31話:レベリング1
スタンピードなんて大変な事件が起きても、一日、三日、十日と過ぎれば人の噂も落ち着く。
人の噂も七十五日なんて言うけど、そこまで持つもんでもないようだ。
狩猟大会に参加して、主催者の王弟クラレンツ公に呼び出されるようなことになった俺も、ある程度日常に戻ってはいる。
そう、ある程度は。
「あ、ローレンこんな所にいたんだ」
「ユリウス」
学院でお互い制服姿。
それでこんな所というのは、学院の庭に設置された基礎の高いガゼポの陰に座り込んでたからだ。
「こっちに来る目的って基本このガゼポの中だろ? その裏まで覗く奴っていないんだよ」
「ちょっと湿ってるけど、隠れるにはいい場所だね」
そう言って、ユリウスも俺の隣に腰を下ろした。
つまるところ地面なんだが、肩の力を抜く様子が目に見える。
正直誰の視線も感じないし、声をかけられるなんて身構えなくていいのは気が休まるもんだからな。
そうして一緒に隠れるのは、学生相手。
噂は収まってるけど、やったことはなくならない。
つまり、このユリウスは五百年前の勇者の再来であることを大々的に示した。
さらには今回のスタンピードで、魔人を倒すという伝説の再現をやってのけてる。
注目度が上がらないわけがない。
噂がただの王家公認の事実になっただけ。
ヒソヒソされなくはなったし、畏れ多いって距離取る奴も出てきたが、やっぱり周りに集まろうとする奴も絶えないんだ。
「勇者も大変だな」
「そう言って、ローレンだって隠れてるくせに」
「俺は…………なんでなんだ?」
俺が肩を落とすと新手の声が聞こえた。
「戦勝会の宴で、王弟殿下にお声がけされてたからだな」
「ドミニク」
わざわざガゼポの裏を覗き込む物好きは、うちと交流のある伯爵家の四男ドミニクだ。
三男のエドガーと同い年で、実際の関係は従弟で養子に入った形。
血縁あるのに、騒がしいエドガーと違い大人しいというか、堅実というか。
仲が悪いわけじゃないし愛想がないわけでもないが、コミュニケーションに勤しむタイプじゃない。
それでも戦勝会前後から、俺たちはドミニクと顔を合わせて喋るようになった。
「自習室取ったから、移動するぞ。こんな所に座り込んで本を読んでいるな」
「あぁ、悪いな」
ドミニクは会ったら話すし、挨拶をするくらいの距離だった。
けどエドガーが退学した後、何くれと俺とユリウスに声をかけてくれる。
どうやらエドガーが指示してるらしいが、それはそれとしてマメなところのあるドミニク自身の性格もあるんだろう。
「ドミニク、今度自習室の取り方教えてくれない? あ、そう言えば、ローレンは何を読んでるの?」
「地理書。その土地の伝説だとか、産物だとかが書いてある」
自習室までは当り障りのない話をして、不躾に会話に割り込んでくる奴以外は避けられる。
ユリウスもそういうことは覚えて、会話を振りながら自習室に向かった。
自習室は狭めの部屋、といっても、数人が集まって勉強や話し合いをするには十分な場所だ。
ドアには教師が生徒の状況を確認するための窓はあるが、中の会話が漏れ聞こえない程度にはしっかりとした造り。
閉めたドミニクが、他の耳がないことで切り込んできた。
「それで、王弟殿下に呼び出されて、ローレンツは何を話したんだ?」
「うーん、当時の聞き取りだな」
聖女のことは公にされてないから言わないとして、詳しく言うべきか?
