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52話:王弟の出陣2

 迅速に王都を軍が発しても、団体行動ってのは時間がかかるものだ。


 また車もないこの世界、馬を揃えるにも限度がある。

 そうなると移動も歩兵は走り続けるなんてことはできないし、せいぜい早歩きだ。

 その速度で進むにしても休憩は必須で、なりふり構わない逃走者を追うには、どうしても遅いと感じてしまう。


「アーレント、先行部隊を率いて行け」

「は? …………は、仰せのとおりに」


 俺は言葉を失ったが、命じた王弟の反論を許さない表情に従うしかない。

 俺だって軍は遅いと思ってたんだから、先行部隊を編成するのはわかるしな。


 ただ疑問は残る。

 ユリウスやウルリカ、ゾイフは王女であるルイーゼの個人的な護衛として同行してた。

 けど俺は、何故か王弟の下に配属されているんだ。

 その上で、休憩中にこの後の動きを伝えられるというか、主導しろと命じられる状況。


「狩猟大会で披露したという馬術を発揮しろ」

「っ…………ご期待に沿えるよう、微力を尽くします」


 いや、確かに馬術得意な学生で、各貴族の下へと回ったことは報告したけど。

 で、俺は確かに馬術得意だけど。

 なんか王弟に狩猟大会でのこと引き合いに出されると、裏を疑わずにはいられない。


 王弟にすぐ動けと手振りで示され、それ以上何を言うこともできない。

 ただそうして離れる俺についてきたのはレルナー先生だった。


「イェーデシュタン侯爵を領地前で捕まえる意義はわかっていますか?」

「領地に入られれば、命令権が向こうになります。さらに領地には侯爵家の兵もいる。領地に入られれば、武力衝突に発展するでしょう」


 先生に答えつつ、俺はこれから追う相手についても考えを巡らせる。


 軍で追い駆けても少数のイェーデシュタン侯爵のほうが早い。

 もちろん捕縛のためにすでに騎馬で動ける騎士を先に向かわせてある。

 王家に近いからか、ヤディスゾーン大公にも人手の融通を依頼しているそうで。

 その派閥の父にも騎士の貸し出し要請があったんだ。

 騎士は馬とセットだから、早く動かすなら騎士なのはわかるんだだけど、なんで官僚家のうちに要請がきたかは謎だ。


「狼煙での連絡によると、いくらか目撃情報がありました。その上で、使う道は捕捉しています。向かう町に網を張ってありますから、こちらは急行すればいい」


 先生からの説明はわかる。

 だけど、どうしても解消しておきたいことがあった。


「あの、何故私が率いることを命じられたのでしょうか。先生がすべきでは?」


 こうして説明するなら、たぶん先生も同行する。

 だから聞いたら、半眼になってこっちを見た。


「私は男爵家の三男です。あなたと身分においては変わらないどころか下になる」

「ですが、職分という地位においては、私は何者でもない学生です」

「えぇ、他人を動かすのに地位という名目は必要ですし、無視すれば軋轢にしかなりません。ですが、馬術に優れた騎士を多く率いることになるからには、伯爵家くらいの威光がなくては従いません」

「…………それは、欺瞞ではないでしょうか?」


 血筋だけの現場知らない若輩と、現場を知るたたき上げの武官。

 どちらに従いたいかって話だ。

 俺だったら断然男爵家でもたたき上げの先生だ。


 不満そうな顔を取り繕っていた先生は、笑って懐から一つの箱を取り出す。

 装飾がされていて、中身も相応のものを収めていると思わせた。


「これは、ルッセンドルフより得た、回復薬です」


 ルッセンドルフは周辺地域で一番国土の広い国。

 この国の南西に当たる隣国だが、国境が山脈でそう簡単には越えられない。

 だからゲームでも訪れるのは中盤最後になる国だった。

 ぼんやりした記憶を少しでも鮮明にするために、周辺の地図を探したから位置関係はわかってる。

 実際にこの世界に生きる俺としては、隣国だけど遠い国、そんな場所だ。


 そしてその国に入ってクリアすることで、買えるアイテムは一段格が上がるのは体感で覚えてる。

 そんなゲームの知識を思いながら、俺は箱を開いた。

 すると装飾ガラスの中に、柔らかな桃色の回復薬が入れられている。


「これは、ルッセンドルフの…………」

「おや、見たことがありましたか? 周辺では手に入らない高級な回復薬です。これを使って、イェーデシュタン侯爵が死に逃避しようとするなら、クラレンツ公がいらっしゃるまで引き留めるようにとの指示です」


