23話:狩猟大会の後3
王弟視点
王宮の一室に設けられた私の執務室には、臣下の出入りが多くうるさくはないが静かでもない。
侍従の服を着た者たちも、慌ただしく伝言や必要書類の持ち運びで動き回っている。
そこに取り次ぎを断って、第五王子である甥がやってきた。
「クラレンツ公、学院に参りましたが、あまりはかばかしくない結果でした」
「ヘンリク、学院に行ったにしては戻りが早すぎないか?」
王子であるヘンリクの姿に、臣下たちは一歩引こうとするが、私は手を振って変わらず作業と報告を続けさせる。
本人がはかばかしくないと言うのだから、そこまで差し迫った話でもないだろう。
今は狩猟大会の事後処理と確認作業で、休む暇さえない状況だ。
実際あらかた喫緊のものを終わらせて聞くと、空振りだったという報告だった。
「参加した学生はまだ皆休んでいました。学院内でも狩猟大会のスタンピードは噂になってます。ただ一日経ったために、近い者が参加者だった生徒からいくらが情報が。重傷者には退学の手続きを始めた者がいたり、学生が勝手をしたとの話もあり、責められぬよう謹慎を親に言いつけられた者もいるとか」
「確かに勝手をしたが、あの状況でよくも生き延びたと言ったところなんだがな」
最も戦力がなく、もっとも最初に邪魔者として見限り対象だった学生たち。
その上で勝手をしてまで救護としての存在意義と、いち早い避難と共に守りを敷いた。
「勇者を走らせた学生たちの独断がなければ、他の犠牲者は倍以上にも膨らんだことだろう。判断能力は評価できる」
「勇者…………魔人、ですか」
ヘンリクは半信半疑の顔で呟く。
勇者によって知らされた、スタンピードの黒幕、魔人。
伝説に魔王の配下として描かれる、実在など誰も信じていなかった存在だ。
魔物を従えると言うのも伝説にあるため、前触れのないスタンピードの原因としては理解できる。
ただ、それを見たのが勇者と傭兵のみで、戦闘した痕跡はあっても、それが魔人だとは断定できない状況だった。
断定できる証拠も、情報も何もかも不足したまま、扱いあぐねていると言っていい。
そんな不確定なものを信じるよりも、とある令嬢に魔物を斡旋したという謎の業者を疑うほうがまだ地に足がついている。
ただ実際、魔人を排除しただろう赤と黒の霧が噴出した直後に、スタンピードは収まっているというのも事実だ。
「罰せられるべきこともあるが、そこは軍に所属しない学生。また、教師が規定どおりに集合の合図も出している。自衛に動くことは責められるべきではない。その上で、学生の働きにより助かった命と人生がある。その点に関しては褒賞を与えるつもりだ」
「いいのですか? それを言っては、今クラレンツ公の評価が」
馬鹿なことを言うな。
その思いで見ると、ヘンリクは納得できない様子で見つめ返した。
軍として、規律を無視した功績など、褒めてはならないものだ。
褒賞を与えるにも、信賞必罰。
罰を確定してからでなければ、軍という機構の秩序を欠くのは私もわかっている。
「学生はクラレンツ公の名を騙って守りを敷きました。その一早い備えと対応が、今回の不測の事態を少ない被害で乗り切ったということもわかります。だからこそ、罰を与えないのならば、賞することもすべきではないのでは?」
ヘンリクが言う、信賞必罰で間違ってはいない。
しかしこの甥は有情な性格で、五男としての気軽さから、王家の威信よりも人々に寄り添うような言動をする。
なのにここで、学生の労を慮りもせず罰を言い出すのは明らかにおかしい。
なら、こちらも口を割るよう誘ってみるか。
「…………罰を与えるにも、誰が言い出したかわからない。すべての学生を一律に罰することも、学院との兼ね合いでできない。であれば、褒賞を与えると言うことで、学生の内から名乗り出もするだろう」
「いえ、そうであるならなおさら」
「ヘンリク」
呼ぶと、ヘンリクは王族らしく表情を引き締めた。
だが、その目が揺らぐのは隠せてない。
若い甥の反応に笑いそうになるが、私も口元を引き締め総帥として厳しく促した。
「報告は、それだけか?」
圧をかければ、命じ慣れた私に及ばず、ヘンリクは溜め息をついて口を開く。
「その、学生たちも、庇うように口を閉じていたのですよ」
「ふむ」
「守るために、自ら責を負うようなことを、スタンピードのさなかに言っていたそうで」
「ほう」
察しろと言うように迂遠な言葉を選ぶが、私は答えを求めて相槌を打つ。
ようやくヘンリクは諦め、罰されるだろう学生について語り出した。
「学生たちの動きを主導した生徒は、いました」
だが、ヘンリクが口を割ろうとしたところで、報せが室内に入ってくる。
「閣下、カインフリーデ子爵が参りました」
