44話:園遊会4
イェーデシュタン侯爵からしても、イジドラ嬢は相性が悪いと自覚する相手だろう。
ただ身分もあって無下にもできない。
だからイジドラ嬢を巻き込む王弟の判断は正しかったと言える。
それでも相手はイェーデシュタン侯爵という高位の貴族で、身内から金で買ったとか陰で言われる爵位でも、そこにある権力は確かな誘蛾灯。
群がる蛾よろしく取り巻きがいるし、気になる発言は引き出した。
だったらそろそろ引き上げないと、今度は数の暴力という口数で押される。
俺だけならまだ、王弟に言われていたからそういうシナリオも想定はしてた。
けど今は予定外にイジドラ嬢がいる。
だから俺は、王弟殿下に助け求めようと目を動かした。
「え、王女殿下、お戻りになられていたの?」
そんな声が聞こえて思わず王弟じゃない方向を向く。
すると、そこにはドレスで身を飾った聖女ルイーゼの姿があった。
この前の密談とは違う、本気で王女として装った姿だ。
つまり、園遊会に参加者としてそこにいる。
驚いてると視界の端でドミニクが、イジドラ嬢の女従者の隣にいた。
突然現れた聖女に、ドミニクも動けないようだ。
そう思ったら、俺のすぐ隣から動く気配がした。
見れば、イジドラ嬢は堂に入った動きで騎士の敬礼を聖女に捧げる。
「まぁ、イジドラ。今はドレスですよ」
「は、これはお恥ずかしい」
ルイーゼに笑われ、イジドラ嬢はすぐさま膝を折っての優雅な一礼。
どっちの礼も慣れてる様子が、なんともイジドラ嬢らしいと思ってしまう。
なんて考えてる場合じゃねぇ。
俺も貴族の端くれとして、王女殿下に礼を執らなきゃならない。
「先日お会いしましたわね、アーレント学生」
「覚えおきいただき、光栄です」
俺が礼を執ると同時に、ルイーゼから声かけがあり、応答を許される。
俺は短く答えつつ、真意を探った。
そもそも聖女の帰還なんて大々的にしなきゃいけないはずが、教皇の未来視に従って迅速に戻って来て潜んでた。
だから帰還は表立ってなく、勇者に興味を持っていても戦勝会に参加せずにいたはずだ。
それがこの園遊会には、なんの前触れもなくやって来てるって、その意図はなんだ?
「ルイーゼさまがお出でとは存じあげず、ご挨拶が遅れました非礼、お許しください」
ここで運よくイジドラ嬢がそういうんだが、戻ってきたことじゃなく、出てきたことを知らなかった?
公爵令嬢で王妃の親戚、つまり王女の親戚でもあるから、秘密裏に帰還してたことを実は知ってたのか。
というか、やっぱり今ここにいるの非公表かよ。
参加者にいなかったはずのルイーゼが、何故かいることに、園遊会参加の貴族のほとんどが驚いてる。
俺はその目がイジドラ嬢に向いている内に、事情を知ってるだろう王弟を捜した。
が、いない!?
どういうわけか会場から王弟がいなくなってる。
「ローレンツどのとお知り合いなのでしょうか?」
「えぇ、先日クラレンツ公の下でお会いしましたの」
イジドラ嬢にルイーゼは和やかに会話してる風。
ただ問題は、この状況で放置されてる形のイェーデシュタン侯爵という高位貴族。
俺たちにしか声かけしてないから、王女の話の腰を折るわけにもいかない。
冷静ならここで下手に王族なんて相手にしないんだが、イジドラ嬢の正義感に腹を立てているならそうもいかないかもしれないが…………。
「全く、学生身分は落ち着きのない。しかも礼儀も作法も見についていない未熟さよ」
はい、イェーデシュタン侯爵は冷静じゃなかった。
ここで無視されたからって嫌味ぶっこんできやがったよ。
金に汚いからこそ、葬儀代とか言う金の話されたのが嫌だったのか、庶子っていう家庭内の話されたのが嫌だったのか。
どっちにしても俺、完全に侯爵に睨まれた学生って立ち位置になったな。
けどそんなこと気にしないのか、間が悪いと自称するイジドラ嬢が追撃を加える。
「葬礼は、人としての礼儀ではないとおっしゃるのか。礼儀を蔑ろにしている己の身を至らぬと申していらっしゃるなら、今からでも遅くはございません」
「イ、イジドラ嬢」
俺は予想外の方向に勘違いしたイジドラ嬢を止める。
ルイーゼは笑顔だけど、固まってるって言うか口元に力が入ってる。
そして言われたイェーデシュタン侯爵も、埒外の解釈に理解が追い付いてない。
ここはチャンスだ。
「お声かけいただいたのであれば、王女殿下がお呼びになる用件がございましょう。ここは一度失礼をして、場所を変えてはいかがですか?」
