35話:レベリング5
ユリウスにロイエ傭兵隊をつけてレベリングに送り出した。
人波に紛れて行く姿を見送ってると、隣のドミニクに誘われる。
「ローレンツ、時間はあるか? 話がしたい」
「そんなことを前も言ってたな。…………そうだな、いいぞ」
俺はドミニクに連れられて王都の中を歩くことになった。
学院はあるが、俺は今さら休むことを気にしてられない。
ドミニク自身が誘ってるし、そっちもいいんだろう。
そうして連れていかれたのは、表通りからは外れた場所にある食堂。
寂れてるわけじゃないがほとんど人はいない。
ドミニクも伯爵家だから、店としての質も悪くないはずだが、穴場ってやつなのかも。
「早いか遅いかわからないが、ブランチにしよう」
「何を出すかわからないから、俺の分はドミニクと同じで」
そうして出てきたのはパンとスープに、どんとステーキ。
ブランチってなんだ?
まぁ、この世界主食肉だからパンついてるだけましか。
パンは主食じゃなく、あくまで肉の付け合わせ扱いで、場合によっては芋かチーズなんだよな。
前世あると野菜や穀物を中心に食いたいんだが、肉食わないとなんでって言われるくらい食うのが当たり前だった。
味はいいし、食器にこだわりを感じる店だ。
食後に出されたコーヒーはいい豆を使ってるのがわかる味だった。
ひと息ついて俺は水を向ける。
「それで、話って?」
「あぁ、エドに直接聞いておけと言われてな。知らないと、手助けできないからと」
まぁ、今までのつき合いからして、ドミニクは意図をもって俺に近づいてる。
その裏に退学したエドガーの陰があることもわかってた。
けどそんなはっきり手助けのためって言われると、照れくさいし申し訳ない。
「別に、ドミニクが無理をする必要はないぞ」
「手伝ってみてわかったが、確かにローレンツは自分でやろうとするし、そのほうが合ってるんだろう。だが、目配りが遠すぎて足元が疎かになる」
ドミニクは言って、真剣な表情を浮かべた。
「エドは今の自分では助けられないから、俺に代わりをさせようとしてる。その上で言いたくないって言うなら、当時を調べろと言われた。ローレンツの母と兄が殺された事件について」
「…………そう、だな。そこ知らないと、俺が変なことしてるようにしか見えないだろうし」
久しぶりに事件のことを言われて、息の仕方を忘れたように感じた。
だが、確かにそれが騎士嫌い、令嬢嫌いの俺のトラウマの発生源だ。
「面白い話じゃないし、正直面倒な話でしかない。それでも聞くか? 今のままでも十分助かってる」
「エドだって繊細な問題ってことはわかっている。それでも言うなら、必要という判断だろ」
「そうか…………。事件自体は、知ってるか?」
聞いても、ドミニクは首を横に振る。
その頃はまだ、ドミニクはエドガーの家に引き取られていなかった。
知らないのも無理はないし、調べようと思えば当時のことを知る家の大人に聞けばすぐに知れる話だ。
隠すほどのことでもない。
「五歳のあの日、俺は母と兄、そして俺の乳母と一緒に避暑地に向かっていた。父は仕事を片づけて後から合流予定だったかな。その途中で、盗賊に襲われたんだ。新顔の騎士とその仲間が手引きして、襲わせた」
「騎士が? どうしてそんなことに?」
「元から付き合いのある他家の騎士で、問題を起こしてうちに修行と称して預けられた。そのことを不服にして、うちの騎士の中でも素行の悪い奴らを誘って自棄になったみたいだ」
俺は自分の声が冷えてくのを感じる。
「御者がやられて、騎士が守らないと叫んでた。それですぐ母と兄が飛び出して、騎士に斬られた」
俺は乳母に抱えられて後から飛び出し、母と兄に気を取られてた騎士から逃れた。
「乳母はすぐ側の茂みに俺を隠すと、上着を丸めて抱え、全く別の方向へと走って逃げたんだ。もちろん、それを騎士や盗賊は追って行った。すぐ側に隠れた俺に気づくこともなく」
そうして乳母も殺されると、俺がいないことに気づかれ捜索が始まった。
だが、逃げた先を捜すお蔭で、俺は見つからずに済んだ。
「どれくらい経ったかはわからない。けど、気づいたらうちの騎士団長たちが盗賊を討って、逃げる騎士たちを追い駆けてた」
そこからまたどれくらい時間が経ったか、曖昧だ。
「俺は母と兄の死体を丁重にマントで包む家の騎士たちを、隠れたまま見てた。そして乳母も運んでこられて、ようやく俺がいないことに騎士たちも気づいてたな。で、隠れる俺に気づいたのが、間に合わなかったと男泣きして地面に膝ついてた騎士団長のゾンケンだった」
近くの茂みで動けなくなってる俺と目が合ったんだ。