来たのは、呼んでいた顔なじみの外交官だ。
私の学院卒業後、諸国を回る漫遊につき合わせた相手でもある。
「ヘンリク、ズィゲンシュタイン伯爵から今般のスタンピードに関して、自家の騎士団の動きに関する報告は上がっている」
「あぁ、左様ですか」
家名だけでヘンリクが察して息を吐いたことで、こちらの答え合わせは手短に終えた。
そうしてヘンリクは、カインフリーデ子爵のエミールと入れ替わりに去る。
その様子に、エミールは肩を竦めてみせた。
「それで、我が妹婿からの報告が上がっているのに、わざわざ忙しい中呼び寄せた理由は何かな? 報告書に不備があったとは思えないけれど?」
「こちらが問いただす前に報告を上げた手回しの良さには、有能さを感じるな」
「ズィゲンシュタイン伯爵は真面目が取り柄だからね。甥のローレンツもよく似て、私欲のない真面目な官僚になってくれそうなんだ。それが、趣味の武術の腕を振るって狩猟大会に参加する才能を発揮したのはいいけど、今回のスタンピードだろう? 聞いた時には心の臓が止まるかと思ったね」
聞いてもいないのに軽薄に喋ってみせるが、その目は冷めている。
人当たり良く饒舌ながら、いつでも損得勘定を忘れないエミールは、外交官としては理想的な人物だろう。
国外でやんちゃをする時には、ずいぶん手を回しと後始末を負わせた相手。
だからこそ、こうして呼び出されて少し不機嫌なこともわかる。
心情を反映しての大げさな物言いが、私としては嫌いではないのだが。
「あの勇者となった少年は、自ら判断して走るにはまだ若い。命じられれば従順に従う農民らしさがある。自ら動かない勇者が魔人を倒したなら、そうせよと命じた者がいる」
私が話し出すと、口を閉じるエミール。
「そして同行したロイエ傭兵隊。あれを雇っていたのはゲシュヴェツァー伯爵家の三男。狩猟大会参加を勇者と共に目指した友人だが、成績も武術も本来なら望むべくもない。引き上げた者がいる」
そもそも勇者も性格からして、自ら参加は言い出さず、それはゲシュヴェツァー伯爵家の三男も同じ。
ならば参加を言い出し、この二人を動かした者がいる。
「ゲシュヴェツァー伯爵家の三男と交友があり、勇者とも友人関係を結ぶ、ズィゲンシュタイン伯爵家の、貴殿の甥は今?」
エミールは大仰に溜め息を吐いて見せて、すぐさま慇懃な態度で頭を下げてみせた。
「包み隠さず当主であるズィゲンシュタイン伯爵に自らの行いの非を報告し、即日謹慎を行っております」
「何をしたかは聞いているのか?」
すぐに慇懃な態度を改めて、エミールは苦笑した。
「いや、謹慎中だから会わせてもらえなかった。ただ妹は傷だらけで帰った姿に、随分心配を募らせているようだったよ」
「多くのポーションを持ち込んで治療を行わせたと聞いたが?」
「そこで自分よりも重傷者に全部回すのが、生真面目なあの親子でね」
「そもそも何故知っていたように用意をしていた?」
「そこは本人の不安症さ。それを知ってるゲシュヴェツァー伯爵家の三男も協力してる」
淀みなく、不可解な行動をそういう性格だと言ってのけた。
その上で謹慎もしているのは、罪を罪として反省する真面目さだと。
結果こちらを救い、功績や名声まで私の名を騙ったために自らは主張しないでいる。
罰を逃れるために謹慎もするが、戦場では自ら罰を負うことも口にしていたというのも、真面目な学生という人物像には合致するか。
「伯爵の報告には、本営が狙われることを憂慮して、独断により守りを敷いたとある。…………どの時点で、あのスタンピードに作為があると気づいた? いや、気づけたのは何故だ?」
そこが最も不可解だった。
魔人の伝説はあるが、そんなもの考慮に入れるなど誰もしない。
会っていないというエミールは、少し考えて答えた。
「もしかしたら、単に騎士を信じてなかったから、言い訳にしたのかもしれないね。あの子、騎士が嫌いだから」
「他」
「えー、そうなると、私が魔物を操る人間がいるかもしれないと漏らしたせいになるなぁ」
圧をかけるように促して、ようやくそれらしいことをエミールは吐いた。
最初から、作為をもって魔物を操る存在の可能性を知らされていた、か。
それは私にも報告が届いている、学生の魔物討伐で勇者が襲われた件だろう。
なんにしても細い糸を手繰るように正解を引き当てたわけだ。
「ズィゲンシュタイン伯爵家のローレンツか」
エミールの様子から、ただの真面目な学生というだけではないとわかる。
私は口元に笑みが浮かぶと同時に、直接この目で見てやろうという気になっていた。
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