「あ、ルイーゼさまにわざわざ足を運んでいただき申し訳ない。すぐに足を休ませる場所へ参りましょう。イェーデシュタン侯爵、御前を失礼する」
「う、ぬ…………」
空気読めないイジドラ嬢は、完全にルイーゼ優先で言う。
王族だし親戚だし、別にイジドラ嬢の対応は悪いことじゃない。
けど今はそれまでの会話の雰囲気から、侯爵に喧嘩売るような感じにも取れる。
ただそれを無礼だと引き留めれば、王女でしかも聖女なルイーゼを待たせることになり、今度はイェーデシュタン侯爵が王族と宗教権威に喧嘩を売る形になった。
ただの王女なら権勢のあるイェーデシュタン侯爵も強気に出ただろう。
けど相手は聖女っていう宗教背景と声望がある、一種の権威。
憎々しげに、けどもったいぶった応諾にも聞こえる声をなんとか返した。
「イェーデシュタン侯爵、園遊会楽しんでくださいな。いつでも光の神は遍く人々を照らし、報いをお与えになるでしょう」
「は、ありがたく」
聖女らしく神を称える言葉を与えるルイーゼ。
イェーデシュタン侯爵もルイーゼを邪険にするわけにもいかず、宗教的な礼儀で短く答えてみせる。
けど、俺としてはすごく気になる言い方だ。
「ふふ、アーレント学生、いえ、私もクラレンツ公に倣ってアーレントと呼んだほうが?」
「ご随意に」
ルイーゼは少し考えて笑う。
「ではアーレント。何か聞きたそうですけれど、場所を変えてからにしましょう」
家名呼びってことは、特定の異性と親しいと思わせないためか。
それで言うと、イジドラ嬢は同じ学生っていう親しみなのか?
イジドラ嬢もほぼ初対面だったが、あの時は狩猟大会に参加できた数少ない学生同士っていう、仲間意識もあった。
それにその後の指示では、イジドラ嬢が俺の名を呼ぶことで、近しいと思われた部分も利用してしまった手前、今さら距離も取れない。
「は、私の思い過ごしでしょうからお気遣いなく。そして、私も友人を待たせておりますので、ここで」
いや、もうここじゃ言えないって言ってる時点でわざとだろ。
っていうか、俺がイェーデシュタン侯爵に絡まれに行ったこと、王弟から聞いてる確定だ。
あのイェーデシュタン侯爵が汚職してるってのも知ってそうだし、罪は白日の下にさらされるぞってとれる文言を光の神に仮託して言ってたし。
あと、しれっと距離取ってついて来てるドミニクはここでくらい手助けをくれ。
肩越しに目を合わせてもそれ以上近づいてこないってなんだ。
公爵令嬢のイジドラ嬢で逃げたんだから、そりゃ王女で聖女なルイーゼがいたら近づいて来ないのはわかるけど。
薄情者め。
「まぁ、クラレンツ公から二人と言われていたのですけれど」
「クラレンツ公が? ではルイーゼさまも…………」
「えぇ、クラレンツ公は別のお仕事に呼ばれてしまいましたので私が代わりに」
「そうであれば、今日のことをお伝えするのは後日がよろしいのでしょうか」
イジドラ嬢との会話を聞いて、俺は確認する。
必要なら王弟が戻るの待つんだが、ともかくこのメンツで待つのは俺がきつい。
ルイーゼはゲームキャラとしての意識が強くてあんまり気にならないんだけど、イジドラ嬢がいるとどうしても緊張で力入りすぎて疲れる。
できれば少しでも距離取って休みたい。
「えぇ、今日のことは報告を上げるようにと仰っておりましたよ」
「承知いたしました。屋敷に戻り書類を作成いたします」
俺が答えると、ルイーゼはイジドラ嬢に顔を向けた。
「アーレントは、いつもこのような?」
「えぇ、人の多い場ではそうです。しかし友人にはもっと砕けているのを見ます」
「では、お友達になれるよう頑張りましょう」
「わ、私も、頑張ります」
「いえ、そのような。ははは…………」
何故か王女のルイーゼが小さな拳を作ってやる気を出すと、イジドラ嬢も乗って大いに頷く。
俺は笑って誤魔化しながらともかく離脱を優先した。
正直上手くないやり方だ。
だが、これで話し続けたら、そのまま場所変えるのについて行くことになって、なおさら逃げるチャンスがない。
俺はすぐにドミニクのほうへ向かい、眉を上げる様子を睨みつける。
「お、自分で抜けて来られたのか。もしや令嬢は駄目だが、王女はいいのか?」
「お、ま、え、な。悠長に観察するな。というかそういう問題じゃない」
「まだ見てらっしゃるぞ」
俺が抗議しようとすると、ドミニクが小さく呟くように教えた。
言われて背筋を正してドミニクに迫るのをやめる。
目顔でドミニクに促され振り返れば、不思議そうにイジドラ嬢とルイーゼが俺たちを眺めていたのだった。
定期更新
次回:園遊会5




