25話:狩猟大会の後5
狩猟大会の事後処理には時間がかかる。
死傷者も多く、突然のスタンピードでしかも魔人の姿が確認された。
人為的なスタンピードという異常事態に対する対処も調査も、目白押しだ。
ただ半月も経たず勝手をした学生には、その働きを認める形で褒賞が贈られることが公表された。
正直どれくらい許されてるのかわからない。
けど、公表があったから俺の謹慎も終了。
ここで謹慎って銘打って引きこもり続けると、王家の決定に文句あるっていうのと同じになるからな。
「…………あ、ローレン」
「ユリウス…………」
久しぶりに学院に登校した俺が教室に入ると、ユリウスが気づかわしげな顔で寄ってきた。
石造りの学院に変化はなく、ただ俺に集まる視線はもの言いたげだ。
それでも制服を着た学生たちは、あのスタンピードの日から変わらず日常を送っていたことが窺える。
俺はユリウスに応えつつ、思わず変わった様子のない教室の中にいない相手を捜した。
視線の動きに気づいて、ユリウスがさらに眉を下げる。
「エドガー、退学になるって」
「そう、か」
エドガーは、死傷者名簿に載るほどの重傷を負った。
父上もつき合いのある家で、軽く容態を聞いたそうだ。
言葉を選ぶ様子で教えてくれたのは、片足を切断するほどのものだったということ。
つまり日常生活さえままならない重傷。
そんな障害を負ってしまえば、見た目にも気を遣う貴族社会で生きていくのは、難しい。
貴族社会に留まらないのなら、学院に無理して通うだけ心身に負担がかかる。
だから、退学っていうエドガーの身の振り方を、否定はできない。
「俺も、見舞いに行って、そんな重傷だって、初めて知って…………」
「見舞いに? エドガーは、どんな様子だった?」
俺が会ってないと知って、ユリウスは驚く。
俺のほうがつき合い長いから、見舞いもしてないとは思わなかったんだろう。
謹慎になった時、エドガーの家のほうから、父上に見舞いや謝罪は不要っていう報せがあったんだ。
だから、本当に今初めて退学も聞いたくらいだった。
「エドガー、まだ傷痛むみたいで。ポーションって、万能だと思ってたけど、そうでもないんだね。あんなに高いのに…………」
ユリウスが、平民感覚で呟く。
普段物々交換で生活できる農民にとっては、低級のポーション一つでも高級品か。
ただそこはゲームと同じ仕様なんだ。
ポーションっていう回復アイテムにもランクがあり、体力の定数回復から、パーセント回復、全回復など色々あった。
「数を揃えてもらったから、あまり質のいいものを用意できなかったんだ」
「あ、ち、違うんだ。ローレンを責めてるわけじゃ」
「けど、エドガーが持っていたのは、俺が渡したポーションじゃないのか?」
スタンピード前に別れる時、俺はエドガーとユリウスにポーションをわけてる。
渡したのは定数回復の初期でも手に入るポーションだった。
それがこの国で作れるポーションだからで、他の国なら材料が栽培されてて、もっといい回復薬がある。
輸入品になるから数が揃えられず、この国で手に入る範囲の回復薬を持ち込んだ。
それでも最低回復よりも上のものを望んだのは、ゲームでのしょぼさを知ってるから。
けど、それじゃ足りなかったんだろうことは、エドガーの重傷を思えばわかることだ。
「止血はポーションで間に合ったが、欠損した部位を回復させることはできなかった。そのせいで…………」
俺がエドガーの状況を推測すると、ユリウスが突然肩を掴んだ。
「エドガー、ローレンに悪いって言ってた」
「は? 謝るのは俺のほうで」
「ローレンが謝る前に言えって言われてたんだ」
くそ、読まれてる。
つまり、用意したポーションで足りないって、俺が後悔するとわかってたんだ。
そもそも学生が逃げずに防御で戦うことを決めたのも俺で、そこら辺についても俺が謝罪することわかってて、エドガーはユリウスを使って謝らせないようにしてる。
だったらここで俺が言えるのは、謝罪や後悔以外の言葉しかない。
「…………元気、じゃないだろうが、元気になって、くれそうだったか?」
俺は見舞いに行ったというユリウスに、エドガーの様子を聞いた。
ただ、嘘が吐けないユリウスは、悲しそうに目を伏せる。
どうやら相当な重傷で、回復もまだ先になるほどの弱り方のようだ。
足の切断だけでも心身に影響する。
だが、そうなったからには他の場所も怪我を負ってる可能性は高い。
ユリウスの見舞いを受け入れて、俺に謝罪させないよう頭を働かせる意識があるだけ、ましかもしれないけど。
「そう、か」
「あの、ローレン」
俺がそれ以上聞かない姿勢を示すと、言葉に迷ってユリウスが慌てる。
けどそこに別の声がかけられた。
「ズィゲンシュタイン伯爵家のローレンツどの」
呼ばれて振り返ると、黒褐色の髪をした学生がいた。
その顔は、貴族の集まりで見たことがある。
「ドミニク?」
俺はわからない顔のユリウスに、相手が誰かを教えた。
「エドガーの弟。実際の続柄は従弟だ」
父親が亡くなったことで、まだ幼かったドミニクは伯父一家に引き取られた。
だから同じ学年で別のクラスにいる、エドガーの弟だ。
もちろん、エドガーの家で集まりがあると、会って挨拶するし顔見知り。
ローレンツどのなんて改まって呼ばれる関係じゃない。
なのに、ずいぶん持って回った呼びかけをされて、俺も戸惑いを隠せなかった。
それにドミニクを先頭にしてるが、他にも知らない学生たちが一緒にいる。
正直、謹慎から戻った俺は遠巻きにされてた。
ユリウス以外に声をかけてくる奴いなかったくらいなのに、いったいなんだ?
