5話:ゲーム転生5
熊型の魔物が現れ、学生の列を襲うかに思われた。
ただそこに剣を握った勇者が出ることで、魔物も唸り足を止める。
ゲームでも初期の敵だが、色のバリエーションでゲーム終盤にも現れたはず。
とは言え、現れたベアは通称黒熊で、特殊攻撃もない単純な相手。
ゲームで考えれば難しくない相手のはずだが、監督する教師も困惑の声を上げる。
「どうしてこんな所に!? ベアがいるなんて報告もなかったのに!」
初期のクエスト地に出るわけない魔物が現れた。
その上、初期装備じゃ負けることもあり得る。
この世界での負けなんて、死以外にないだろう。
だから教師だって逃げ腰だ。
なのに勇者はなんで前に出てんだよ!?
「ローレン!?」
「エドガーは邪魔な学生と一緒に林の外へ! 戦える大人にことを知らせて回れ!」
「お前はどうするんだよ!?」
「ベア相手の戦い方知ってる奴以外は足手まといだ! 走れ!」
足を止めようとするエドガーの友情には思うところもあるが、俺はあえて強く突き放した。
その声に、こっちへ来ようとしてたらしい女騎士志望っぽい女子学生が足を止める。
俺は見ないふりで勇者の元に駆けつけた。
「正面に立つな! 基本的に攻撃は前足の薙ぎ払いと、上段からのプレス! あと噛みつき! 走ると追い駆けられるし、人間の足よりも速いから背中を見せるな!」
「ありがとう! 俺もベアって魔物と戦ったことはないんだ!」
勇者は笑みさえ浮かべて自己申告する。
けどただの農夫だったことを思えば、こうして他人を背に庇って武器構えるだけ上出来だろう。
ゲームでも勇者は、両親を失くして弟とつましく暮らす純朴な少年だった。
それが勇者の紋章を得て、突然弟との生活が終わり、ゲームでももっと弟と暮らしたかったと漏らすイベントがある。
さらに農村とは全く違う慣れない暮らしを強制され、自分がどうして勇者の紋章を持っているのかなんて使命もわからずにいた。
それが聖女と共に国々を渡り歩く中で、確固たる信念に成長していく。
そういうゲームの主人公だったはずの勇者が、開始前の状態でいるんだ。
「…………俺よりもセンスがある。攻撃を任せたい」
かく言う俺も本で読んだだけの魔物知識。
ゲームとの関連を探る中で手にした、魔物についての生態の論文とかいうお堅い内容だ。
本自体が娯楽目的で存在せず、物語は吟遊詩人の語りに頼るこの世界。
あえて物語に入れるなら、王侯貴族の家や土地に関する由来の書かれた本かな。
ちょっとした英雄物語や、成功物語として脚色されてるし。
ただ本で何かを調べると、お堅いのや実用書になる。
今回は魔物の戦い方に関する実用書だったら良かったんだが、知識の半分はゲームでしかない。
「できる限り応えるよ」
すでに襲い掛かる魔物の攻撃をいなしてる勇者が、請け負ってくれた。
恐怖や危機感が宿る声も表情も硬い。
それでも勇者は応える。
その姿勢はゲームと同じ。
ただ確かに並んで見るその横顔には、緊張から脂汗が滲んでいた。
剣を握る手にも力が入りすぎて震えている。
やっぱりこれをゲームだなんて、軽く考えることはできないな。
「剣は振るよりも、防御に使え。力で敵わないから、受けることは絶対にするな」
「じゃあ、どうやって?」
「そもそもベアは物理…………剣や槍での攻撃はあまり効かない。だから、魔法で倒すもんらしい」
「ごめん、魔法も使えるの火の魔法一つだけ」
「十分だ。俺たちがすべきは、教師が揃って攻撃に出るまでの時間稼ぎ。もしくは嫌がらせでこのベアを追い払うこと。まともに戦って倒すなんて高望みしなくていい」
ゲームでも初期装備の制服姿の勇者は、火の魔法のレベル一しか使えない。
すでに習得してくれていて良かった。
そんなことを思いつつ、ベアの攻撃モーションとの共通点を見極めて、そこから避けることにまずは慣れなきゃいけない。
俺も武芸を騎士に手ほどきされたとはいえ、やったことあるのは領地の激弱な魔物を見繕われてからの討伐ごっこ。
まずは安全第一だ。
そう思って回避に専念してると、勇者が笑った。
「勇者になってから戦わなくていいなんて言われたの、初めてだ」
「戦って勝てるなら戦えって言うけどな、どう考えてもただの学生には無理だろ。だったらやれることは負けないことだ」
「そうか、そうだね」
勇者が何度も頷く。
その動作は何処か子供っぽい。
いや、まだゲーム前で、しかもゲームの始まりは戦場で、故郷の滅びがついて来る。
子供らしさなんて、もうゲームが始まった時点じゃ残ってなかったのか。
