4話:ゲーム転生4
俺が思い出したゲームの知識は多くない。
そもそもそんなに記憶にない。
だから滅んだ国から残る七つの国を巡って、魔王の暗躍を阻止する物語ってくらいの認識だ。
そして仲間になるキャラクターのデフォルメイラストや能力、立場は朧気。
名前すら、勇者がユリウスっていうのを、聞いて思い出したくらいだ。
で、問題は最初にマップとしてオープンにされるこの国について。
その時にはすでに亡国扱いで、荒廃してるんだよなぁ。
それでも敵と戦うクエストが地図上には存在してるから、覚えてることもある。
魔王が潜んでる国へ通行できるはずの街道は、砦が崩壊してて魔物が多すぎるから通行できないっていう設定だったんだ。
だから遠回りして七つの国を回り、ストーリーを展開させろってね。
つまり、魔王が復活するのは東隣の国なのが、すでに確定してる。
「…………狩猟大会、目指そうかな」
「お、どうした? 社交に目覚めたのか?」
いつものエドガーが、俺の呟きを拾った。
先日エドガーの実家のゲシュヴェツァー伯爵家で、茶会に参加した。
あっちこっち呼ばれて祝いの言葉を受け、おっさんたちのありがたいうんちくと共に、それとなく年頃の娘を勧めるお誘いも受ける。
そんな社交に面倒さは感じても、目覚めるなんてことはない。
正直放っておいてほしい。
けど家長制で血筋の繋がりが強い世界だ。
個人主義は変人扱いなんだよなぁ。
はぁ、プライベートがほしい。
「…………同年代のレベル見ておいたほうがいいかと思って」
「ひぃ、上から。狩猟大会なんて学生の中でも上澄みしか参加資格得られないのに」
エドガーが大げさに反応するが、確かにそういう面はあるか?
何せ狩猟大会は、地位と権力がある大人が集まる催しだ。
そこに参加を許された学生を見る目は値踏み以外の何物でもない。
いわゆる青田買いのための場で、そこを目指す学生にとっては自分を売り込む場でもある。
もちろん俺にそんなつもりはないけどな。
社交が苦手なんだから、本心では関わりたくもないんだ。
でも俺のうろ覚えのゲームの未来予想を放ってもおけない。
そうなると、誰か力のある大人に魔王の復活や亡国の可能性を知らせないといけない。
で、身近な大人である父上や伯父さんは、言ってしまえば文官系。
つまり戦争だとか魔王との戦いだとかに強いとは思えない。
そんな親元の俺にも、武力行使できる大人の伝手なんてできるわけもないから、狩猟大会という場を借りてどうにかできないかと思ったんだ。
「うーん、だったらまずは課外授業取ってみるか? 狩猟大会参加を目指す奴が腕試しするって聞くし」
「そうなのか? ただの魔物討伐で、授業落とした奴がやらされるだけかと」
「あー、うん。人集まらないって教師から言いつけられる奴もいるよ、俺みたいにな」
俺の先入観の発端が自棄になって肯定した。
その上で、取り繕うのをやめて頭を下げ、真っ直ぐ手を差し出してくる。
「武術系苦手だから盛大に転んで他の奴らの邪魔して授業妨害したってのに、そんな俺に魔物討伐手伝わせようとか完全采配ミスだと思うんだよね。そんなので怪我したくないし、これ以上罰則つけられるのも嫌なので、どうか助けると思って一緒に課外参加してください!」
「なんだこの手は? 俺だって魔物討伐なんてしたことないんだ。二人仲良く怪我してもいいならつき合ってやるよ」
差し出された手を叩きはらって、俺は了承した。
途端にエドガーは叩かれた手を握り込むと大きく息を吐き出す。
そんな経緯で俺は、放課後の課外に飛び入りすることになった。
人が足りないって言うエドガーの言葉どおり、すぐに許可が下りて、馬車数台に分乗して郊外へ向かう。
魔物がいることと、魔法が攻撃手段になることから、この世界の街は高い土台の上に防壁とともに造られてた。
五稜郭のような稜堡のある城郭の中に街があり、その外には畑と街道が連なる。
俺たちは王都の近くにある、手入れのされた林の中に降ろされることになった。
「防具と剣、それに杖も貸してもらえたが、どう戦ったものかな」
「まず得意武器がない。魔法もそんなに使えない。俺、どうすべき?」
俺と同じ装備ながら、俺よりも使えないエドガーが真剣な顔して聞いて来る。
「お前は体動かない割に力強いから、下手に剣を振るな。そうするくらいだったら、棒もって目の前に来たやつだけひたすら叩け。杖術は?」
「型だけなら、少し。気楽な三男にんなの必要ないって言ったけど、必要だったわ」
「教えたほうもちゃんとお前の特性わかってたんだろ。だったら、俺が討ち漏らした魔物で横から狙えるやつをひたすら叩け。鼻面叩けるならそれが一番だけどな」
エドガーが苦笑いして、剣の柄と鞘をベルトで固定し始めた。