「先日狩猟大会において、貴殿の貢献と奮闘は功績と称するに値する」
エドガーに顔のパーツだけは似てるドミニクが、真面目ぶって告げる。
実際性格はエドガーよりも真面目で、優等生と呼ばれる部類だ。
つまり、こんな無闇に人目を集めることなんてしないはずなんだが。
「特に、ここにいる者たちは、身内が狩猟大会において死傷した者たちだ。だが、魔物が死体を連れ去る行いをした時、果敢にもローレンツが奪還を指示した。お蔭で、物言わぬとは言え、家族はその帰還を迎えることができた。その篤実で情の深い決断に我々は心から、感謝を奉げる」
揃って胸に手を当て俺に礼を執る。
ドミニクを先頭にした学生たちを見ながら、俺は正直、知らんふりしたい気持ちになった。
特に知った顔のドミニクはともかく、背後の学生がどんな身分かもわからないから腰が引ける。
学生の身内だけじゃなく、たぶん騎士の身内もいるよな。
何より学院には伯爵位以上の家の学生だっているから、俺より高位の者もここに並んでる可能性がある。
心情的には受け入れがたいし、礼を言われることなんてしてない。
そう言いたいけど、貴族の体面と、こうして礼を尽くしてくれる相手への思いやりを考えると、否定や強い謙遜は駄目だ。
「…………己の至らなさは、わかっているが、それでも、何がしかの助けになったというのなら、私も報われる思いだ」
正直、罰されて当然なことをしたのは俺だ。
だがそれを、王弟が褒賞すると言った。
だったら、やって良かったんだと思わないといけない。
それにゲームどおり死体を操る魔人の元に、彼らの身内の遺体が渡っていたらと考えれば恐ろしい。
アンデッドの魔物にされて送り込まれる上に、相手を凋落させるための駒として使われるんだ。
死んでしまった者にも、その遺族にも、言い訳のしようもない。
殺された上にそんな悪用されるなんて、しかもそのきっかけに自分がなるんだ。
あの時はまずいくらいにしか思ってなかったけど、こうして関係者が目の前にいるとなると、新たな犠牲者になってたかもしれない相手に苦い思いが湧く。
そんな風に俺がつらつら考えていたら、新たな声が入ってきた。
「あの時のローレンツどのの判断は、決して間違いではないと私が肯定しよう」
いつからいたのかイジドラ嬢が、そんなことを宣言する。
そして女従者はしれっと拍手を送った。
それにつられて、周囲で聞いてただけの奴らも、一緒になって拍手し始める。
なんだか俺がすごいことしたみたいになったじゃねぇか、やめてくれ。
「…………ドミニク」
「あぁ、文句ならエドに言ってくれ」
小さく呼ぶと、入学前からのつき合いのドミニクは、俺の文句の鉾先を逸らす。
どうやらこの妙な持ち上げは、エドガーの画策らしい。
「だったら、会いに行くから予定教えろ」
「いや、それが、まだ会いたくはないそうだ」
ドミニクの言葉に、足を失くして弱ってるエドガーの状況がよぎった。
その上退学になって、商会で接客なんてできない体じゃ、家の中でも今後の身の振り方が変わる。
なのに、こんなことをドミニクにやるよう指示した理由は、強がりだろう。
ユリウスにも、俺に謝らせるなと言いつけて余裕ぶっていた。
「…………だったら、伝えてくれ。何年でも待ってやるから、必ず会うぞって」
会いに行けば家のつき合い上、会わせてはもらえる。
けど、こうまでして意地を張るエドガーの意志を無視することはできなかった。
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