30話:戦勝会5
ゲームの勇者は、プレイヤーのアバターで、強く自己主張するようなキャラクターではなかった。
ただ、勇者らしくお人好しで、助けを求められれば走り、悪人がいれば戦う。
そうして敵に利用されることもあれば、仲間に裏切られることもあった。
それでも足を止めず旅を続け、イベントという名の戦いに身を投じる。
ゲームとして見れば当たり前の展開。
けど現実の今、実際のユリウスと関わってみると、あいつならやりかねないって不安が湧く。
そもそも現実なら、もっとやりようあるだろとか、警戒心とか持てとかさ。
けど聖女であるルイーゼも合わせると、やっちまいそうだなっていう不安がさらに倍になった。
「基本、善人なんだよなぁ」
勇者と聖女である、ユリウスとルイーゼは、もう俺にとっては目の前の生きてる人間になってしまっている。
俺は王弟から解放されて、会場へ向かう廊下に足を止めていた。
庭園を眺めるふりで考えに浸る。
今回のことで、色々、色々考えてたことがご破算かもしれない。
「そもそも、境って何処までだよ」
教皇の未来視はゲームと同じ。
だとしたら、逆らうほうが危険だろう。
断言してしまえば、無数にある可能性の良いも悪いも全部が確定してしまうという。
とは言え、何処までかがわからないのは、聞かされる側にとってはストレスでしかないようだ。
ゲームでも教皇は、未来を知るからこそ綱渡りをしていた。
自分が斃れることの危険性を察して、最低限の動きで魔王を牽制しつつ、魔人につけ入らせないように手を尽くす。
そして何より、勇者を庇って死ぬのが、教皇のゲームでの結末だ。
境を越えるなというのが、ゲームの進行だとしたら、俺は教皇の死を知っていながら見ないふりをしろと言われてることにもなる。
「だからって、俺が邪魔するわけにもいかねぇし。そもそも、誰も助けるなってことには…………ならないか」
俺はたぶん、王弟や第五王子を助けたような形になってる。
そこでルイーゼに伝言したなら、これは許容範囲だと思っていいんじゃないか?
「あ、ローレン」
見れば、会場のほうからユリウスがやってきた。
あからさまにほっとした顔をしてる。
貴族たちの澄まし顔とは違う様子に、俺もどこか緊張がほどける気がした。
「こっち全然人いなくて、進んでいいのかわからなかったんだ」
「まぁ、駄目だな。この先は王族の許可が必要だと思うぞ」
「え!?」
声をあげて、ユリウスは慌てて口を手で塞ぐ。
まぁ、俺も足を止めたのは、見張りのような衛兵もいなくなったからなんだが。
俺はユリウスを手招いて、一緒に庭園を見るように促した。
素直にユリウスは、昼の光に照らされた庭園の見事さに目を瞠る。
「人が多すぎて疲れたか? 他の人が通るまでは、ここで休んでもいいだろ」
「うん、そうさせてもらおうかな。色んな人に声かけられて、班組んだ人たちに助けられたよ」
魔人の話が周知されたなら、倒したという勇者が囲まれるのは不思議じゃない。
けど、ユリウスは平民出身で、こんな集まり自体が慣れてないから逃げ口上もわからない。
それをわかってる狩猟大会に参加した学生が助けて、逃がしてくれたらしい。
そういうところはゲームの勇者と同じだ。
ゲームでも、勇者と聖女は時に悪意に翻弄されながら、善意を持つ仲間を得て戦い抜く。
「ユリウスは、何処でも助けを得られる運があるんだな」
思わず漏らすと、ユリウスは驚いたように俺を見た。
その顔には、驚きと何処か後悔のような色がある。
「どうした?」
「…………うん、本当に、俺は運がいいんだと、思う」
言う割に、その声に喜びはない。
「俺さ、勇者って何かわからずにいるんだ。ロイエは、勇者は人々の先に立って戦うんだって言ってた。獣にも天敵がいる場所に最初に飛び込まなきゃいけない囮がいるって。たぶん、勇者はそれと同じで、俺も助けてくれる人がいないとすぐ死ぬぞって、忠告してくれたんだと思う」
言われて俺の前世の知識から、ファーストペンギンって言葉が思い浮かんだ。
確か、シャチやアザラシがいる海に、最初に飛び込んで、後に続く仲間に食いつかないようにする囮。
上手くいけば餌場の海に一番乗りできることから、転じて、新しい分野への挑戦者を表す言葉だ。
それで言えば、勇者は先陣を切るからこそ一番の手柄もあげられる。
だが、リスクを知らずに飛び込むのは違う。
傭兵として戦ってきたロイエは、そう思ってユリウスに助言したんだろう。
「…………悪い」
「ふは、そんな風に謝るのがローレンだよね。俺に声かけてきた人たち、勇者だから当たり前って感じで話してたよ」
「当たり前じゃないだろ。それに、俺だけでもない。エドガーだって聞いたら、同じように、言った、はずだ」
「うん…………」
この場にいない、出られないほどの重傷の友人を思い、俺たちは一時無言で庭園を見る。
境を越えて来るな。