戦うのが当たり前のゲームのプレイアブルキャラクターとして知ってた勇者。
けど今目の前にいるのは、本当に戦うことも知らずにいた純朴な少年だ。
「うん、君の動きを見て慣れることも、負けないためか。これなら、避けながら、魔法を打てるかも」
「ベアの正面に立たないようにな。それと、俺も離れすぎないようにするが、魔法を間違えて当てないでくれ」
「うん、わかった!」
俺たちは剣を盾代わりに構え直して、二人で交互に攻撃をし始めた。
避けるのを見てから次が動くタイミングを計って、決してベアの攻撃を受けないように。
その中で、勇者の魔法がベアの目に当たった。
「怪我したほうが死角になった! そっちから攻撃集中させるぞ!」
俺の指示に、勇者は剣も使って攻撃を始める。
魔法だって無限に撃てるわけじゃないが、初心者は加減がわからない。
ただ勇者は、そんなの言わなくても自然に限界が近いのを察して切り替えたようだ。
俺は貴族として騎士に何年も師事してる。
だが勇者はそんなことしなくても、俺よりも戦闘センスがあるらしい。
やっぱり勇者って初期のステータスからして、モブとは違うんだな。
「あ! 剣が刺さった!?」
「手を放せ! 振り回されるぞ!」
勇者は素直に剣から手を放して、俺のところまで退く。
予想したとおり、剣の刺さった苦痛に、熊は大きく身を振り回して、剣を抜こうともがいた。
あれの近くにいたら、勇者でもさすがに吹っ飛んで深刻なダメージになってただろう。
「ともかく俺の使え。魔法は一応、俺も杖持ってきてるから」
「ありがとう。手応えからたぶん内臓に届いたよ。動き回らせて剣が抜けるようにしよう」
「あぁ」
ゲームで魔法のほうが効く魔物なんだが、現実の今、そりゃ内臓に損傷届くくらいの物理ダメージが効かないわけない。
それに魔法撃って練習してみるか、なんて思って借りてた杖も役立つ場面が出て来た。
とは言え、実際のところゲームで言えば、勇者は魔法の適正はそれなりにあるから、本来ならこの杖も勇者に渡しておいたほうがいいのかもしれない。
けど育ててないなら、貴族的な教養で魔法鍛えたことのある俺のほうがまだ上の可能性はある。
なんて考えてたら、勇者がポテンシャル見せつけてきた。
戦い方わからないとか言ってたのに、俺に提案するくらいになってる。
この短い間でどれだけだよ。
一を聞いて十を知るってやなのか?
勇者につけられた家庭教師が、軒並み掌を返したのはこの学習能力の高さかもしれない。
「俺が前に行くから、君は後ろから魔法をお願い」
「そうさせてもらおう」
簡易な連携で、俺たちはともかく攻撃を緩めないよう努めた。
ベアの死角に回り込むように動いて、まず勇者が攻撃。
腹に刺さっていた剣は、狙い通り動き回らせるうちに抜け、そこを剣で突けば、かするだけでもベアはさらに大きく動く。
避けた勇者の後から、俺は嫌がらせ重視で傷目がけて石礫を魔法で飛ばした。
そうして多く血を流させたことで、ベアの動きが緩慢になる。
俺たちは一気に畳みかけようと頷き合った。
それでも、やる攻撃は変わらないまま、ベアはついに倒れる。
その姿を見て俺たちは足を止めたけど、乱れた息と頭に昇った血のせいで、ちょっと立ち尽くしてしまった。
「…………た、倒した?」
「待て、無闇に近づくな」
俺が勇者を止めたその瞬間、声が上がった。
見れば、教師と腕に覚えのある御者が武器を持って走って来てる。
「は、はは。倒しちゃったね」
「運が良かったな。本来なら倒し切れるか危ないところだった」
「可能性はあったんだ?」
「死ぬ可能性のほうが高いけどな」
「それなら本当に運が良かった」
俺の軽口に勇者は笑った。
俺たちは教師に保護され、ベアはきちんと大人の手によって死亡が確認される。
それで課外は終わり、俺は元の生活に…………戻りたかったなぁ。
「ローレンツくん!」
教室で目が合った勇者ことユリウスが、俺に笑顔で手を振った。
その様子にエドガーが笑う。
「懐かれたな、ローレン」
「んなんじゃない」
「何?」
近づいてきたユリウスが、俺の不満の声に首を傾げた。
勇者の取り巻きは、伯爵家の人間二人が話すのを無理に邪魔はせず眺めてる。
ま、邪魔したらしっかりエドガーが、商会やってる実家伝いに、躾のなってない学生ってことで話広めたせいだけど。
俺は他人ごとのエドガーの行状を、目の前で無邪気に笑うユリウスに教えることに決めた。
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