15話:狩猟大会5
狩猟大会が始まり、学生は班で行動するため友人たちとは別れた。
ただエドガーの班は近く、異変を察して報せをくれる。
けれど今目の前にいるユリウスは全く別の場所にいるはずだった。
狩猟大会の会場に選ばれるだけ、複数の騎士団が展開しても獲物に困らない広さがある王室御料林。
何処から来たのかはわからないが、相当は知ったことは乱れた息から察せられた。
「ユリウス、何があった?」
すでにエドガーとロイエから不審な兆候を聞いていたから、何かあったのは確定して聞く。
というか、わざわざ勇者が自分で来たんだ。
何かないわけがない。
「実は、魔物がいっぱい飛び出してきて、俺たちのほうは学生も討伐に加わることになったんだけど、その魔物たちになんだか黒いものがまとわりついてて変なんだ」
「黒い? 汚れじゃなく?」
「霧みたいに、俺には見える。けど、見えるのは俺だけで、他は誰も見えないらしく手。けど、魔物の出方が変だって言うのと、俺が紋章持ちだからただごとじゃないんじゃないかって。だから魔物について勉強してるローレンなら何か知ってるかもしれないって言ったら、聞いてきていいって言われたんだ」
どうやら魔物の異変を理由に一人離脱を許され、俺を探して走って来たらしい。
紋章持ちの言葉に、俺の方の班員も異変があったらしいとざわつく。
「ゾンケン?」
「いえ、寡聞にして」
「だったら、ロイエに聞きに行こう」
俺は頼りになる騎士団長が知らないならって即決して動く。
班長になった上級生に、他の班で異変があったから様子を見てくると断った。
背後も警戒してた傭兵が見つけてくれて、すぐにエドガーとロイエのところへ案内してくれる。
ユリウスが見た黒い霧について聞くと、ロイエが眉を上げた。
「目に見えるほどの瘴気を、黒い霧にたとえる話がある。俺も見たことがあるが、霧のように軽いものではなく、まとわりつくようにべったりとしたものだ」
「うん、そういう風に見えた。霧みたいに薄いところは透けるけど、魔物について離れない感じで」
一緒に来たユリウスが、身振りを交えて応じる。
するとロイエ以外の傭兵たちも顔を顰めた。
明らかに緊張が増してるってことは、やっぱりただごとじゃなさそうだ。
「ロイエ、それは何処で見たんだ?」
様子に気づいて聞くと、ロイエは落ち着いて答える。
「スタンピードだ。暴れ狂う魔物たちが寄せ集まっていると、そうして目に見えるほどの瘴気を纏う魔物が出る」
言われてようやく思い出した。
これはゲームにもあった仕様だ。
重要な戦いの際に出てくる、強く調整された魔物。
それらには黒いエフェクトがつけられていて、黒い霧に見えるものだった。
つまり、ゲーム主人公であるユリウスにも同じものが見える力がある?
ただこの世界に転生した俺には見えないのか。
いや、ロイエや他の傭兵は、スタンピードで見たと言っていた。
つまり、ある程度本格化すれば、誰にでも見えるように?
「冗談じゃない」
思わず漏れた吐き捨てる声。
だが、誰もが頷いて表情を険しくしていた。
スタンピードは魔物の氾濫だ。
陸地で起こる生き物の津波だ。
止めるなんて生半可なことできないし、呑まれれば死ぬ。
「すぐに…………」
避難を、とは言えなかった。
俺よりも戦い慣れた騎士団や傭兵たちが異変を察して、周囲に警戒を向ける。
俺も遅れて、周囲で聞こえる戦闘音に変化が起きたことに気づいた。
獲物を追う声はいつの間にか悲鳴や怒号に代わってる。
下草を打って獲物を脅すだけだった武器の音が、確かな斬撃の音に成り代わっていた。
「逃げるぞ!」
「で、でも、他の騎士団といたほうがいいんじゃないか?」
すぐさま叫ぶ俺に、エドガーが迷う。
「俺たちはお荷物だ。戦えないどころか自衛も頼るしかない。そんなの後ろに抱えてるよりも、さっさと離れて自衛に専念しないと足手まといだ!」
聞いていたエドガーの班員は、すぐに指揮のできる者に退避を告げに動いた。
俺も自分の班員に退避を告げに走る。
「スタンピード? まさか…………。そんな予兆があるなんて聞こえていない」
「経験者が予兆を確認しました。予兆が必要だと言うなら、こんなに魔物が以前もいましたか?」
班長は俺の言葉を一度笑ったが、俺たちの足元を逃げる兎型の魔物に顔を顰めた。
「他の学生たちにも退避を促してください。そうでなければ他の方々の邪魔にしかなりません。俺たちは俺たちで自衛をすべきです」
