2話:ゲーム転生2
俺はどうやら恋愛シミュレーションゲームじゃなく、ファンタジーRPGに転生したようだ。
子供の頃に前世思い出して育ったから、今さらここはゲームの中だなんて言わない。
怪我すりゃ痛いし、食わなきゃ腹も減るんだ。
ステータスだって見えやしないから、自分が生きてる実感しかない。
問題は、そんな世界でゲームのシナリオが動くかもしれないこと。
ゲームが始まると同時に城が落ちて滅亡するこの国で、俺は伯爵家に生まれ、帰る家もあるんだ。
「お帰りなさいませ、ローレンツさま。旦那さまより着替えてお出でになるようにとのご指示です」
「ただいま。馬車があったからエミール伯父さんが来ているんだろう?」
出迎えた俺専属の侍従のムートが、赤毛を揺らして先導に立つ。
着替えのために部屋へ向けて階段を上がる間、俺はそれとなく屋敷の中を見た。
貴族屋敷らしく玄関ホールにはシャンデリアが下がってるけど、灯りは蝋燭じゃなく、魔法を込めて光らせる球体だ。
見た感じ、前世の電球に近いものに見える。
「すぐお湯をお持ちします」
ムートが寝室のドアを開けると、侍女が用意した湯を持ってくる足音がする。
このお湯も、魔法による加熱が可能な給湯器で作るんだ。
水道は普通に水道設備っぽいけど、それを可能にする工事には魔法使われてるかもしれない。
ともかくこの世界は魔法が技術力に直結してる。
中世というには整った生活環境で、王政で騎士もいるから二十世紀の科学文明とも違う世界だ。
「今日、エミール伯父さんはどうして?」
「ローレンツさまの入学祝いでしょう」
何を当たり前のことをと言わんばかりのムート。
言われてみれば、母方の伯父がわざわざやって来るイベントだ。
なんか勇者のせいで頭から抜けてたな。
というか、国が滅びることが確定してしまったから、それどころじゃなかった。
ゲームでは城が落ちて、勇者と聖女が国内を脱出する。
魔物の中を切り抜けて、振り返るとそこには亡国と表示されるマップがあった。
「ってことは、制服姿のままが良かったか?」
「それは…………いえ、旦那さまは着替えてくるようにと仰せです」
ムートも気づいたみたいに言葉に詰まるけど、伯爵である父親からの指示。
だったら従うまでだ。
王政と共に家長制の世界は、父親に命令されると同時に、全ての責任は家長である父におっかぶせられる世界でもある。
エミール伯父さんに何か言われたら家長に投げればいい。
なんて、軽く考えてもいられない。
ゲームではこの国は初手で滅びて、残るのは魔物に荒らされて町も瓦礫と化したマップだけ。
国を失くした勇者と聖女は、隣国へと逃げ延びて、そこで魔王によって魔物たちが操られて、国々が争いの中に巻き込まれて滅んでいくさまを見る。
「それでは談話室におられますので」
俺は学ランに似た詰襟の制服から、貴族の普段着ジャケットとベストに着替えた。
装飾もほとんどない簡単なものだけど、伯父っていう目上相手だからボタンは閉じる。
まぁ、こんな礼儀作法も国滅んだら意味ないななんて思ってしまうんだけど。
前世の時点でうろ覚えのゲームなんだよな。
何せ学生時代にやった数あるゲームの一つくらいの記憶しかない。
しかもパケ買いで一度やった後は、攻略サイトで裏設定読んだ程度。
勇者たちが戦いで辿り着いた何処かの国で、亡国の行き場のない奴ら扱いされてたような覚えが少しある。
転生した今となっては、そりゃそういう扱いだよなと思う。
これは前世主人公になんてこと言うんだという庶民感覚と、移民どころか他国の戦争に介入する外部勢力なんて厄介だという貴族感覚の違いだろう。
「失礼します、ローレンツです」
もう少し思い出すことに集中したかったが、切り替えて目の前の扉を開いた。
伯爵家の庭園に面した大きな窓のある談話室には、三人の貴族の姿。
「来たか、カインフリーデ子爵にご挨拶しなさい」
「あら、そんなにかしこまる必要もありませんよ。ただローレンツを見に来ただけなのですから」
お堅い伯爵の父上に笑って見せるのは、幾分若い義母上。
義母上は続柄を言えば、俺の叔母に当たる。
つまり俺の生母はカインフリーデ子爵ことエミール伯父さんの上の妹で、義母は下の妹。
生母は俺が五歳の時に亡くなって、義母上は後妻としてやってきたんだ。
貴族家当主って公の場にはパートナーが必要になるから、前世で思ったより再婚が珍しくない世の中なんだよな。
「やぁ、ローレンツ。着替えてしまったのかい? 制服姿を見たかったのに」
「あなたも私も着たのですから、見慣れているでしょう」
