16話:スタンピード1
スタンピードはゲームでも起こるイベントだった。
いや、敵である魔人が起こす攻撃の一種と言ったほうがいいかもしれない。
ゲームで人間同士が争うように暗躍する魔人は、追い詰めるとスタンピードを起こす者がいた。
勇者を追い詰めるためにスタンピードを起こす者もいて、ゲームでは戦闘イベントの一種という扱いだったように思う。
「笛が、鳴らされた!」
上級生の班長が、突然声をあげた。
俺たちは教師の緊急招集の笛を鳴らしてほしかったんだが、教師が不在。
騎士や護衛の中で馬術に優れた者に、事態を知らせて笛を鳴らすように伝えてもらうつもりだったんだが、それよりも前に別の場所で鳴ったようだ。
俺たちは本営近くにいる許可を王室の騎士からもらって、持っている物資をそれぞれ集めて中身を確認してた。
さらに本営横に簡素だが陣を張って、学生が集まれるようにしてる最中だったんだ。
「ともかく物資は集めて分類! 怪我人の救護ができるように整え続けろ!」
俺は指示出して、班長には笛の音がした方向を確認してもらう。
どう考えてもスタンピードなら魔人がいる。
そして王族が狙われるかもしれない状況があり、さらに言えば家と騎士団はバラバラで連携ができないこの時を狙ったような発生だ。
「こっちに避難してくれればいいんだが。それに…………動けるようになれば」
言っても仕方ないが、ここには勇者がいる。
ただ育ってないし、初期メンバーさえ揃ってないから、魔人と戦わせるなんて無謀すぎる。
それでも、魔人が起こしたスタンピードは、魔人を倒せばすぐに収束するんだ。
勝算もない状況でユリウスを行かせるわけにもいかないが、このまま薄い守りで耐えきるなんて考えるのも無策だ。
「まずいですな。押されて後退する者が出ておるようです」
ゾンケンに言われて見ると、藪から飛び出す逃げる姿があった。
まだ武装してない勢子が逃げてるだけだが、一緒にいただろう騎士団が、守り切れない状況は察せられる。
何処に目をやっておくべきかもわからない中、状況は刻一刻と変わっていた。
こっちに漏れてくる魔物はまだ小物。
それでも異常な数が溢れている。
本営を守る騎士たちも忙しく動き始めているから、異常事態は察してるだろう。
その分邪魔にならないよう固まってる俺たち学生を邪険にはしない。
「ローレン」
顔の強張ったエドガーが、ユリウスと一緒に声をかけて来た。
「狩猟大会に参加してるのは武名のある家だし、大丈夫だよな?」
安請け合いしようか迷う。
本当に魔人がいるなら、殺し尽くすつもりでスタンピードを起こしてる。
そうでなければ、ゲームで王都に魔物が押し寄せて滅ぼされるなんて状況おかしい。
それに学生を動員するような危機的状況が、現状想像できない。
だったら、こうしてスポーツ大会だと思っていた中、スタンピードを魔人が起こしていたというほうが説明もつく。
見栄のために精鋭を揃えた中、それらが壊滅にならないまでも大きく損害を受けたら?
さらに当主や、軍事を統括する王弟が死ねば、次を担う者はいても、十全に力を発揮するには時間がかかる。
その間にまた魔人が暗躍するなら、ゲーム開始時と同じ亡国の道を作られかねない。
「…………無理だ」
「理由を、教えて」
ユリウスは強張りながら、冷静に話をしようとしていた。
「まず、スタンピードの規模は、一軍で凌ぐしかできないはずのものだ」
今は小物が走るだけだが、スタンピードの本領は大型の魔物が興奮して暴走状態になること。
しかも集団だ。
魔物には熊以上の大きさや力を持つものがいる。
そして魔法が使えるからって、人間がそうそう強靭にはなれない。
つまり暴走して命投げ捨てる魔物の暴走なんて、軍を出しても耐えることができるくらいのもの。
「今回、狩猟が目的だ。防御に適した装備を持つ騎士団が、どれくらいいるか」
そもそも盾持ちなんているわけがない。
追い立てるか、追い駆けるかを想定した軽い装備のはずだ。
少ない獲物を多数で囲むのが狩猟なんだから、こっちが囲まれるほどの数を想定していないだろう。
「いや、でも、スタンピードがそもそも確定じゃない。だって、狩猟官がいるのにこんな数見逃すなんて、ありえないだろう?」
エドガーがいうこともそのとおりで、このまま見逃すかもしれない小物の魔物が群れているだけなら問題は少ない。
魔人なんて知らないから、そもそも今日のために管理する役人がいる場で、忠告も何もなく、予兆もないスタンピードなんて起こりえないというのが常識だ。