「俺自身に怪我はないし、一人だけ生き残ったっていうんで喜ばれた。けど、その時にはもう、騎士の恰好した奴が近づくと、気絶するくらい泣き叫ぶようになってた」
「五歳でそれは当たり前だろう」
「当たり前じゃないのがこの後でな。騎士に対して拒否反応するのは続くし、一年かけて口数は減るし、食事もできなくなるし、眠ることもできなくなった」
つまりはストレスで疲弊していった六歳の頃。
その間、まだまともだと思われてた時期に、件の令嬢が現れた。
「兄の婚約者が親に連れられて、俺と顔合わせにやってきた。その場で、兄の代わりに俺と婚約するって話を向こうの親が初めてな。どうも婚約者だった令嬢は聞いてなかったみたいで、泣いて嫌がってさ。どうして兄が死んだんだって。そっちが生きてれば何も問題なかったのにって」
兄に会いたいと泣く令嬢に、俺はそのとおりだと思ってしまった。
そしてその時、令嬢が追い出されても、俺は動けないし、呼吸もできなくて、過呼吸になってぶっ倒れたんだ。
「これが、俺のトラウマ二つ。今は家の騎士なら平気だし、他所の騎士でも緊張する程度。令嬢相手には、正直対応が悪くなる感じだ」
「それは、難儀だな。現状長子の割に婚約の話もない理由がわかった」
実際はさらに難儀なことが、俺の中で起こる。
六歳の間に父上が義母上と再婚、そして七歳になって弟が生まれた。
その時にはもう、俺はベッドから出ることができないほど弱ってた。
だから父の再婚も、俺が後継者として不安だったこともあるんだろう。
弟が生まれて安心した空気になったのも覚えてるし、その辺り、妙に敏感になってた。
そして、俺はいなくてもいいんだと、七歳にして考えたんだ。
その瞬間、多分俺の心の中で何か決定的な変化があったんだろう。
突然、前世を思い出したから。
子供ながらに相当心労が溜まる状況で、前世みたいなカウンセリングもないからどうしようもなかったとは思うが、正直前世を思い出した状況が健全ではなかった。
「なぁ、そこからどうやって立ち直ったんだ?」
ドミニクには、エドガーに言われたっていう理由があるはずだった。
けど今は、ドミニク自身の興味で聞いて来てる。
こんな風に踏み込んでくるタイプじゃないから、相当だろう。
まぁ、ドミニクも親が死んでエドガーの弟になった当初は、部屋に引きこもってたと聞く。
突然できた弟に、エドガーも同じように、どうやって俺は親を亡くした後立ち直ったか、どうしたら嬉しかったかを聞いてきたくらいだ。
「弟が生まれたのがきっかけになっただけだな」
周囲から見れば、弟が生まれて立ち直ったというのが、結果だろう。
本当のところは、前世という他人の記憶を知ったからだけど。
そうして自分を客観視する機会を得て、このままじゃ俺は無駄に死ぬと悟ってしまったんだ。
「ここのままじゃ駄目だと思って、勉強や武術に打ち込んだ。何か集中することがあると、余計なことを考えなくて済んだからな」
今にして思えば、やり場のない感情をどうにかしたくて、自分を苛め抜いた感じだ。
疲れて寝るしかない状況、食べるしかない状況に追い込んで、勉強することで余計なことも考えない、感じないようにした。
俺はドミニクを見て、口の端を上げて見せる。
「お前とそう変わらないさ」
「…………そうか」
ドミニクは聞き返すこともせず頷いた。
思い当たることはあるというのは、俺だって見ててわかる。
ドミニクは突然の肉親の死から、引き取られた家に居場所がなく、その寂しさや不安を勉強にぶつけた。
だから学院だと優等生の部類だ。
やればできるエドガーが、やってもできないと思ってるのは、優等生な弟ができたからだと思ってる。
タイプが違うんだし、張り合う必要はないと思うだが。
元から従兄弟とは言え、意識しないわけにはいかないのかもしれない。
「そんな理由で、俺は社交が駄目だ。だから助けてくれると思ってもいいか?」
「それはエドが適任で、俺のできることじゃないな。逃げる時に口添え程度だ」
ないよりましなことを話しながら、俺たちは退店のために立ち上がった。
そうして出口に向かうと、いつの間にか客が一組増えてる。
男女で、女性が今しも甘いパイを一口大に切り分けているところ。
白い髪の女性の横顔に、俺はその目が赤いことを察して、どうしてわかるのかを考え、足を止める。
「んぐっ!?」
「あん?」
わかった瞬間、俺の呻きに白い髪の少女は、ゲームの面影のある顔をこっちに向けた。
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