24話:狩猟大会の後4
自主的謹慎三日目。
俺は自室での書き物がひと段落して、書き物机に向かったまま伸びをした。
そして浮かんだ言葉を口にする。
「何も、できないままだな」
一人の室内だと思っていたが、俺の言葉に揺らぐ気配。
目を向ければ、いつの間にか侍従のムートがいた。
天気がいいから窓と寝室の扉を開け放っていたから、扉の開閉は必要ない。
片手を半端に上げてることから、今しも来訪を告げようとしていたこともわかる。
しかもムートの後ろには、騎士団長のゾンケンと騎士の若手メイベルトもいる。
どちらも俺の呟きに眉を顰めていた。
心配からの表情に、自然苦笑が浮かぶ。
「わざわざ使いなんてさせて悪かったな。ロイエには会えたか?」
「ケントニス商会を介して恙なく。商会の者も、ローレンさまの活躍に感謝しておりました」
ゾンケンがわざわざ、聞いてもいない感謝を伝える。
呟きはただの事実で、落ち込んだり自棄になったりってわけじゃない。
そんなに気にするのは、ゾンケン自身、俺が五歳の頃に騎士に襲われた事件を予見できなかったことに忸怩たる思いがあるからだろう。
かつては幼く、事件で怯え竦んで心配するゾンケンさえ拒否したのは、今思えば悪かった。
それでも、父上に対いて責任を取って、騎士団を辞めるというのを慰留されている様子は覚えてる。
一本気なゾンケンを責めるつもりはないし、呟きも自分に対してのものだったんだが。
「報告をしてくれ。まず、ロイエたちは俺からの依頼料を受け取ったか?」
ロイエたち傭兵は、スタンピードの時俺に雇われてたわけじゃない。
だが、ユリウスと一緒に魔人退治に向かってくれたから、その働きに対する報酬だ。
ゲーム開始前、レベル一になってるかも怪しいユリウスとだ。
そう考えるとよほどの功績なんだが、独断をした俺のせいで、公に評価されるかもわからない状況になってる。
だからこっちから偵察の依頼料に色も付けて、ゾンケンたちに持って行ってもらった。
学生だから俺が使える金に限りはある。
今回は父上に借りるという形で、相応の金額を用意した。
「ただ働きも覚悟していたとのことで、問題なく」
メイベルトが、ロイエが報酬を受け取ったと報告してくれる。
そしてロイエの懸念にも、俺は罪悪感を覚えた。
「俺が、雇い主から離れるよう依頼したせいだな」
ロイエたち傭兵はエドガーに雇われ、守るべきは雇用主だ。
けれど、その雇い主を放って偵察につき合わせた。
そうさせたのは俺だから、その埋め合わせも俺がしなくちゃいけない。
「あやつら力量は確かですが、不敬が過ぎますぞ」
何やら怒るゾンケンに、俺は目顔でメイベルトに説明を求めた。
「謹慎で出られない坊ちゃんの状況を話したところ、あれだけ好きにやっていて今さらしおらしくして見せるのかと大笑いしていまして」
「あー、うん。そうだな。けど、反省の姿勢は大事だと思うぞ」
ゾンケンは大いに頷いてるが、これ以上話は広げないほうがいいだろう。
話をそらすためにも、俺はもう一つ使いに出てもらった用件について聞いた。
「それで、魔人については聞けたのか?」
倒したか逃げられたかしたと言うのは、当日に聞いてる。
ただ、それ以降俺は謹慎でユリウスとも会っておらず、話も詳しくは聞けないままだ。
だから依頼料を理由に、当事者のロイエから話を聞くようゾンケンたちにお願いした。
応じてゾンケンは聞き取った話を聞かせる。
「異形でありながら、基本的な姿形は人間であったとのこと。ただ、スタンピードの魔物のように瘴気を纏う異様さを語っておりました」
「あぁ、だから人間のような魔物か」
ユリウスが言った言葉を繰り返して、俺は頷く。
ゲームで魔人が魔王に与する闇の紋章を持つ人間だと、俺は知ってた。
そして言われてみれば、エフェクトとして黒い霧も纏ってもいたんだ。
「人間に見えたのなら、顔や背格好、性別は?」
これが一番聞きたかったこと。
ゲームでも、元の人間の面影はあるデザインだったから、それを知ることでこの国に潜む魔人を探る手立てにできないかと思ってる。
ただメイベルトは、困った様子で頬を掻いた。
「それが、男だったものの特徴は足先まで隠すローブとフード、さらに仮面までつけててわからず。身長も浮いているせいで確かには判別できなかったとか」
「そうきたか」
魔人は、ゲームでもボスになる強力な存在。
だからこそ、そこらの魔法使いよりも魔法が強かったりする。
空を飛べるとか浮けるって、相当高等技術だと聞くんだがな。
