19話:スタンピード4
王弟視点
「クラレンツ公、各所の状況報告をまとめました」
「ヘンリク、学生のお前がやる必要はないんだぞ」
「この非常時にじっとしてられないんですよ、叔父上」
甥の第五王子ヘンリクが、私の部下のように報告書を持ってきた。
その上で状況報告は深刻な内容だ。
「よし、現状をスタンピードと仮定する」
「仮定ですか? 断定して命令しては?」
甥が言うとおり、魔物の多さと種類の雑多さはスタンピードそのもの。
ただ、現状断定して命令がどれだけ行き届くかわからない。
「スタンピードへの対処は基本避難だ。先にそれを知らせると、逃走を優先して魔物の制圧がままならなくなる。そうなればどうなると思う?」
「総崩れで、吞まれますか?」
「そこまでの無様を晒す弱卒の群れではないと思いたいが、確実に騒いで士気を下げる者がいるのが問題だ」
小王を名乗る遠い親戚など、確たる例だが、それ以外にもいる。
だが面倒といえば小王で、あれはお題目だけは立派に囀るのだ。
国のため、民のため、王室のためと宣い、言うべきことを言っているのだと正義ぶる。
だが実態は批判するために、自ら火の粉を飛ばすような稚拙さ。
ただ自分が偉ぶるだけのために、他人をこき下ろす醜さすら自覚しない小物。
結局利益を受けたいのは自分たちだけで、他人が褒められるのを嫌って難癖をつける。
その批判姿勢が、毅然としていると幻想を抱く者も一定数いるのも頭が痛い。
「あぁ、小王の叔父ですね。何故参加をしたのでしょう? いなくていいのに」
「それなりの勢力がある分、無視するほうがうるさい。奴らは目立つ場が大好きだからな」
「その割にこちらが催しをする際には無駄遣いじゃないか、民を顧みない贅沢じゃないかとうるさく言いますね」
見栄や国威を示すことで、国内の安定や他国からの欲を撥ねつけられる。
そんな本当に国のためになることより、今の王室が弱ることを喜び騒ぐ。
なんて愚痴はいくらでも出るが、今はそれどころではない。
私は手を振って話を戻す。
「まずは改めて馬を出す。スタンピードと仮定して、後退を促さなければならない。それに、何故前兆がなかったかも、狩猟官に早い内に聞き取りが必要だ」
「そうですね、今まで前兆のないスタンピードなんて聞いたことがない。いったいどこから魔物が湧いたというのか」
ここは王室御料林で、役人が管理報告を行い、ひと月以上前から狩場の手入れもしている。
本来なら見落とすことはありえない。
ならば、狩猟官の中に報告を偽装した裏切り者がいる可能性もある。
「報告に上がっている数が本当にいるなら、降って湧いたとしか言えないな」
ただおかしいのは、狩猟官が隠していたにしても、それだけの魔物が潜んでいたにしては狩場が荒れることもなかったこと。
「できれば原因を調べたいが、まずは城へ救援の要請。報告された内容をそのまま上げろ」
すぐに早馬を手配させる。
その上で、私は騎士団長に確認した。
「守りを固めるとして、どれくらいのことができる?」
「殿下方をお守りして走ることが最善です」
髭を整えた騎士団長に、私が聞きたい答えを求めて視線を強めると、団長も退かない。
「他の家が戦っている今、私に背を向けて逃げろと?」
「我々は、王家の尊き方々をお守りするのが役目です」
本当にスタンピードなら、こんな薄い守りでは呑まれる。
何せここは今、孤立状態だ。
他の家の騎士団たちを揃えて一丸となれれば、人員の入れ替えを視野に入れて耐久も見据えられる。
だが、離れてしまっている現状、今から呼び寄せても防衛は難しいと騎士団長は判断した。
「他の案を出せ」
私は騎士団長の、王族だけを逃がす案を却下する。
主催者であり王族だからこそ、戦う者たちがいる状況で逃げるわけにはいかない。
これで全員が死に絶えるならまだ言い訳も立つが、生き残る家があれば非難は真っ先に逃げた王室に向く。
そうなっては私やヘンリクに紐づくすべてが批判の的になるだろう。
いっそここで戦って死んだほうが、まだ国の結束を保って、スタンピードの対処ができるというもの。
「相手がスタンピードなら、私たちなど少なくない数の犠牲でしかない。その上で一番に逃げたとあっては、生き残ったところで誰もついてこない」
まだ学生で甘いところのあるヘンリクにも聞かせて、私は騎士団長と同じことを考えるだろう者たちに釘をさす。
軍に求められるのは戦い守ることだ。
その総帥である私が戦わずして逃げるのは悪手。
だがひと当たりして、戦ったという名目を作るなんてこともできない。
相手は退くことを知らない狂った魔物なのだ。
