器を取る。
その間も敵の情報がもたらされた。
「魔物か。アーレントの報告の検証も兼ねて、魔人捜しを勇者にさせたいところだが。まずは規模だな」
前回はスタンピードで、しかも前兆なく生じた完全な不意打ち。
今回はここへの野営は早くて一日前にしか予想もつかないだろう。
魔人の側に準備期間が必要なければ、わざわざ狩猟大会を狙った意味が、効率だけになる。
希望的観測としては、なんの時間的制約もなく、あの規模の魔物を顕現させられるという無法がまかり通らないことを願うばかりだ。
場合によっては即時撤退も視野に入れている。
ここならまだ通過した町に駆け込める上に、その町には防壁と防衛拠点化が可能な館もあることは調べ済み。
スタンピードにも対処できるよう、物資調達隊に内示するようにも言ってあった。
「申し上げます! 魔物の群れが複数! 種別は六種! おおよその数、七十!」
「少ないが、多いな」
私の呟きは矛盾するが、実際狩猟大会に比べれば数も種別も少ない。
だが、六種類もの魔物の群れが行動すると言うのは多すぎる。
そしてバラバラならまだ対処もできる。
しかし七十を視認できる勢いで押し寄せているのであるなら、防ぐにも多すぎる数だった。
「増えることも想定して、今の内に退くか」
それで釣れれば上々。
だが、勇者の報告を思えば、魔人は魔物を次々に生み出すという。
時間をかけるだけ不利かもしれない。
そこの限度も知りたいところだが、あまり欲張りすぎてもいけないだろう。
あとは、少し魔物を通す。
それで向かう先が本能の暴れるままか、もしくは操る魔人の狙う人物か見定めるのかを見極めなければ。
「アーレントの報告が正しければ、回り込むように狙う知能の高い魔物が現れるぞ」
段取りを考えつつ指示を出して、魔物の動きの報告を途切れることなく伝えるよう厳命する。
そうしていると戦闘音が近づくのがわかった。
「どうやら狙いは私だったようだな」
撤退を指示しようとしたところで、魔物の悲鳴が上がる。
そして天幕を乱暴に開ける者がいた。
「ご無事でしょうか? 我ら、聖女ルイーゼ殿下より、クラレンツ公の守りとして従うよう指示を受けました! …………ちょっと、ユリウス。聖印」
「え、あ、こ、これがルル、えっとルイーゼ殿下より預かった聖印? です」
ウルリカという白髪の少女が、騎士然とした様子で手早く目的を告げる。
その口ぶりと立ち姿は、勇者よりしっかりした教育を受けていることが窺えた。
これは、アーレントが言うとおりダーリエフェルトの公爵家ほどの家格はありそうだ。
そんな背景を知らされていなかったらしい勇者が驚きつつ示すのは、確かに聖女だけが持つことを許された印であり、姪の許可を得ての行動と取れる。
だが、そう判断した意図が知れない。
「何故来た? お前たちはルイーゼを守るために同行している者だ。指示を受けたからと易々と応じるのは心得違いだぞ」
「えっと、ローレンが何かあった時は、王弟殿下をって。それを言ったら、ルル、ルイーゼ殿下が向かうようにって。向こうはもう結界はって守り固めてるんで大丈夫、です」
勇者はしどろもどろながらに、嘘偽りはない様子で語る。
アーレントに囮のことは言っていなかったが、気づいたらしい。
その上ちょうど使いたい人員を送るとは、本当に間のいい奴だ。
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