18話:スタンピード3
ユリウス視点
「頼む、ユリウス」
ローレンが真剣な顔で、農民でしかない俺に頼むなんて言う。
栗色の長い髪を撫でるようにしながら話す姿は、ちょっと落ち着きなく見えた。
まだ出会って二ヵ月くらい。
それでもその髪を撫でるのが、色々考えてる時の癖なのは覚えた。
しかも、そういう時って誰かに負担かける時な気がする。
「これがスタンピードだというのは、ほぼ間違いない。だが、何処にいるかわからない魔物に対処しながらっていうのは、回り込むにしても危険がある役目だ」
「うん、わかった」
俺がすぐに頷くと、ローレンはいっそ不満そうに眉間に皺を寄せた。
ちゃんとわかってて返事してるんだけどな。
そもそも貴族が農民のことを心配してるって言うのが、ちょっと笑ってしまう。
命令しておいてこっちを見もしないなんて、貴族じゃなくてもあることだ。
農民だって生活苦しくて他人のことは二の次なんて当たり前。
そんな中で、ローレンは最初から俺を見て心配してくれていた。
エドガーは勇者っていう紋章の珍しさに話すようになったように思うけど、ローレンの対応に合わせて俺を同じ学生として扱ってくれてる。
「言ったでしょ。できることならやるって」
よくわからず近づいてくる人が多い中、ローレンとエドガーはわかりやすく求めることを言葉にして、見返りも示してくれた。
何より普通に気遣いをしてくれるんだ。
どうせわからないと見下して利用することも、わかるだろうって強要して強請ることもない、俺の友人たち。
だから、俺もこの狩猟大会に参加するために言った、できることをやるっていうのは、本気でそう思ったから伝えたし、この狩猟大会の間も同じ思いだ。
「…………エドガー、ユリウスのためにロイエたちを貸してくれ」
「あぁ、魔物の種類もけっこう知ってるし、きっと勇者にも後れを取らないさ」
不安そうにお願いするローレンに、エドガーは片目を瞑って見せる。
ロイエも危険な役目に文句はないらしく、いつもどおりだ。
「さて、相応の働きをするが、その分の報酬があってこそだな」
「それなら、俺からの依頼だから、別口に雇う分の金額をエドガーに渡す」
「で、俺のほうから渡せば二重契約じゃないって? ま、その分の契約書は後で作るか」
時間はない。
俺は傭兵に相乗りさせてもらって馬に跨り、残るローレンたちは増える魔物の対処だ。
「エドガー守る仕事なのに、俺につき合ってくれてありがとう」
近くで馬を走らせるロイエに、今の内にお礼を言っておく。
俺のために傭兵の中でも腕利きという人を選んでくれたし、それだけ危険な偵察ってわかってるようだし。
つき合わせるのに、俺自身は対価を払えないから、せめて言葉を送った。
「実際、スタンピードだとは思うが、それを明示できる証拠はない。そうなると、守りを固めさせるあの坊ちゃんの判断が邪魔される可能性はある」
「だから、この偵察に一緒に来てくれたの?」
「半分は自分を納得させるための好奇心かもしれないな」
ロイエが言うには、このスタンピードはおかしいそうだ。
前兆として魔物が集合すれば見てわかる。
その上狩猟大会のために数日前から人が多かったはずなのに、スタンピードの予兆は発見されてない。
「人為的なスタンピード、そんなこと聞いたこともない。だが、確かにそうとしか思えない突然さと、タイミングだ。だから自分の目で確かめたくなった」
「でも、規模を偵察するだけで、人為的かどうかなんてわかるのかな?」
俺は黒い霧が見えるけど、他の人には見えないらしいし。
初めて見たから、これが普通のスタンピードとの違いもわからない。
ロイエは前方から目を逸らして、一度俺を見る。
「勇者が率先するものだと思っていたが、どうも想像を外されてばかりだな」
「勇者が、何?」
「伝説では、勇者は人々の先に立って魔王と戦った。戦うことになれば、危機に際して前に立つ者だと思っていた」
「そう、なのかな? 俺には勇者が何かわからないからなぁ」
俺は農民だ。
両親と弟と小さな畑を任されていたけれど、両親が事故で亡くなり、弟と親戚の世話になった。
けどそこも小さな畑しか持ってなかったから、俺たち兄弟は歓迎されずにいたんだ。
それでもいつか弟と、両親のような小さくても自分の畑を持ちたいと思ってた。
そう思ってたのに、俺は勇者だって言われて、勉強だとか武術だとか教えられて、どうやら物覚えがいいらしいなんて思ったけど、やっぱり魔物を前にしたら動けないんだ。
ベアに襲われた時も、ローレンがいなかったら魔法使う頭なんてなかっただろうし。
「あの坊ちゃんが先導するとは思わなかった。もっと、控えめに周囲に合わせるような性格かと思ったんだがな」
「けっこうそれ、エドガーのほうだと思うよ。ローレンは、目の前の状況とは違うところを見てそうな気がする」
俺の言葉に、ロイエは考える様子で聞いてきた。
「あの坊ちゃんは、紋章持ちじゃないのか?」
「え、そんなの聞いたことないよ。それに紋章持ちは報告が必要なものでしょう?」
国が知ってるなら、俺みたいに特別扱いのはずって言った途端、馬を走らせる傭兵が笑う。
ロイエもなんだか悪戯してるような顔で笑った。
「紋章なんて、顔面にでかでかと出ない限り、隠そうと思えば隠せるものだろう」
「え、それって…………」
言われて、俺はロイエが頭に撒いたバンダナに目が向く。
実は初めて顔を合わせた時から、そこがうっすら光って見えてたんだけど。
もしかしなくても、そこの下、紋章あるの?
