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第19話 歴史の狭間

 女王は顔をさらに紅くし、庭中に響き渡る声で叫んだ。


「そこの小娘と、そっちの金髪娘!――首を刎ねよ!!」


 兵士たちがざわめき、いっせいに剣を構える。

 塗りたての赤い滴が、真理の足もとで震えた。


「えっ!? な、なんで私達まで!?」


「いつものことよ。」


 アリスがため息をついて、肩をすくめる。


「あの人、気に入らない相手はとりあえず『首をはねろ』なの。」


「待った!」


 落ち着いた声が、刃のきらめきに楔を打った。

 ホームズが前へ進み出て、すっと手を挙げる。


「この二人を被告とするなら、私が弁護人を務めよう。」


 女王は目を吊り上げ、扇で石畳をぴしゃりと叩く。


「弁護人だと!? この国では、わたしが法であり、わたしが判決なのだ!」


 ホームズは口の端をわずかに上げ、丁重だが鋭く応じる。


「ご高説ながら、陛下。

 法は陛下の上にも下にも等しくある約束です。

 罪名の特定、証拠の提示、反論の機会、そして公正な評決――それらが揃わぬ命令は裁きではなく、ただの喚き声に過ぎません。」


 女王の頬にさらに紅が差し、兵士の指が柄をきしませる。

 空気が一段と張りつめた、その刹那――真理はそっと手を挙げ、小声で漏らした。


「でも、不思議ですね。

 ヴィクトリア朝って、ホームズさんが活躍したように公正な裁判や法の支配を大事にし始めた時代ですよね。

 なのにキャロルの作品では、その時代の女王がモデルのキャラクターが『首をはねよ!』なんて……同じ時代とは思えないほど極端じゃないですか?」


 アリスは小さくうなずき、声をひそめる。


「それがナンセンスの力なの。

 現実では法が整って、公正な裁判が目指されていた。

 でも庶民の目から見れば、まだまだ権威や貴族は理不尽に振る舞うって感じられたのよ。

 だからキャロルは、おかしな裁判や女王の横暴を、わざと極端に描いた。

 笑いながら、理不尽がまだまだあるよねって共感できるように。」


 ホームズがパイプを指先で転がし、静かに言葉を継ぐ。


「実際のヴィクトリア朝は、近代法治への過渡期だ。

 制度は整いつつあったが、運用はしばしば未熟で、権力者の気まぐれや社会の偏見がなお強く働いていた。

 キャロルの女王は、進歩する制度と残る理不尽、その隙間風を笑い飛ばす風刺――そう受け止める事もできる。」


 真理は大きく頷いた。


「……なるほど。進歩する社会と、変わらない理不尽。両方が同じ時代に並んでいたからこそ、ホームズさんとアリスが同じヴィクトリア朝で生まれたんだ。」


 ホームズはわずかに顎を引き、女王へ向き直る。


「さて、陛下。まずは罪名の特定から始めましょう。次に証拠の提示、証人の喚問、反対尋問――そして評決へ。順序を踏まねば、裁判はただの見世物となります。」


 女王は扇を握りしめ、ぐっと唇を結んだ。

 庭園の薔薇は、塗りたての赤を風に揺らしながら、成り行きを固唾を呑んで見守っていた。

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