水の事故
十二歳の息子と海に出かけた。
私(父親か母親かはハッキリさせないでおく。しかし、実の親であることは誓って事実だ)は、大きな浮輪をつけた息子と一緒に、沖のほうへ泳いでいった。
他の海水浴客の声が遠い。
ザプザプと、潮の音が耳に心地良い。
八月だった。よく晴れていた。暑かった。
こんな日には、四年前の事故を思い出した。
四年前の夏、当時三歳だった次男が死んだ。
溺死だった。
家庭用のビニールプールで、二人目の息子はうつ伏せになって動かなくなっていた。
「楽しいねーっ」
浮輪のまん中にはさまって、チャプチャプ波間にゆられている長男の声に、私はハッとした。
口元がゆるんだ。
そして訊いた。
「×××(長男の名前だ)」
「なに?」
「どうして四年前、君は弟を殺したの?」
私には確信があった。あの時、家のガレージで、ビニールプールで遊んでいた二人。私は長男に「下の子の面倒みてて」と言って家事のほうに引っ込んでしまったのだが、それが大きな失敗だった。
とりかえしのつかない過ちだった。
警察への通報はしなかった。
私はいつか、長男に理由を訊いてみたいと思っていた。
それが今日、この時だった。
×××は言った。
「だってナマイキだったんだもん。お父さんもお母さんも、アイツばっか可愛がるし。僕はいつもガマンばっか。ズルイよ」
拗ねたように息子は浮輪の外の水をパシャパシャ叩いた。
――弟には、君に私たちがしてあげたのと同じように愛情を注いでいただけだよ。
と言いたかった。
しかし私は声を出さなかった。
私は海にもぐった。
息子の足を引っぱった。
×××は浮輪にしがみつこうとしたが、遅かった。
息子は沈んだ。
私は水中で助けを求める息子の手をくぐりぬけ、浮上した。浮輪をつかまえてその場を少し離れた。
海面の下で、息子はもがいているようだった。
学校で水泳の授業を受けていても、突然の事態、ましてや、足の届かない場所での対処は困難なようだった。
ブクブクと水面に泡が出来ていた。
私はそれをながめていた。
波の音が聞こえていた。
時間が経った。
泡はもう上がってこなかった。
何も上がってこなかった。
私は浮輪にもたれかかった。
それから浜辺へと泳いでいった。
※この物語はフィクションです。
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