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短編小説

水の事故

作者: とり
掲載日:2025/07/20

 


 十二(じゅうに)歳の息子と海に出掛けた。


 私(父親か母親かは、はっきりさせないでおく。しかし、実(じつ)の親であることは、誓(ちか)って事実だ)は、大きな浮輪(うきわ)をつけた息子といっしょに、沖(おき)のほうへ泳いでいった。


 ほかの海水浴客の声(こえ)が遠い。


 ザプザプと、潮(しお)の音が心地(ここち)いい。


 八月だった。

 よく晴れていた。

 暑かった。


 こんな日には、四年(よねん)まえの事故を思い出した。


 四年まえの夏、当時三歳だった次男(じなん)が死んだ。


 溺死(できし)だった。


 家庭用のビニールプールで、二人(ふたり)目の我(わ)が子(こ)は、うつぶせになって動かなくなっていた。


「楽しいねー」


 浮輪(うきわ)のまんなかにはさまって、チャプチャプ波間(なみま)にゆられる長男(ちょうなん)の声に、私はハッとした。

 口元(くちもと)がゆるんだ。


 そして訊(き)いた。


「×××(長男の名だ)」


「なに?」


「どうして四年まえ、きみは弟を殺したの」


 私には確信(かくしん)があった。

 あの時、家のガレージで、ビニールプールで遊んでいた二人(ふたり)。


 私は長男に「下の子のめんどうみてて」と言って家事にひっこんでしまったのだが、それが大きなまちがいだった。


 とりかえしがつかないほどに。


 警察への通報は、しなかった。

 私はいつか、長男に理由を訊(き)こうと思っていた。


 それが今日、この時だった。


 ×××は言った。


「だって、ナマイキだったんだもん。お父さんもお母さんも、あいつばっか可愛(かわい)がるしさ。僕(ぼく)はいっつもガマンばっか。ずるいよ」


 拗(す)ねたように、息子は浮輪(うきわ)の外の水を、ぱしゃぱしゃたたいた。


 ――弟には、きみに私たちがしてあげたのと同じように、愛情を注(そそ)いでいただけだよ。


 そう言いたかった。

 しかし、私は声を出さなかった。


 私は海に潜(もぐ)った。


 息子の足を引っぱった。


 ×××は浮輪にしがみつこうとしたが、遅(おそ)かった。


 息子は沈(しず)んだ。


 水中で助けを求める息子の手をすりぬけ、私は浮上した。浮輪(うきわ)をつかまえて、その場(ば)から少し離(はな)れた。


 海面の下で、息子はもがいているようだった。

 学校で水泳(すいえい)の授業を受けていても、突然(とつぜん)の事態(じたい)、ましてや、足のとどかない場所での対処は困難(こんなん)なようだった。


 ぶくぶくと、水面(すいめん)に泡(あわ)が上がっていた。


 私はそれをながめていた。


 波(なみ)の音が聞こえていた。


 時間(じかん)が経(た)った。


 泡はもう浮かんでこなかった。

 何も浮いてこなかった。


 私は浮輪(うきわ)にもたれかかった。


 それから、浜辺(はまべ)へと泳いでいった。








 ※この物語はフィクションです。



 読んでいただいて、ありがとうございました。



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 ・『日間ランキング(ホラー部門)にて、18位にランクインしました。(2025/07/21/04時-07時)

 ・『週間ランキング(ホラー:短編部門)』にて、91位にランクインしました。(2025/07/21/04時-07時)

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― 新着の感想 ―
シンプルながらも残心のある作品。 面白かったです。
子ども残酷さと大人の理由ある残酷さとも考えられますね。 弟が死んだ後にその死に関連する兄を愛せなくなるというのは、本来なら悲しいことですが、親が彼の将来を心配して絶望してしまう描写にも思えました。文字…
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