 実物なんて見たことはない。

 けど俺は知っている。

 これはゲームでしか見たことない、上級の回復薬。

 ゲームの中では全回復のアイテムほどではないけど、削られた体力の大半が回復するほどの効果がある代物だ。

 現実の今は、外傷であればほぼ回復すると言われる、言うとおりの高級品。


 それを犯罪者のために使う。

 相手は侯爵だから、ただの罪人として処理するには問題があるのはわかる。

 そもそも汚職の全容吐かせる必要もあるから、生きてなきゃいけない。

 そうとわかる、わかるけど。


「金貨、三百枚…………」

「よく知ってますね。確かに値段は家を建てられるくらいですが。使う時には躊躇わないことです」


 値段を知ってるのは、狩猟大会で回復薬を集めようとしてたから。

 この国はゲームでも初期のアイテムしかない場所だ。

 だから手に入るのもワンパン圏内の体力しか回復しないしょっぱい紫の回復薬。

 ただ値段はゲームどおり安く、銅貨一枚でこと足りた。

 農民でもがんばれば買える値段の初級回復薬だ。


 だがそれ以外が予想外で驚いたから、記憶にも刻まれてる。

 何せゲームの中の物価は、国が乱れる中で暴落してた。

 転生した今それががわかるないような、上振れ状態だったんだ。

 ゲームで紫の次に出てくるのは赤い回復薬で、ワンパンは回避だけど、クリティカル入れられると危ない程度しか回復してくれない中級回復薬。

 それがゲームでは銅貨三枚程度だったのが、現状では銀貨一枚と半銀貨一枚。

 値段が十倍どころの話じゃない。

 平和な今がそうだというなら、ゲーム世界だと捨て値以下で売られてたことになる。


「それは指揮するあなたが判断して使いなさい」

「は、い」


 先生は箱を閉じさせて、改めて俺に押しつける。

 受け取って、俺は一緒に先行する隊の下へと向かうことになった。


 集中しなきゃいけないんだが、それでも意識は上級の回復薬に向かってしまう。

 値段は、狩猟大会前に回復薬を調達してくれるエドガーに聞いた。

 正直、学生が求めるもんじゃない。

 けどゲームをしてた俺は、狩猟大会でこれを手に入れていられたらと思わずにはいられなかった。


「…………あの、俺、今度は何に巻き込まれてるんですか?」


 馬の準備をしながら、気を紛れさせるためにも先生に聞く。

 相手も馬の準備をしながらちょっと止まるけど、また作業に戻った。


 俺は上級回復薬に向きそうになる意識を制し、ゲームでは銀貨一枚と唱える。

 けど、なんで現状の中級回復薬のほうが、ゲームの上級回復薬のほうが高いんだよ! っていう突っ込みが湧いた。

 俺は一人唇を噛んで耐えながら、先生の答えを待つ。

 今の値段のまま、ゲームでアホみたいに銅貨換算でゼロが並ぶのもおかしいけど、だからって値崩れがひどすぎるなと、ちょっと冷静な頭が考えていた。


「ちなみに、行く先の街にはズィゲンシュタイン伯爵家の騎士が配備されています」

「待ってください。巻き込まれてるのは俺じゃなく、ズィゲンシュタイン伯爵家ですか?」


 王弟は何に俺と家を巻き込むつもりなんだ?

 官僚家なのに駆り出された騎士団もおかしい。

 学生なのに指揮を命じられた俺もおかしい。

 さらに無駄にお高い回復薬まで押しつけられてるって、どういう状況だ?


「あなたは使い勝手がいいと思われたのでしょう」

「そういう気は、端々からしていますけど…………」


 狩猟大会でやったことを、王弟は何処までも使い倒すつもりらしい。

 お蔭で学生どころか、伯爵家の人間ってだけの俺には過分な状況だ。


 これ以上厄介ごとかと疑ってると、俺に声がかけられた。


「ローレン! 先行部隊として発つと聞いたんだ」

「ずいぶんいいように使われてるのね」


 やって来たのはユリウスとウルリカ。

 そうして並んでると、ゲーム画面を思い出す。


 なんて、これは逃避だな。


「あぁ、馬術を買われてな。二人は王女殿下をしっかり守ってくれ」

「それはもちろん」

「でも、追ってるんだからこっちが攻撃されることなんて、ローレンツが逃げられた後とかじゃない?」


 ウルリカが挑発的に俺の失敗を口にする。

 言い返そうとして、俺ははたと気づいた。


 そう言えば、呼び出されたいつかの時に、王弟は不穏な考えを口にしてなかったか?

 あれが本気だったとしたら、こうして俺に兵を預けて走らせることにも意味ができる。

 いや、そもそもイェーデシュタン侯爵を逃がして、軍が動く状況にしたのも、もしかしたら?


「ローレン?」

「ユリウス」


 俺は思わず目の前のユリウスの肩を掴んだ。


「俺が離れる間、王弟殿下のことも頼む。あの方は狩猟大会でも一度狙われている」


 そう、王弟は言ったんだ。

 いっそ自分を囮にして相手をあぶりだせたら簡単だと。

 その言葉と今の状況が、いやに合致するように思えた。


定期更新

次回:王弟の出陣3

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