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第4話 ティーカップと茶杓

 アリスは真理の横顔を見つめ、ふと首をかしげた。


「ねえ、真理。あなたの国のお茶会は、こんなふうに騒がしいの?」


 真理は一瞬、混乱したが、すぐに苦笑した。


「いえ、日本のお茶会──つまり茶道は全然違うわ。

 静けさを大切にして、ひとつひとつの所作に心を込めるの。

 ただ飲むだけじゃなくて、心を落ち着けたり、相手を敬う気持ちを形にする。

 利休という人が、その精神を『和敬清寂』という言葉で表したのよ。」


 言葉を口にしていると、不意に視界の端に妙なものが映った。

 ティーカップのひとつに、なぜか細い竹の茶杓が差し込まれている。


「え……?」


 真理が目をこすった瞬間、黒衣をまとった大男が音もなく立ち上がり、茶杓を典雅に取り出していた。

 動作は静かでありながら一分の隙もなく、まるで時空を超えてそこに在るかのようだった。


 真理は見覚えのある顔に息をのんだ。

 大学の資料で繰り返し見た、あの肖像画と重なっていたからだ。


「……もしかして、千利休さんですか?」


 大男は茶杓を軽く掲げ、低く響く声で答えた。


「いかにも。」


 その瞬間、奇妙なお茶会のざわめきに、日本の茶室の静けさが一筋、切り込んだように感じられた。

 マッドハッターたちの無軌道なお茶会は、紅茶やケーキも飛び交い、テーブルは混沌そのものだった。

 だが利休が茶杓を掲げて一礼すると、その空気が一変する。


「一服差し上げましょう。」


 低く静かな声に、マッドハッターも三月ウサギも、ヤマネまでもが背筋をぴんと伸ばした。

 利休の所作は、すべてが緩やかでありながら、乱れを許さぬほど端正だった。

 湯を汲み、茶を点てるたびに、混沌とした席が見事に整えられていく。


 やがて奇妙なお茶会は、茶道の精神に導かれるように一つの和の場へと再構築されていた。

 あまりの変化に、真理は目を丸くする。


「……あの無茶苦茶なお茶会が、こんなにも……」


 アリスはぱちんと手を叩き、椅子を揺らしながら大喜びした。


「すごいわ! ほんとうに奇妙なお茶会が『茶道』になっちゃったのね!」


 利休は茶碗を置き、深い目で真理を見つめる。


「私もまた、茶道が形骸化するのを恐れておりました。

 洋の東西を問わず、本質が失われ、形式だけが捩れて残る──それこそ不可思議なことです。」


 アリスはくすりと笑い、言葉を重ねる。


「それが、ナンセンスってことなのよ。」


 真理は胸の奥で何かが腑に落ちるのを感じ、深く頷いた。

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