「…………課外授業で、魔物を融通した何者かがいる」
「え? あ、もしかして魔物を集めたり、操ったりできる人がいるの?」
俺の言葉を受けて、ユリウスが目を瞠る。
だがエドガーは、怯えていながら理性的に否定した。
「そんなの聞いたこともない。それに本当なら、人為的なスタンピードなんてことになる。それこそ前代未聞だ」
エドガーが言うとおり、そんなものはないって言うのが今までの常識だが、それが可能になる魔人の存在をゲームで知ってると、認識に齟齬が出てしまう。
だからってここでゲームの知識を言ったところで、それは起こっていない夢物語。
言葉を迷ってると、黙って聞いてたゾンケンも険しい顔になる。
ロイエは表情を変えなかったが、目が本営を見た。
ゾンケンもそっちを窺ったことから、人為的なスタンピードだとして、その狙いとなる存在がいること、やれる者がいるなら、やる価値があることを察したんだろう。
「スタンピードが起こるとして、逃げる準備ではないようだが?」
ロイエが、俺の指示の意図を聞いて来る。
「ここで逃げると、本当にスタンピードが起きた時には呑まれて潰されると思っている」
学生はここまで馬車移動できた。
一応騎士団は馬も連れてる。
ただ逃がすにしても頭数は足りない。
暴走する魔物の足から逃げるには不安がある。
「守りを固めるべきだ」
俺は言って、白銀の甲冑に身を包む王家の騎士団を見る。
他の家が見栄を張って、自家の騎士団を用意して臨む狩猟大会。
王家が主催で、他家に劣らないよう見栄を張らないわけがない。
つまり一番騎士団の規模が大きいのは、この王弟と王子がいる本営周辺だ。
そして装備にも惜しみなく金を使ってることは、見てわかる。
何より本営として天幕だけではない、物見櫓のある陣地を築いてた。
たぶん狩猟大会を俯瞰するためだけど、この状況だと指令所として機能するだろう。
「ともかく、まず俺たちは学生で固まり、身を守るための準備をする」
「身を守るのに救護を築いている理由は何?」
ユリウスはスタンピードの可能性も考慮に入れて、俺が指示の意味を聞く。
スタンピードの可能性で慌てて、誰もそこを聞いてこなかったんだよな。
ただやれと言われたことを慌ててやって、混乱した状況に流されてた。
騒がないだけで、誰も冷静じゃないことは、忘れないようにしよう。
「本営近くにいるための言い訳だな。何もせず立ってるだけだと追い払われる可能性もある。それに、こっちに怪我人が来るようにできれば、ただ逃げた、盾にしたと言われない」
「はは、本当ローレンは優秀だ」
エドガーはもう問いただすことはせず、諦めたように肩を落とした。
けどこれだけじゃ対処できてるとも言えないっていうのが俺の正直な気持ちだ。
そもそも魔人なら倒さないと、スタンピードは終わらない無限湧きだ。
そのために勇者が魔人を倒しに行く、って言うのがゲームの流れだ。
正直今のままだとレベル的に危険だから、必要なのはロイエのほうかもしれない。
「ともかく、この慌ただしい状況の内に、本営の人員からここに避難することの許可を取ろう」
ロイエを見ると、応じて傭兵たちに守りを固める指示と、学生の受け入れのために守るよう配置を伝え始めた。
そっちは任せて、俺はゾンケンを連れて本営に向かう。
「あ、ローレンツどの!」
「これは、イジドラ嬢。…………少々、お時間よろしいでしょうか?」
笛で集まり教師とともに避難してきたらしい学生の中に、公爵令嬢がいた。
これは使わない手はない。
正直申し訳ないが、説明もせず騎士の中で高位の人を教えてもらった。
「我々の避難とこの場での働きを、王弟殿下にお許し願いたく」
「わかったから学生の内に戻れ、こちらは対処をするために忙しいのだ」
何番かの騎士団長だったらしいが、やっぱり王妃の親族であるイジドラは効いた。
ぞんざいだったが、これで王弟の名前の元に学生に集まるよう言える。
「説明を。ズィゲンシュタイン伯爵家のご子息」
説明を待つイジドラより先に、女従者が詰問するように聞いてきた。
何巻き込んでんだよって、言葉にしない非難を感じる強い目だ。
俺は手短にスタンピードが起きていることと、人為的な所業の可能性を伝えて、順番が逆になったが協力要請をしたのだった。
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