俺がやる武術は、趣味とストレス発散だが、エドガーは三男だから家を出ること前提に、騎士の道とか選べるように、真面目に教えられたはずなんだがな。
林の浅い所で注意事項と、きちんと武器防具を装備してるかの確認をされる。
「なぁ、女子ってこんなに多いもんか?」
周囲の参加者にはそれなりに女子生徒の姿があった。
ちゃんと乗馬ズボンに太ももまであるブーツを履いて動けるようにはしてるんだけど、武器を物珍しそうに撫でまわす生徒もちらほらいる。
学院指定の運動着だから、確実に女子生徒なんだが、どうも違和感がある。
「基本騎士志望が参加するんだけど…………」
この国に女騎士がいるのは、需要があるからだ。
なんかずいぶん昔に騎士とお姫さまの恋愛が流行ったらしい。
そのせいで、護衛として騎士を女性の近くに置けなくなった。
そこで女性を騎士にして、王女や王妃と言った高位の女性を守らせることにしたそうだ。
つまり、女性の騎士はほとんどが公務員。
高給取りが約束された職となる。
見れば確かに凛々しい感じの女子学生もいて、そっちは学院指定の運動着も着こなしてる雰囲気があった。
動きや視線の配り方で、ひと目で強そうだと思えるのは、長い金髪を四つ編みにしてる人かな。
「遊び半分が多いのは、あれだよ」
エドガーに言われて騎士志望から目を逸らすと、赤茶色の髪が人の向こうに見える。
うん、勇者だ。
もしかして課外にまでついて来て、お近づきになろうって?
やめてやれよ。
前世でも熊相手に人間負けてたんだから、魔物相手なんて遊び半分で相手にできるもんでもないのに。
「けど…………」
前世に由来することを言いそうになって、俺は一度口を閉じる。
勇者だからなぁ、なんて話したこともない俺が言うことじゃない。
それにゲームで使ってたキャラクターだからって、今の勇者と同じとは限らないんだ。
「…………俺たちは俺たちで、怪我しないよう頑張るか」
「頼りにしてる」
「頼むから後ろから俺に殴りかかかることはしないでくれよ」
エドガーめ、笑って誤魔化しやがった。
そこまで不器用だと思いたくないんだが。
怖いだろうから、弓でも勧めようと思ったけど、棒で十分だったみたいだ。
そうして課外授業の魔物討伐というか、魔物の間引きが始まった。
監督する教師の指示で、間隔を保って林の奥へと進む。
住み着いた魔物を追い出すのが学生のできる討伐で、向かってきたらできるだけ対処をするという安全第一の課外だ。
逃がしてもそこまで強く脅威になるものはいないらしい。
「うわ、ラット系の魔物は早い、な!」
「うひぃ! こっち蛇、蛇、蛇!」
片手で持ち上げられる鼠の魔物を剣で刺すと、後ろからのエドガーの声があがった。
蛇が三匹も出たかと思えば、一匹しかいない。
しかも魔物でもない上に、すでにエドガーが力任せに頭を潰してた。
俺たちがそんな風に緩くやってると、悲鳴が上がる。
見れば、魔物化した人間の子供くらいの大きさがある鳥が表れていた。
しかもそれを勇者が一刀両断する瞬間を見る。
その剣捌きや魔物の動きが、ゲームを思わせるものだったせいで、俺は間抜けにも口を半開きにして動けなくなった。
「あ、っていうかここ、クエストのあった場所か」
周囲の歓声に紛れて、俺の気の緩んだ呟きは運良く掻き消える。
亡国になって陥落した王都の近くの林は、初期のクエスト発生地だった。
レベルが低く、大した魔物も出なければ、美味いドロップもない。
出てくるのは、鼠、狐、鳥とゲームと合致する。
初期装備で勝てる程度のお試しの場とは言え、魔物も出るのに、勇者の気を引こうと無闇に騒いで囲む奴らに呆れる。
これで勇者が調子乗ってレベル上げしなくなったらどうしてくれる。
本当に魔王が復活してるなら、その魔王を倒せるのは勇者だけど、ちゃんと育成しないと無理だってのに。
「こら! 列を乱すな!」
教師にも怒られ、騒いでた奴らも魔物の住む林だと思いだし、列に戻る。
ただまた騒ぐ声が聞こえた。
けど今度は浮ついたところのない、本物の悲鳴だ。
「ベアだ! ベアが出たぞ!」
その意味がわかった学生は、すぐさま怯えに包まれ動けなくなる者、叫ぶ者、走る者と身を守ることもできずに騒ぐばかり。
けれど一人だけ前に出る奴がいる。
勇者だ。
だが俺はゲームでその魔物を知ってる。
そしてこのゲームも始まってない初期装備で、倒すには難しいことも知ってた。
ステータスなんてなくても勇者も実力があるのはわかる。
それでも人々の前に出たその姿に、俺もまた足が前に出してしまっていたのだった。
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