いや、ドミニクのお蔭で動きやすくはあるし、手伝ってくれるつもりもあるみたいだし、ここでその意志も確認しよう。
「それと、勇者の世話をするように言われた」
「勇者って、俺?」
「他に誰がいるんだ?」
いまいち自覚のないユリウスに、ドミニクはまだつき合いが浅いせいで、心底不思議そうに聞き返す。
ユリウスは誤魔化すように笑って、俺を見た。
「えっと、今までで十分お世話になってるんだけど」
「わざわざ王弟殿下がおっしゃったなら、それは命令だな」
容赦なく事実を突きつけるドミニクに、俺も言わないとわからないから頷く。
今までは友情もしくは善意での協力と、あと個人的な打算で手を貸してた。
けどそこに軍の総帥クラレンツ公としての命令がなされたとなると、また関わり方が変わってくる。
勇者を戦力と見て、その成長に寄与しろって言う命令が入って来るんだ。
今までの学業だとか、貴族の中での身の振り方をアドバイスするだけじゃ足りない。
だからこそ俺は、国内外の地理書なんてもんを探して目を通してる。
「ユリウス、お前は強くなりたいか?」
俺はあえて言葉にして聞いた。
ユリウスはすぐに答えようとして、俺の真剣さに気づく。
ドミニクも余計なことは言わずユリウスの反応を待った。
「俺は…………うん、強くなりたい。強くなって、友人を助けられるようになりたい」
ユリウスは確かに、強くなりたいと答える。
俺だってあの時、もっとできる力があればと後悔した。
それはユリウスも同じなんだろう。
誰を思い浮かべてるかを察した様子で、ドミニクは溜め息を吐いた。
「それよりも、まずは自分を守れるようになるべきじゃないか? そうでなければ、結局助けることもできないだろう」
「あ、そうかも」
ドミニクの助言にユリウスは素直に応じる。
俺も頷いて見せて、その考えを肯定した。
そうして、地理書を読みながらまとめてたメモを出す。
「前に魔物討伐に行った時の情報を、調べ直して補強した。範囲も王都周辺から、一週間で往復できる範囲にして調べ直したんだ」
俺が書かれた地名と、出てくる魔物の種類や取れるものを書き出したメモを指して言えば、覗き込んだドミニクが眉を上げた。
「ユリウスと一緒に討伐をするつもりか? それは確かに強さにはなるだろうが」
「いや、俺は行かない。というか、魔人を倒した勇者に並べる実力なんてない」
「そ、そんなことないよ! ロイエの部下の人たちも、戦うだけが能じゃねぇって言ってたし」
ユリウスが妙に必死になって否定する。
だが、それこそ中盤以降に出てきて仲間になるロイエが基準だと、俺は余計にお呼びじゃないんだよ。
「ある程度、強さの目算も立てて、弱いほうから強いほうへと戦うように道順を決めた。これはまず、実戦で魔物の戦い方を知るため。つまり予習だ」
一緒に行ってほしいっていうつもりだっただろうユリウスが、首を傾げた。
予習って言い方に理解ができずにいるのか。
ドミニクは少し考えて、俺の意図を汲んでくれる。
「あぁ、帰りは弱くなるが、その分疲労が溜まってるのか。つまりは体力なんかの配分も込みで、往復させるんだな?」
「そう。後は食事や睡眠の調整もできたらとも思ってる。で、そういう経験は俺にはないから教えられない。だが、ロイエ傭兵隊なら教えられるだろう」
言って、ドミニクを見ると、考えるように顎に指をかけた。
ドミニクの家がやってるケントニス商会は、もともとロイエと商売の関係がある。
俺が声をかけるよりも、話は通しやすいはずだ。
「すぐにはこの国を離れないとは言ってたらしいが、正直、向こうはもうこっちと契約したくないんじゃないか?」
「どうして?」
消極的なドミニクに、助けられたという意識の強いユリウスが邪気なく聞き返す。
ただただ知らないからというより、想像つかないからだろう。
そうと見て、ドミニクは忌憚なく教えた。
「金で雇われた傭兵が、優先すべき雇い主のエドガーを重傷で戻すしかなかった。しかもそれはエドガー自身が決めたこと。命令に従ったのに、雇い主が死にかけたなんて、傭兵からすればやりにくい商売相手だ」
「そ、それは、でも…………」
最高戦力のロイエは、危険に飛び込むユリウスにつけられた。
結果として、エドガーは重傷を負ってる。
もちろん一命をとりとめたのは、エドガーを守るために残された傭兵の働きだ。
そうでなければ、死体を連れ去る魔物に引き摺られていくところだったという。
守り切れなかったという状況が、雇用主の独断であり、その雇用主はケントニス商会の身内であり、自分を危険にさらす行為ながら、傭兵側からは文句が言いにくい。
そうなると、ケントニス商会自体をやりにくい相手として、ロイエ傭兵隊は避ける可能性もある。
「商会の経営に悪影響があるかもしれないのはわかった。ドミニクは、声をかけるのだけを手伝ってくれ。話は俺がつける」
「お、俺も。俺がお世話になるんだから、俺がお願いしないと」
応じる俺と意気込むユリウスをじっと見てから、ドミニクはまた息を吐いた。
「はぁ、エドが言ってたのはこういうことか。いい、俺が請け負うから、そっちはやるべきことをやれ。あ、でもローレンツは時間があるなら話したいことがあるんだが」
「なんだ? 今日は学院の後に城に呼ばれてるんだ。時間がかかるか?」
言った途端、ドミニクはすぐに前言撤回とでも言うように首を横に振る。
そんなに嫌がられると、俺も王弟からの呼び出しに気が重くなるんだけどな。
定期更新
次回:レベリング2




