32話:レベリング2
俺は放課後、呼び出されて城へと上がる準備を急ぐ。
歩きで行くなんてできないから、家に戻って制服から貴族らしい礼服に着替え、家の馬車を出してもらって、ズィゲンシュタイン伯爵家の子息として向かった。
正直、場違いだ。
けどこの城の住人に呼び出されたからには、文句を言うことさえ許されない。
そんなことを考えながら、豪華な廊下を案内に従って歩き、辿り着いたのは麗々しい扉の前だった。
「ズィゲンシュタイン伯爵家のローレンツ学生が参りました」
うん、学生身分というとおり、俺の公式での呼び方、学生なんだよね。
呼ばれ慣れないこともあって、なんか制服できたほうが良かったのかとも思う。
そんなよそ事を考える余裕は、室内からの許可を受けて、脇に置かなければいけなくなった。
案内と別れて、俺は一人内部へ足を踏み入れる。
そこは二間続きの部屋で、元の造り自体は城らしい煌びやかさ。
ただ置かれた調度は実用を一番に考えたものばかりで、見てわかる執務室だった。
その部屋の主、王弟クラレンツ公は、数いる文官に指示を出しながら、書類を捌いている。
「来たか、アーレントの」
王弟は書類から目も上げず、俺の来訪に声をかけた。
ちなみにアーレントはうちの家名。
ズィゲンシュタインは伯爵としての名前で、領有してる地名に等しい。
その爵位を持つ父上の子供でしかない俺は、ズィゲンシュタイン伯爵位を持つアーレント家のローレンツって言うのが立場だ。
これで継嗣だったら、将来爵位継ぐからズィゲンシュタインと呼ばれることもある。
けど俺が継嗣になってないのをわかってて、王弟はアーレント呼びなんだろう。
「は、この度はお声がけいただき…………」
「あぁ、いい」
挨拶が基本かと思ったのに、王弟に手を振って止められる。
というか、その手のふりだけで、別の人がやってきた。
着てるのはたぶん軍服の一種。
うち官僚の家だから馴染みがないけど、式典で見ることもあるから軍服であってるはず。
その上で年齢は父上と同じくらいの人か?
「まずは武官について学べ」
「さて、とんでもない生徒を任されることになりましたね」
おっと、これはどういう状況だ?
なんて聞く暇もなく、俺はお忙しい王弟の執務室からはとっとと追い出された。
武官だという人は、俺の前を歩いて振り向きもしない。
「家庭教師の真似ごとをしろということは命じられましたが、こちらも業務があります。場合によっては学業を抜けてもらいますので、学院側への確認はご自分でなさってください」
「はい…………」
なんかもう、聞くこともできない決定事項だってことを、最初に言われた。
うん、王弟の命令じゃどうしようもない。
そうして武官の先生に案内されたのは、きらきらしい城とは内装の違う感じの区画。
使用人ほどじゃないけど、城の中でも下位に位置する者が使うための部屋だろう。
そんな中にある、窓一つしかない何かの作業部屋のような場所。
「先日のスタンピードで、あなたが何をしたかは聞いています。まずは言っておきますが、アーレント。あなたのやり方は全く褒められたものではありません」
「はい、承知しております」
「よろしい。まずは基本的な軍の規律から。これは今日の内に修めてしまいなさい。そうでなければいつまでも終わりません」
そう言って、室内にあった本を三冊どんどんと、俺の前に詰まれる。
一冊の厚さは五センチほど。
捲ってみれば、五ミリ程度の文字がみっちり書き込まれてる。
これ、全部今日中に覚えろってのか?
学院の課題よりハードだぞ?
「さわりだけは教えます。ですが、次の時にはしっかり覚えて臨むように」
教師役は軍人らしく、容赦なく命じる。
状況について行けない、なんて泣き言は聞いてくれる雰囲気じゃない。
これはもしかして、スタンピードで勝手やったことに対する密かな罰則なんだろうか?
