38話:敵と味方3
ウルリカは近くの広場の木陰に座り込むと、すぐさまメレンゲタルトを手にした。
「え、何これ? 白くて分厚い」
「確かメレンゲに、バラの匂いつけられてる、タルト?」
しまった、ムートに商品名聞き忘れてるじゃねぇか。
けどウルリカは気にせず、嬉々としてその場で食べ始めようとする。
その辺りは、この世界の市井の人は当たり前にすることで、特別見苦しいほどじゃない。
で、こんな所に来てる俺やドミニクも、特に気にしない。
気にしたのは保護者で魔人のゾイフだった。
「ウルリカ、せめてハンカチを膝にかけましょう。気に入ったのであれば私の分もどうぞ」
「そ、そんなの。せっかく二人分あるんだし、ゾイフだって」
「いえいえ、ご存じのとおり甘いものはあまり得意ではないですから」
仲いいな、こいつら。
けどこの二人、ここにいる時点でたぶんもう魔人なんだよなぁ。
つまり、魔王側で、スタンピード起こした魔人の仲間で、敵だ。
ダーリエフェルトの国王に、一族殺された復讐のために動いてるってのがゲームでも語られた動機。
ゾイフは今でこそ細身で事務でもしてそうな外見だが、本来はウルリカの家に仕える騎士だったって設定じゃなかったか?
当主の妻と娘を託されるも、妻は殺され、娘のウルリカを抱えて逃げるしかなかった。
そしてウルリカも一族が殺されるに至る、ダーリエフェルトの国王の失政に怒りがある。
二人ともダーリエフェルトを滅ぼすという復讐心は一致してるし、平素の関係も良好そうだ。
こっちからすると、あんまり嬉しくない状況だ。
ただ目的がダーリエフェルトって考えると、この国にいる限りは無茶なことはしない、はず。
「ん、思ったよりメレンゲがしっかりしてるのね。それに甘い。タルトもしっとりしてる。ナッツの香りも邪魔にならないし、中にベリーのジャム? これがバラの香り付きね」
ご機嫌にタルト食べてるウルリカには、ゲーム設定の重さとの違いを感じる。
けど数年でゲームが始まる時期となると、もう復讐のため動いてるはずだよな。
確か、魔王のいる東の隣国に逃げ延びてから、西の隣国ダーリエフェルトに舞い戻る。
つまり、今この国にいるのは復讐を遂行しに行く途中。
そのはずなんだが、ウルリカはまたゾイフに勧めつつ、結局二つ目のタルトに手を伸ばしてる。
本当に甘いもの好きだ。
そうしてると、国を滅ぼすほどの復讐心を抱えてるなんて思えない。
「どれがいいかわからなかったから、いくつか買って、妹に選んでもらったんだが。他のも持ってくれば良かったな」
「え!?」
こっちを見たウルリカの目は輝いている。
けど途端に、俺の目の前にゾイフが立った。
いや、顔近いし、また不穏な気配足れ流れてるぞ!?
「甘い菓子で婦女子を誘惑するのですかな?」
「そ、そんなつもりじゃ! 俺も甘いもの得意じゃないんで、そんな喜んでもらえると思わなくて!」
慌てて手を振って弁明する。
けど下心がないとは言えないから余計に、焦ってしまった。
何せここで足止めできれば、その分ゲームの進行に遅れ出るんじゃないかと思わなくもない。
何より隣国が滅ぶ寸前まで行ってるのが、ゲーム開始時点での話。
そして滅ぼそうとしてるのがこの二人で、隣国が情勢不安になればその分、この国も存続してたら対処や警戒が必要になる。
そうなると国内に潜む魔人への警戒に隙もできてしまうだろう。
お菓子程度で足止めできるなら安いものじゃないか。
「ゾイフ、下がりなさい」
何やら主人風吹かせてウルリカが命じる。
俺が見ると、胸を張って心持ち上から。
「言ったわね? 復讐とお返しは三倍返しというもの。その殊勝な態度に免じて、また時間を作ってあげるわ」
俺に指を突きつけるウルリカだが、その指先や口元には、タルトの食いかすがついてる。
ゾイフは揺るがない笑みで、そっとウルリカの手や口を拭いた。
それで食いかすがついてたと知ったウルリカは、真っ赤になってしまうんだが。
俺とドミニクは、笑ったりできないゾイフの圧に視線を逸らして見ないふり。
ゲームで知ってたつもりだが、思いのほかゾイフがモンペだ。
「えぇ、はい。仰せのままに」
「ご寛恕感謝いたします」
俺たちはゾイフの断ることは許さないという視線に屈して、肯定の言葉を返す。
それからまた会う約束をしてから帰ることになった。
足止めの理由にはできるから、別にそこはいいんだ。
けど気になることもある。
「復讐とお返しが三倍返しって、何処の常識だ?」
そんなことを呟きながら屋敷に戻ると、なんと王宮からの呼び出しの使者がいた。
俺は待ち構えてた侍従のムートに捕まり、市井に降りるための簡素な服から、礼服に着替えさせられる。
そのままスルーパスのような勢いで、王宮の使者の用意した馬車に押し込まれた。
もちろんこんな呼び出しをしてくる相手は一人。
王弟クラレンツ公だ。
「流行りの菓子まで用意しての逢引を邪魔して悪いな、アーレント」
俺は思わず肩を揺らす。
なんで知ってるんだなんてことは、聞きたくない。
だって絶対それ、俺を監視してたってことだろ。
怖ぇよ!