その教皇の言葉で、俺はエドガーのことも思い浮かべた。
知識チートでもすれば、何処の国に超強力な回復薬があるとか、聖女を鍛えれば治癒魔法最大レベルにできるとか知ってる。
けど、それはゲームのように国々が傾いて、希少な薬が市場に出たり、王女が国を離れて戦いに身を投じる状況が必要になる。
境を越えて来るなという言葉は、滅亡がわかってて、見過ごしてもいいという誘惑にも感じてしまったんだ。
「エドガーのことがあって、余計に思ったんだ。俺は、運がいいだけなんだって」
巻き込んだのは俺なのに、自分のことのように言ったユリウス。
見ると、庭園を見つめるようにしながら、もっと遠くを見据えている。
「エドガーがロイエつけてくれたけどさ、一番強いのどう考えてもロイエで、ロイエが残ってエドガー守ってたらって」
「それは、結果論だ。誰がいても同じだったかもしれないし、今度はユリウスのほうが危なかったかもしれない。そんななかったことを後悔する必要は、ないんだ」
「でもさ、思うんだ…………運なんかじゃなくて、実力で、魔人を早く倒して、エドガーの所にロイエ戻せたらって。俺が、駆けつけられてたらって」
「…………うん」
俺だって思った。
けど足りない、今さら遅い。
それでも、助けたいと願ってしまうものなんだろう。
個人と国なんて天秤にかけるもんじゃないとわかっていながら、俺も、揺れた。
「熊の魔物に勝った時、俺ってやれるんだって思ったんだ。けど、それをローレンは運が良かったって言ったでしょ。本当、そのとおりだって、今回のことですごくわかった」
「ユリウス」
語る顔に悲壮感はない。
それよりも、見据える先を見つけたような強ささえ感じる。
勇者はやっぱり、逆境に負けるようなことはないらしい。
だから亡国から始まるゲームのストーリーを踏破するんだろう。
魔人の暗躍で他国も傾き、争いが襲う世界で、時に傷つけられ、裏切られても、誰かを助けるために歩みを止めずに、ついには魔王を倒すんだ。
「強くなりたい。友達を助けられる、強さがほしい。勇者とかじゃなく、俺が、そうしたいと思ったんだ。勇者なんてわからないし、魔人ともまた戦いたいとも思わないけど、それでも、戦って、誰かを助けられるなら、俺は戦うよ」
語るユリウスに、浮き足立った様子はない。
今回のことで傷ついて自棄になったわけでもない。
その静かな決意の顔に、俺は納得した。
ゲームで魔王を倒した後のエンディングには、荒廃した国々の様子が流れる。
中には王が死んで、国として混乱のさなかな所がいくつもあった。
そんな絵が流れて、人々と共に復興に従事する勇者は、最後に赤い絨毯の上で戴冠をする。
勇者は、魔王の復活で荒れ果てた国々をまとめて、バラバラだった国々を統一した新たな国の王になるんだ。
「やれるさ、お前なら。俺も、手を貸す」
「本当? すごく心強い!」
ユリウスは心底の笑顔を俺に向ける。
そんな顔されると、心苦しくなってしまう。
だが、ここで退くわけにもいかない。
教皇は境を越えて来るなと言った。
つまり、俺に対して動くなという指示だ。
だったら、俺以外が動くなら、それはきっと教皇の未来視とは別のものだろう。
それで悪くなる可能性もある。
けど伝えたら、俺がこう考えるのも織り込み済みな気がする。
そういう万能感のあるキャラクターだった。
ユリウスがゲームの勇者とは違いながら、それでも共通するように。
教皇も、ゲームと同じで一つの策に複数の意味を持たせるような有能な王だと信じてもいいんじゃないか?
「さ、そろそろ戻ろう。勇者は注目の的だし、長くいないと捜されることもあるだろう」
「う、そうだね。………早速だけど、手助けが欲しいなぁ?」
「残念だが、俺はこれから父にご報告だ。こっちもこっちで面倒なことになってるんだよ」
嫌そうな声を返しながら、ユリウスは会場へ向かう。
俺もその後に一歩遅れて続いた。
赤い絨毯が敷かれた廊下と、迫る華々しい会場。
煌びやかで目がくらみそうな気がした。
そんな俺とは対照的に、向かうユリウスは、堂々としたものだ。
「ユリウス、王弟殿下より勇者の教導を仰せつかった。勉強会は継続するぞ」
「う、うん。ローレンがそう言うなら、やったほうがいいんだろうね」
凛々しかった表情が簡単に崩れる。
将来王になるならこれではいけないし、それを目指して教育することもできた。
だが俺は、お前を王にはしない。
国々が傾く世界なんて望まない。
だったら、この国を滅ぼすことなく、ユリウスが王位に就く道を閉ざすことになる。
それは、ユリウスの可能性を狭め、栄華栄達を阻害するとも言える。
だから、できる限り俺はお前が言ってくれたように、誰かを助けるために戦うユリウスを、全力で助けよう。
もう友人を助けられなかったなんて後悔は、したくないから。
定期更新
次回:レベリング1