ただそんな気分で始まった授業だが、内容は恐ろしく実用的だった。
軍律を覚えろと言うのも、知った上でその場の判断が罰にならないやり方を教えるため。
後から手回しすることで、状況を改善できる方法もあると例示するため。
軍律を引いての評価基準を示して、後からやらかしを挽回する方法などもあるそうだ。
「ふむ、一年目で狩猟大会参加資格を得られる程度には物覚えはいい様子。それでは次の予定を…………」
駆け足の講義が終わって、詰め込まれた俺は息も絶え絶えだ。
その上で聞き逃せない話ばかりで、罰則なのか、やらかしを評価されての教育なのか、正直わからん。
王弟からは勇者を助けろと言われた。
だからレベリングかと思ったんだが、そんな簡単な話でもないようだ。
「俺もレベリングしなきゃいけないのか…………」
後日学院で一人、課題の軍律の書かれた本を抱えて空を眺めた。
さすがに一日で覚えるのは無理がある。
それでも、次までには目を通して把握しておかなくちゃいけない。
一回の講義で、あの武官教師が手抜きを見逃してくれる人じゃないのはわかってた。
俺は自習室へ向かう足を動かして、溜め息を吐く。
屋敷に戻ってから父上に報告すると、学業よりも王弟優先と明言された。
学院のほうで教師に確認すると、すでに城から命令が届いていて、俺が授業を抜けるのは容認されることも知ったんだ。
「呼ばれた時点で全て整えられた後、か」
「何が後なんだ?」
声をかけられて見れば、知った顔が立っていた。
「班長」
「もう狩猟大会は終わったのだから、班長と呼ばれる筋合いもないんだが」
「…………狩猟大会で組んだ班、解散を明言されてましたか?」
軍律を読み込んでるせいで、そういう命令の始まりと終わりに関して気になった。
俺が聞いた途端に、班長も目を瞠る。
あの時はスタンピードっていう異常事態で、しかも逃げるように撤退した。
その後、学生は教師に言われて解散してる。
教師たちも必死で、そうした命令系統がどうなっていたかも今ではわからない。
「後で担当教諭に確認しよう」
班長はそう言って、苦笑した。
「ともかく、班長はやめてラルスとでも呼んでくれ」
すでに班長としての紹介でラルスヴァンという名前は聞いてる。
その上で愛称呼びは、あの狩猟大会を乗り切ったという仲間意識か。
「俺のことはお好きに。ラルス先輩」
「変わらずアーレントと呼ばせてもらおう。それで、ずいぶんな本を読むんだな?」
俺が抱えてる本を見て、専門的過ぎるとわかったようだ。
まぁ、学生で軍人志望でもないのにこんなの抱えてるのはおかしいか。
「実は、王弟殿下より武官について学ぶよう命じられまして」
「あぁ、やっぱり中心人物だということはばれてるんだな。一応広めないよう声かけもしたんだが」
狩猟大会については、戦勝会で褒賞も学生という大きな括りで行われ、特別名前が挙がったのは勇者で魔人を退けたユリウスだけだった。
けど目ざとい者は、戦勝会で俺が王弟に呼び出されたことも知ってる。
詳しい者なら、直々に命じられて学び始めたことも知れるんだろう。
「…………まさか新入生が王弟に目をつけられて先取りされるとはな」
あまりの言い方に俺は肩が落ちる。
つまり俺、傍から見ても王弟に青田買いされたように見えるのか。
班長だったラルス先輩は笑顔で肩を叩いてきた。
「将来有望な後輩だな。困ったことがあれば相談に乗ろう」
副音声で、もちろん将来の見返りを期待していると聞こえる。
けどこの人、狩猟大会に連続で参加できる程度には優秀な学生だ。
つまり、学院では頼れる先輩であるのは確かだった。
「それなら、次の試験対策とか教えてください」
「学業に支障が出そうなほど、武官からの教えは厳しいのか」
ラルス先輩は俺が抱える本を見て、ちょっと同情的になる。
「まぁ、いいだろう。教師による傾向と範囲から出やすい問題なら以前に調べた。それが今どれくらい有用かは保証できないがな」
「ありがとうございます」
素直に礼を言うが、ラルス先輩は頷いてじっと見つめて来た。
感謝の言葉以外を、無言で催促されてるのは気のせいじゃないな?
これ完全に恩売るつもりで手を貸してる。
けど今のところこれと言って何か返せるものもないんだよなぁ。
「またやらかして見捨てなられない限りは、この御恩は忘れません」
「そこは上手く立ち回りを覚えてくれ、私の将来のためにも」
この先輩、狩猟大会中も見え隠れしてたけど、けっこう現金だ。
ただ教えてくれた対策は、後々ちゃんと役立ってくれたのだった。
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