今はそれをできるだけの魔法使いってくらいの情報にしかならない。
「じゃあ、ユリウスが言ってたんだが、闇の紋章を持っていたそうだが、それは何処にあったか聞けたか?」
「それが、ロイエが槍で仮面を割ったところ、頬に。割れた範囲は頬から顎にかけてで、顔全体は見えずじまいだったそうです」
メイベルトの答えに、俺は思わず顔を顰めた。
ゲームだと目立つところで、ロイエなんかの額にも紋章はある。
隠すことはできるし、実際魔人も隠してるんだろう。
「そんな目立つ、しかも見てわかる紋章を持ちながら、今まで発見もされずにいた魔人、か」
うろ覚えのゲーム知識でも、紋章はわかりやすい特徴だ。
その中に、頬に紋章が浮かぶ敵も味方もいた覚えがない。
確実に、ゲームには登場しない魔人が、今この国に存在する。
その確信が得られたのは、いいことなのか悪いことなのか。
「何処に消えたか、だな」
思わず漏れたが、ゾンケンたちは頷いて魔人の生存を肯定した。
ゲーム的にはユリウスたちは確かに魔人を倒したが、イベント戦扱いなら死体もなく逃げられた可能性は残る。
だが俺はゲームの話しか知らない。
この国はゲーム開始で滅びる、滅ぼされる。
それをやったのはどう考えても魔王の配下の魔人だ。
だが、ゲームにそんな存在は出てこなかった。
つまり、ゲーム開始時点でどこかに消えている未知の魔人なんだ。
「そうだ、坊ちゃん。このことは勇者を通じて、すでに王家に知らされてるらしいですよ」
「あ、あぁ、そうだろうな」
メイベルトに言われて、ちょっと肩の力を抜く。
そう言えば俺、そういう注意喚起したくて狩猟大会に参加したんだよな。
結果としてお近づきになんてなれずに、謹慎する羽目になってるんだが。
それでも魔人の存在は、国が認識してくれた。
だったら、考えようによってはプラマイゼロかもしれない。
魔人は魔王に紐づいた存在で、国もこのままにはしないだろう。
それが、この国の滅亡を回避する変化になってくれればいいんだが。
「わざわざ出向いてくれて助かった。騎士団の仕事じゃないのに悪かったな」
「いえ、頼ってくだされ、ローレンさま」
「謹慎にしても、息抜きくらいつき合いますよ」
そう言って騎士たちは去り、俺は黙って控えてたムートを呼んだ。
「この手紙と慰問金を届けてくれ」
「…………犠牲になった学生全てですか?」
「うちより下位までの家だな。同等か上は、父上の名もいるだろう。中には苦学生もいたようだから、今日中に頼む」
ムートは言いたいことを溜め息に変えて、俺の命令を請け負ってくれた。
スタンピードで学生にも死者が出てる。
多くは、守りのために騎士や護衛を満足に賄えなかった者たち。
その辺りを慮ってか、聞いた話では騎士たちと並んで王家が葬儀を主催したんだとか。
俺は謹慎中で参列せず、その詫びに弔意を記した手紙と金を送る形だ。
ムートとしては、俺個人がそこまでする必要はないって言いたいんだろう。
国が葬儀代も持ってくれたし、名誉っていう形で残る遺族を慰める形式は整えてある。
けど、そこに発生した遺族は、俺が勢いで命じて動かした結果だ。
何もしないままではいられない。
言ってしまえばただの自己満足だった。
「おや、ずいぶんと体調が悪そうだ。大きな怪我はないと聞いていたのに」
言いながらノックをするのは、エミール伯父さん。
いつの間に来たのか、そもそも子爵が来訪して報せも案内もないってどうなんだ?
たぶんこの伯父が断ったか置いて行ったんだろうけど、あとで父上にお小言食らうと思うぞ。
ムートはすぐに礼を執って壁際に控える。
俺が立って挨拶すると、エミール伯父さんは気楽に近寄って来て言った。
その表情は笑顔だが、注がれる視線に軽さはない。
「学生たちの行動に対して、褒章が出ることが決まった。気にしてるだろうからね。伝えに来たんだ」
「褒賞…………わざわざありがとうございます」
「はは、そんな嫌そうな顔をして。もっと嫌な顔されることを言いにくいじゃないか」
「い、いったい何を?」
「うん、狩猟大会を主催した王弟殿下、クラレンツ公がね、学生を主導した者を捜しているんだよ」
言われたとおり、俺は顔面に皺が寄るのを止められない。
エミール伯父さんは笑ってるけど、俺がその主導者とわかってて言ってる。
一応事前に知っておいたほうがいいっていう善意かもしれないけど、正直知りたくない事実だった。
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