「え、え? いいの、それ?」
「傭兵がどこかの国に所属してるなんて話、聞いたことがあるか?」
否定しないって、本当にロイエは紋章持ち?
しかも国を渡り歩くからって、何処の国にも紋章持ちって言ってないの?
それで許されるなら、俺も国に言わずにいてほしかったなんて思っちゃうな。
「そういうもの? けど貴族のローレンが紋章を隠してる、はないんじゃないかな? あったらたぶん、さっきの時に人を動かすために使ってる」
「そうだな、公爵令嬢だという学生を利用して、詐欺師のような手で動かしていたからな」
「やっぱり、あれってまずいよね?」
「これが本当にスタンピードで、人為的、さらに王族が孤立状態になるタイミング狙ったところを察して阻止したとならなければ、覆せないほどの独断専行だな」
やっぱり、ローレンは罰される可能性があるらしい。
「ど、どれくらいの規模だったらスタンピードって言えるかな?」
「それよりも、人為的にやった奴を捕まえるほうが、あの坊ちゃんの助けにはなるだろうな」
ロイエは俺の考えを読んだみたいに教えてくれる。
その上で、行く先を睨むように視線を鋭くした。
「これだけ回り込んでもまだ魔物の最後尾につかない。これはもう立派にスタンピード、異常事態だ」
言われて俺はずっと馬を走らせて、だいぶ元の場所から離れたことに気づく。
そうして林の合間や、藪から飛び出す魔物の姿に焦りが湧いた。
ただ、よく目を凝らすと何かおかしなものが見える。
「あ、れ?」
「どうした?」
「なんか、黒い霧の塊っていうか、渦みたいなものがある」
「何?」
ロイエはすぐに他の傭兵たちを止めて方向を確認した。
俺は瘴気だという黒い霧の渦が見える林の向こうを指す。
というか、ロイエも黒い霧見えてるんじゃない?
ってことはこれ、紋章持ってたら見えるのかな?
「隊長。近くに、森番が使ってたような小道がありましたよ」
「馬を降りよう。何者かがいる場合には捕縛。だが、魔物の親玉のようなものがいるなら、撤退を視野に応戦だ」
傭兵が報告すると、ロイエが方針を決めて馬から降りた。
傭兵の手を借りて降りる俺に、ロイエは目を向ける。
「勇者というのは、勇敢な行いをする者だそうだ。勇敢に、魔王との戦いの先陣を切ったと。だが、獣にも先頭を行かされるものがいる。それは天敵がいるだろう場所へ飛び込まなければならない時の最小限の犠牲、囮だ」
ロイエはつまり、勇者はすぐ死ぬぞって、言いたいのかな?
それとも今の状態が、その最小限の犠牲にされるぞっていう警告?
「五百年前の勇者は、だから仲間を募って先頭に立ったんだろう。一人で行くことがないように」
「そうなの?」
「さぁな。少なくとも、お前には一人で行くことがないように、手配してくれる友人たちがいるようだ」
指示したローレンと、応じてくれたエドガー。
身分違いでも、その行いで友人だと言ってくれるのが嬉しかった。
ただそこからは無言で進んで、黒い霧が濃くなっていくのに緊張も高まる。
でも一番、ロイエさえも顔を強張らせたのは、渦巻くように瘴気を纏う存在を視認した時。
人によく似たそれは、赤い肌に額に三つの目を持つ、仮面をかぶった異形。
勇者の伝説に出てくる魔王の配下、魔人と呼ばれる存在だった。
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