21話:狩猟大会の後1
周囲はいつしか、死体を引き摺る魔物との戦いになっていた。
ただスタンピードとして全力で走るはずだった魔物が、退くという謎の行動をしてる。
そこにどうも俺が言い出した死体の奪還が広がり、よりこの妙な魔物の行動を見過ごしてはいけないという流れになったようだ。
他の貴族家の騎士たちも揃って、遺体の奪還に動いてる。
もちろん大型の魔物を相手に、そんなことしてる余裕もない者もいた。
それでも周囲は仲間の奪還という名目で、半ば攻勢に出るような動きだ。
守りを命じられていたはずの状況とは、乖離してる。
これ、俺が言い出しっぺだと知られたら、やっぱり軍令に反するとかで罰されるよなぁ。
「後で言い訳考えないと。だが、それも長くは続かないな」
守りの陣形が敷かれてるってことは、それだけ動かないことが前提の布陣だ。
そこから攻勢になるなんて、勢いがなくちゃいけないが、その勢いを後押しする命令もない。
そうなると、この見せかけの攻勢もいずれ失速する。
しくじったと思ったが、そこにざわめきが起きる。
同じ方向を指す姿に目を向ければ、狩場の林の向こうに、赤と黒が入り乱れた不穏な霧が立ち上っていた。
さらに金属音にも似た劈く鳴き声が立ち上る。
見覚えのあるエフェクトに似たそれに、俺は記憶を探った。
ゲームの何か、重要な、戦闘に関係してはずなんだが。
「そうだ、撤退」
魔人との戦いにはいくつかバージョンがあった。
イベント戦闘などもあって、勝ってもまだストーリーが続くために倒せていないという設定の敵が行うのが撤退行動だ。
その敵の撤退の際には、派手に赤と黒の霧を噴き出し、その中に紛れて消える。
鳴き声のような効果音は、ダメージ音だが、撤退時には悔し鳴きのように聞こえるんだ。
どちらにせよ、魔人がやられたことを示すエフェクト。
ユリウスたちがやったんだ。
「魔物の後方で異変があった! 一度止まって魔物の動きに注意しろ!」
あえて俺は声を上げ、攻勢に出てる人員に待ったをかけた。
これから魔物は本当に撤退するか、もしくはゲームのように消える。
どちらにしても、混乱で足並みを乱すのは良くないだろう。
「お、魔物が死体から離れて逃げ始めましたぞ?」
ゾンケンが言うとおり、小型、中型は逃げ惑う様子へと変化する。
けれど大型は目立つ巨体もあって確実に、戦うことを放棄する動きがここからも見えた。
そして人型は、今まで固執していた死体を放り出して、身を隠せる林や藪がる方向へ逃走を始めてる。
「ある程度の守りはまだ気を抜くな! だが、怪我人は今の内に後ろへ退避だ!」
俺が声を上げると、周囲が応じて動き出した。
そもそも死体奪還の動きがなければ、学生とそれを守る者で構成された俺たちは勢いを失っていた。
逆に暴走して深追いしても危ないから、慌てて後ろに下がるくらいでいいだろう。
俺は早々に後退の準備のために、攻撃は魔物へは牽制に留める。
それと同時に救護所とは別に、遺体の集積所を作るよう班長にお願いした。
「引き受けよう、だが、これが終わった後のことは別だ」
「わかってます。俺が言い出したことですから」
班長としては手伝いったけど、そこに俺の欺瞞があることもわかってて言ってる。
詰まるところ、この後の罰を一緒に受ける気はないぞっていうお断り。
「…………それでも、聞かれない限り黙るくらいはするさ」
班長は俺の肩を叩いて、遺体の集積所作りという嫌な役目を負ってくれた。
そうして学生が退いてしまった後に、貴族家の騎士団は動きだし、本営からも忙しく馬が出る。
動きがあるのはなんとなくわかるんだが、実際に戦うと周囲を見る余裕がないな。
「ゾンケン、本営の動きはわかるか?」
「はい…………ですが、それも今は後です。こちらに影響する動きはございませんので」
見える範囲の魔物がいないとなって、ゾンケンの圧が俺に向く。
「今後、どのようにお考えですかな?」
「それは、もちろん…………出頭?」
王弟の名前を騙ってただで済むわけがない。
誤魔化しもせず出頭したとしても、許されるわけもない状況はわかってはいる。
この戦いも俺が学生引き摺り出したようなもので、そこにくっついてる他家の騎士も使うという暴挙を行った。
協力してくれたとは言え、騎士たちの主人は他家の当主。
言い訳や説明にも俺のほうから状況を示さないと、協力者に対して不義理でしかない。
そうなると俺の独断専行は白日の下にさらされる。
「はぁ、その前に、お父君にご報告をなさるべきです。そもそも守りもつけずに魔物の中に駆け入ったこと自体が、間違いであるとの自覚はおありですかな?」
ゾンケンからのお叱りを、メイベルト他騎士団たちは止めない。
というか、誰もボロボロで、それだけ俺の無茶につき合ってくれた結果だ。
「悪い、未熟な指示に従ってくれたことに、まず言わなきゃいけないのは、ありがとう。俺につき合ってくれて」
「むぅ」
ゾンケンが不服そうな声を出すのに、メイベルトが笑ってようやくフォローしてくれた。
「後退はできましたし、魔物も退きましたが、まだ何があるかわかりません。お説教はそれこそご当主さまの後にしましょう、団長」
「それはそれで気が重いんだがな」
父上になんて説明すればいいんだ、これ?