騎士団長が言うとおり、素早く逃げるのが一番だが、それは状況が許さなかった。
各家を集めて狩猟大会を催したのは、王室であり私なのだ。
「であれば、荷車を解体しての本営の補強を。並びに壕と土塁の造営をお許しください」
「すぐに取りかかれ」
まともに案を出したので許したというのに、騎士団長は苦い顔だ。
どう考えても付け焼き刃だからだろう。
だが私もそれ以上に、この備えも何もない状態でできることは思いつかない。
騎士団長と入れ替わりに報告が入った。
それをヘンリクが受けて、騎士団長を止める。
「騎士団長、本営の外に学生が退避しているそうだ。自衛のために連れている騎士や護衛と共に、動いていると」
「では、その者たちにも壕の造営を手伝わせましょう」
ヘンリクは私にも同じ報告をして許可を取るが、違和感を覚えた。
「学生は参加者に連れられて散らばっていたはずだな?」
「えぇ、どうも教師が学生を集合させる笛を吹いていち早く集めたそうで」
「血気に逸って魔物を狩ることに拘泥しなかったのは褒められた判断力だ」
狩猟大会は狩りの腕を見せることで、身分のある者たちに力を見せる場だ。
学生としては安全を優先する、冷静さがあるだけ見込みがある。
いや、学生だけではなく、学生を守る騎士や護衛もそうだ。
良い獲物を取って主人に献上することで、自らの研鑽を誇示する。
そもそもがそういう集まりなので、報告にある魔物は、数さえ少なければ良い獲物としてこの狩猟大会も大成功と言えるようなものだった。
しかし、スタンピードなら狩っても尽きない。
止まらない魔物の氾濫に剣を振る愚行になるため、学生とともに退くのもまた賢い判断といえる。
「貴族たちが自己判断で退くことはないのでしょうか?」
「ないだろうな。狩りに来ている意識が強い。今から報せを走らせて、いったいどれくらいが無事にここまで退いてこれるか」
「退けなければ?」
「今度はここが魔物に呑まれる」
砦や軍がなければ、逃げるのが基本のスタンピード。
だからといって退けない貴族たちを否定はしない。
何故なら、そうして貴族たちと騎士団が魔物の相手をすることで、私たちには猶予ができるかもしれないのだから。
狩りに血道をあげた結果でも、気づいた時には戦う以外にない状況に陥った蒙昧さでもいい。
現状対処の時間を作れるのはその者たちの奮戦のお蔭だ。
ならば、生きて戻れた時には相応に褒賞も与えよう。
「…………先よりも、今だな」
私は先走る考えを振り払い、このスタンピードを乗り切るための準備を行う。
同時に、スタンピードをこの守りを準備していない状況で、本当に乗り切れるかという考えも横に置いた。
やらなければならないのだから、他を考えるだけ無駄だ。
本営はすでに喧噪に包まれ、守りを敷くために動いている。
異常は周知され、仮定とは言えスタンピードと聞けば命の危機に緊張も高まった。
そんな中、慌ただしく新たな報せがやって来る。
「申し上げます! か、各家が後退を始めており、この本営に参集する動きを見せております! 急ぎ、ご指示を!」
「何? いや、何故だ? 各家とは何処のことを言っている?」
今命令を出して、急いでも馬が走り出したかどうかの頃合い。
それなのに、すでに目に見えて集まっている?
「それが、陣を敷く場所の指示を求めて来た者によれば、学生が王弟殿下のご指示の下に参集を呼びかけたと」
「そんなことはしておられない!」
ヘンリクが言うのを、私は片手をあげて止め、側に控える軍参謀に指示を出す。
「すでに集まっているのなら、配置する場所を整理する人員を割け。第三騎士団を使え。陣形をすぐに指示しろ。また、戦った魔物の種類を報告するよう命令もだ」
そこから慌ただしく守りを固める指示の変更と準備が始まった。
すでに集まっているのならば、より固い陣形と、家々の関係性を考慮して連携の取れる並びにしなければいけない。
ヘンリクも真似ごとながら、伝達のために走り回り、忙しく出入りする。
私も状況が変わっていくことの対応で、諸々の疑問は脇に置いた。
だが頭の片隅では少々愉快に感じている。
学生の独断は、王家の権威を濫用すると非難されても仕方ない暴挙だ。
だが、それでも私が指示するよりも早く、正解を導き出した学生の存在に面白みを覚えた。
いったいどんな者がそれほど不遜で大それた答えを出したのか。
このスタンピードが終わってからの楽しみができたようだった。
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