俺そこまで王族に目をつけられること…………しましたけど!
って言うか、聖女に託された教皇の未来視の忠告を聞いたことで、俺が何するかは警戒するのは当たり前だな。
そして勇者も導けって言われて、レベリングに送り出した。
その後にウルリカと会ったと考えると、その時点から観測されてる可能性が?
あれ、俺、もしかして行きずりのウルリカナンパしたように思われてる?
「相手の身元は?」
「…………ダーリエフェルトに里帰りをする、主筋の令嬢と、その従者だそうです」
一応ゾイフに圧かけられつつ、ウルリカの身元は聞いた。
知ってるけど、どういう理由でいるかも気になって頑張ったんだよ。
結果、東の隣国からの里帰りと本当のことを言われた。
ダーリエフェルトの有力貴族の出とは言わないし、里帰りの中に復讐や国家転覆が含まれることも言われなったけど。
だから俺はおかしなことは言ってない。
見張られてたにしても、聞かされたままを答えてるんだから。
なのに、王弟は器用に片方の眉を上げてみせた。
「ダーリエフェルト、か。彼の国の情勢はどれほど知っている?」
伯爵家の子弟にすぎない俺に、王弟なんて雲の上の存在に質問を返すなんてことはできない。
それどころか、聞かれたら答える以外に選択肢は与えられない。
だが、当たり前のことを答えるだけじゃ駄目だ。
その辺りの塩梅が本当に面倒、いや、難しい。
「現在の状況は、西のナイトシュタインとの戦争による、先代国王から続く因縁の結果であると認識しております。現在双方次代に移ったことにより、未だ国政も定まらず、休戦のまま終戦に至らない不安定な情勢であります」
言ってしまえば先代始めた戦争を、休戦って形で一度双方退いた。
けどそこからお互いの国王が国を御しきれずに問題を抱えたまま、終戦して戦争にかけてる人員と経費を回収しようにも、人が動いてくれない状況になってる。
結果として、求心力の低いダーリエフェルトの国王は臣下の跳梁を許し、対外的評価は悪政で、国王に人気がなく情勢が安定する気配がない。
対してナイトシュタインの国王は若く人気がある。
ただ、旧態依然の反対勢力も根強く、国内でにらみ合い状態で動けない。
「…………今の表面だけを見ているわけではないならいい」
どうやら俺の返事はギリギリ及第点だったようだ。
これで表面だけで、ダーリエフェルトの今の国王は悪政をする愚王である、とか言ったら、浅いって勉強し直しさせられたんだろうか。
今でも学業疎かになってるのに、これ以上は正直無理なんだが。
ただ他国の情勢はゲームってことを思い出してから、勉強にかこつけて地味に調べてたから知ってる。
そうじゃないと前世でもあやふやなゲーム知識しかないんだ。
他にゲームでの状況を思い出すための、フックがほしかった。
お蔭で、他国の情勢や政治的な評価、国王の執政の状況を見て、ゲームのストーリーを思い出すこともある。
それで言えば、隣国のダーリエフェルトの今の国王は、ゲーム開始時点では死んでた。
ウルリカたちに殺されていて、その息子が本物の悪政をする国王でって話だったんだ。
そのことで、仲間になった後のウルリカは、救いとは何かを悩むようになり成長する。
「狩猟大会で、本営の守りに就かず逃げた家は十九」
俺の物思いなんて気にせず、王弟は突然話を変えた。
って言うか、けっこうあるな?
つまり本題は狩猟大会か。
正直それが、ダーリエフェルトとどう関係するかわからない。
けど、ここは静かに聞くし、その発言の裏を考えることもしなくちゃいけない。
そもそも狩猟大会は王家の威光を見せる場でもある。
となると、あえて敵対的な家を参加させててもおかしくない。
筆頭は、グロルンレヒト小王の派閥から来てたその叔父。
それ以外の勢力も反目していたなら、思ったよりまずい状況だったのか?
なんにしても王弟に呼ばれてる今、俺はきちんと敵と味方を考えないといけなかった。
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