というか、何もわからないまま場当たり的にやっちまったけど、班長みたいに験担ぎ紛いで従ってくれた人もいるんだ。
それを説明しろと言われると、正直その場の乗りとしか言えなくて困る。
「これじゃ、駄目だ…………」
周囲の喧騒に紛れて、俺は一人呟いた。
死の脅威が遠のいたことで明るく振る舞うが、周囲で怪我のない者はいない。
立てなくなる程度ならまだましで、一生動かない者もいる。
それはこうして戦場に立たせた俺の責任だ。
「もっと…………」
呟いた時、呼ばれた気がして見ると、騎馬の一団が一目散に走って来るのが見える。
「ユリウス!」
「ローレン! 大変だよ!」
ユリウスやロイエたちが、砂煙をあげて一直線に戻ってきた。
そちらもボロボロで激戦が窺える。
これも俺の判断ミスなんだろう。
レベルが足りないとわかっていながら、ユリウスを向かわせたんだから。
その上で、ユリウスは自分たちが戦った存在について報告してくれた。
俺が魔人なんて強敵がいるとわかってて送り込んだとも思わずに。
「人型の魔物いたんだ。それが魔物を影の中から生み出すみたいにしてて!」
「そうか、そんなのと戦って、お前たちは大丈夫だったか?」
俺の問いに、ユリウスは驚いたように一度口を閉じる。
「あ、うん。うん! なんとかね。ロイエたちにだいぶ助けてもらった」
心配されたってことで嬉しそうにされると、余計罪悪感が湧くなぁ。
いや、でもやっぱり魔人がいたからには勇者がいて、紋章でその力で削ぐ形にならないともっとヤバかったかもしれないし。
ロイエも紋章持ちだけど、勇者とはまた違う能力のはずだ。
ゲームの主人公である勇者の紋章の効果は、他のキャラクターよりも強く設定されてて、仲間が生き残ってるだけターンごとに少量ながらバフがかかるんだ。
「あ、それでね、その人間みたいな魔物、紋章が、あったんだ」
ユリウスが一度落ち着いたからか、声を潜めて告げた。
闇の紋章持ちだと言うなら、魔人確定だな。
ゲームでも魔王の配下の魔人は、闇の紋章を持っていた。
だが、初耳ってことで、ここは知らないふりをしなくちゃいけない。
「それは、光の紋章か?」
「ううん、白い光の紋章じゃなく、黒い紋章だった」
「それは闇の神の紋章だろうな」
「それって、魔王が持ってるって言う? あれ魔王だったの? え、倒しちゃった?」
「倒したのか?」
思わず聞き返すと、ユリウスも瞬きをして首を捻る。
「そう見えたけど、そう言えば死体も何もなくなってたんだよね。致命傷だって思う一撃を与えたら、赤と黒の霧がぶわって噴き出したんだ」
「そのとおりだな。そしてそう言われると、あの派手な霧は目くらましのようだった。首級もなしに魔人の討伐などとは言えないだろう」
ロイエも、ユリウスの言葉で倒したというのは言いすぎだったと思ったようだ。
致命傷になるいい攻撃が入ったっていう手ごたえがあるからこそ、倒したと思っちゃったんだろうな。
「だったら、たぶん伝説にもある魔王の配下の魔人だろう。魔王が持つのは、闇の神から与えられた、王の紋章だ。それは記録に残されてるから、後で確認してほしい。それとは別に、魔人の紋章があるなら、記録が必要だから全員で記憶のすり合わせをしなくちゃいけないと思う」
「…………落ち着いているな」
ロイエに言われて思わず苦笑を返す。
そう見えるならそれは貴族教育の賜物だ。
体力も気力も使い果たすような戦いをした後で、思考が空回りしてる気がしてしょうがないのが本心だ。
そんな俺からすれば、ロイエのほうがずっと、余裕ある落ち着きを見せる歴戦の猛者で、やっぱり自分の未熟さを感じずにはいられなかった。
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