父上の言葉に、エミール伯父さんは大袈裟に腕を広げて嘆いてみせた。
「かつてを懐かしむくらいの情緒を持たないのかい。それにうちは女の子ばかりだから、男子の制服姿というものには縁がなかったんだ」
「では次に弟のザシャが入学するまで待ってください。また見れますよ」
「ローレンツ、それはまさか、学生の間私に会いたくないという意味じゃないよね?」
ショックを受けたように、オーバーに言ってみせるエミール伯父さん。
俺には弟妹いて、どちらも義母上の子供だ。
血縁あるし、父親は同じだから弟は弟で、甥は甥だ。
けど六歳離れてるから、エミール伯父さんとしてはほどほどに育ってる俺が絡みやすいのか、よくこうしてオーバーに反応して見せる。
「せっかく優秀な甥がいるんだ。社交に連れ出して同じ年頃の子供がいる家と繋ぎを取るのにちょうどいいのに」
ウィンクするけど、軽いようでエミール伯父さんは根っからの貴族。
血縁だからって、意味もなく可愛がったりはしない。
俺に話題性と利用価値があるから誘うんだ。
けどその分見返りもくれるのがエミール伯父さんでもある。
そして思い出したけど、この人の職業外交官だった。
数年前まで他国を行き交っていたし、俺よりも周辺国に関して詳しい情報源じゃないか。
これは利用しない手はない。
「社交をする余裕があるんですか? 隣国の情勢はどうなのでしょう?」
ぼかして国際情勢を聞いてみる。
亡国になるのが今年か来年か三年後か。
わからないけど、ゲーム開始で隣国に行くと、すでにそこも滅びかけだったんだよな、確か。
さらにもう一つ隣の国に行っても、戦争が起こってた気がする。
つまり今の内からきな臭い気配があってもおかしくないはずだ。
逆になんの前触れもないなら、すぐさま亡国になっちまうことはない、はず。
「あぁ、学院で何か聞いたのかな? そうでなくてもダーリエフェルトの悪政はもうどうしようもないだろうからね。狙ってたナイトシュタインも、好戦派は前国王と違って生きているし。西の両国の休戦もいつまで続くものか」
「子爵、学生に言うことですか」
父上が呆れたように止める。
けど俺は、国名の時点で頭を抱えそうになってた。
知ってるゲームだと気づかなかった理由これだ。
ゲームと地名が違う。
というか、日本語じゃないんだから違って当たり前だ。
知らなけりゃニホンとジャパンが同じ国だなんて思わないようなもの。
けど状況から、ゲームとの一致で何処の国かはわかった。
ダーリエフェルトは西隣で、ナイトシュタインはさらに西。
ゲームで最初に訪れる滅びかけの国と、その次の戦争してた国だ。
「学生のように雑多に集まってるから言うんだ。ドナトス、君は相変わらず頭が固いねぇ。決められたことを決められたように素直にやる仕事ぶりは部下としてはとても褒められたものだ。けど、そんな意識ない学生たちの中にいるローレンツが、どの立場でものを言うかきちんと教育しているのかい?」
「あら、子爵。ローレンツは社交嫌いでも優秀ですもの。派閥の色分けはしっかり理解していましてよ」
「その、嫌いというわけでは…………」
義母であり、幼い頃から付き合いのある叔母でもあるから、義理の関係なんていうぎこちなさはない。
けど、その分あけすけに言われるのも、居心地が悪い。
なんて思って口にしたのが間違いだったようだ。
義母上の目が光った。
「言ったわね? では、次のゲシュヴェツァー伯爵家での茶会にはあなたも参加なさい。お友達のエドガーもいるのだから、普段より気も楽でしょう」
まさかのエドガーの実家が主催の茶会に連れ込まれることになった。
貴族同士が情報交換だとか、縁故繋いだり継続したりのための集まりだ。
正直面倒…………。
けど、入学したからに形式的にお祝いの言葉をもらう必要もある。
なら、一緒に引っ張り出されるエドガーがいるほうが確かに気は楽だ。
「はい、わかりました」
隣国がすでにきな臭いとか、まず忘れぎみのゲームの地名が役に立たないとか、色々思うところはある。
けど義母上に対する答えはそれしか許されない。
あと、家長とその家長よりも立場が上の伯父さんがいる状況で、部屋にも下がれない。
うん、子爵より伯爵の爵位が上でも、その爵位に付随する権力によって地位の上下は変わる貴族社会の面倒さ。
侯爵家の跡取りの子爵な伯父さんが会いに来たって言うなら、俺に拒否権なんてないんだよなぁ。
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