「いや、近くにいたほうが守るにも手間をおかけしないだろう。下手に動くほうが危ない」
自衛と言ったせいか、ここで学生も一緒になって戦いに参加すべきだと班長はいう。
俺は言葉を尽くすよりも、参加経験のある班長の肩を掴んで、すでに足の震えてる班員に顔を向けさせた。
「最初に見捨てられるのは、どんな者ですか?」
「…………わかった。だが、本当にスタンピードだとして逃げ場なんてないんだぞ?」
戦えない者から犠牲になっていく戦場では、学生からと守られるわけじゃない。
それが自衛さえままならないスタンピードのさなかとなれば、孤立するだけ生き残る可能性は低くなる。
俺は経験から危険性を訴える班長の疑問に答えた。
「まず学生だけで固まるべきです。そのためには集合を呼びかけなければいけません。ただ、呼びかける手段をどうすべきか…………」
「いや、ある。教師が特殊な笛を持っているんだ。その音が聞こえたら何がなんでも撤退しろと言われている。その音を班長は覚えさせられているのだ」
つまり、教員を捜して笛を吹かせればいい。
だったら簡単だ。
「すぐに、本営に走りましょう!」
「俺は自分の班員に声かけてくる!」
ユリウスは別方向に走り出すので、俺は慌てて騎士に声をかけた。
「メイベルト! 護衛に!」
すぐにメイベルトは二人ほど騎士を連れてユリウスを追う。
俺たちも狩場から逃げるように本営に向かって移動を始めた。
散開して誰もいないからこそ、誰の邪魔にもならず走れる。
だが、漏れてくる小物の魔物が周囲に現れた。
「魔物の対処は我々が! 止まらずお早く!」
ゾンケンが騎士団を率いて学生の両側を守るように展開する。
ロイエたちや他の護衛も、雇い主を守る形でともに走っていた。
それに他の学生たちについてきた騎士たちも、遅れて協力の姿勢を見せる。
学生の中には単身や、片手で足りる程度の護衛しかいない者もいたが、学生という括りで騎士も護衛も優先して逃がしてくれた。
戦える者たちが魔物の相手をし、学生はひたすら本営を目指して走る。
「教員を探して笛を! 騎士にスタンピードの兆候があることを知らせてくれ!」
本営近くに走り込んで、俺の言葉に班長を担ってた者たちがさらに走った。
だが、持ち帰った答えは期待を下回る。
「他で、教員への救援を告げる笛を何処かの班長が吹いていて不在だった!」
「スタンピードなんて報せ他からは来てないと笑われて真に受けてくれない!」
俺は振り返って、狩猟のために林や藪、高い下草を見回す。
獲物が隠れて暮らすにはいい場所だ。
だが見通しの悪い中に入り込んでいる貴族たちが、その場から大きく動いている様子はこちらからでは見えない。
「どこもまだ隊列を維持している。だからここからじゃ、実際何が起きてるかわからないのか」
「どういたしますか、ローレンさま」
ゾンケンが俺に声をかけると、ロイエも現状のまずさを示した。
「あまりにここまでの障害物がない。何処かが崩れて魔物の進行を止められなければ、ここはひとたまりもないぞ」
とんでもない話だ。
ここは本営で、王弟と第五王子も今日はいる。
しかも精鋭が守ってるだろう狩猟大会で魔物に抜かれることを思えば、何処かの軍が壊滅になっているはずだ。
そう考えて、俺は血の気が下がる。
ゲームで黒い瘴気を纏った敵が出てくる時、それは魔人という魔王の配下と戦う大事な局面。
魔人は魔物を操る術を持っている敵で、魔人戦では必ず黒い瘴気を纏った普通よりも強化された魔物が襲ってきた。
「あ、ユリウスたちだ! なんか人数多いな、他の班もいるのか?」
エドガーが言うとおり、ユリウスが学生たちと共にこちらへ走って来るのが見える。
だが、考えてみれば何も知らないユリウスが、俺たちと知り合わなかったどうなっていたか。
絶対この狩猟大会に参加するなんてしない。
もし魔王がすでに暗躍していて、魔人をこの国に送り込んでいるなら?
魔物の黒い霧という、スタンピードの予兆が見える勇者もいないなら?
ここで予兆のないスタンピードを起こして、戦力になる騎士団を潰して、王弟や王子を殺せたとしたら?
それは、この国の滅びの第一歩になるんじゃないのか?
そんな怖ろしい想像に行きつき、俺は払おうとして触った自分の長い髪を握り込んで嫌な予感による震えを押さえつけた。
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