タコ
夜風が心地よい。多少熱を孕んでいるがそれでも過ごしやすい夜だと言い切れる。こんな夜は、面倒事など放り投げ、歩いて歩いて歩き続けたい。
『いつかは、朝になるけどね。』
夜が喧騒をとうの昔に拭い去り、雲が月を連れ去った。ただ、街を照らす街灯だけが、俺を人の枠組みの中に居ることを証明している。
「なんだろうなこの感じ。周りに人が居ないだけで自分の存在が拡大していくような」
慣れない夜の道に浮かされて足を前に出した。
「今は、俺の道。俺の街。あはは。信号無視だって出来ちゃうもんね。」
出来なかった。何度一番近くの白線に、飛び移ろうとしても、何かに見られているような気がして。
『…』
諦めて、歩行者専用ボタンを押す。ここを越えねば、道の先には進むことが出来ない。あの鳥を冒涜しているような音を聴き入れることを良しとした。
『分かりやすくて良いと思うよ。君達の難解な生活の中で、極めて明瞭な一部分だと思うけど。それになんだかカワイイし。如何にも君達っぽくて。』
赤が青に変わるのを持つ数刻。どうにも気になることがある。青信号という呼称の是非についてだ。
『赤の色は血と同じだからね。警告と注意の象徴さ。ほら、火とかもあるじゃん。危ないでしょ。脳死で使えば便利だけど。黄色はうーん…目立つから?ごめん分かんない。蜂にでも聞いて。』
「蜂と話せる訳があるか。バーカ」
使えないヤツ。信号の色に紐づけられた意味などガキの頃から分かり切っている。俺が知りたいのは何故、緑を青と呼んでいるのか。保母のような講釈など求めていない。
『だったらさ、教えてよ。信号機という物を君が。』
「はぁ。んだよ、知らねぇの? ……赤は確か、停止位置を超えて進むな。黄色は止まれ。青は進め。ざっくりだが、合ってるハズ」
思えば、信号機の在り方の中で、赤と黄色は似たような物だ。だから、歩行者用ではハブられた。要らなくね。黄色。
『この三色の中で一番不必要で中途半端な色は黄色だ。進むな。止まれ。どちらの拒絶も、赤一つだけで事足りる。では何故、黄色が必要なのか。……とっくに青になってるね。進もう、進もう!。』
なんだか話の方向性が変わっている気がする。今すぐ踏み切りのように打ち切って、黙々と歩きたい。
けれど、『逆名』は放って置いてはくれないだろう。耳を傾ける他ないようだ。
「はいはい。それで、話の続きは? 」
何処かで座る場所を見つけられたら、緊急停止出来るのに。
渡る前に念の為に車道を見る。左右どちらにも、車の通りは見られなかった。
『必要性はたった一つ。条件の違いだと僕は思っているよ。だってほら、車と人は違うだろう。車は、青から赤に変わっても急には停止出来ない。猶予だね。めちゃくちゃ危なかったんだろう。赤と青だけでは。』
なんだコイツ。当たり前の事を勿体ぶりやがって。
『ついつい人は、連想し結合してしまう。あの三竦みの中で、君にとって最も等価値な物は何かな。』
人肉。化け物。あんな場所で稼働している自販機。……決まっている。
「そりゃあ、人肉と化け物だろう。あんな所にある自販機もキモいが、あの化け物の方がもっとキモい」
『あのさ、なんであれを化け物がやったと決めつけてるの?。』
そんなの『逆名』が俺に伝えてきて……嫌、違う。
もっと、あの時を考えろ。
化け物に俺は吹き飛ばされた。車にぶっ飛ばされたようなあの衝撃。それでも俺は死ななかったし、奴も追撃をしてこなかった。殺意は間違いなくあった。目的が捕食だったのかは分からない。あの化け物が一体何で、何故俺が生きているのかも分からない。だが、あの肉は食い散らかされた人の物で間違いない。付け合わせの福神漬のように捨て置かれた傘を覚えている。赤く染まったあの傘を。
連動性はある。だが証明出来ない。奴が食べたか分からない。
他にある繋がりは、…………
『ウツボにハマっているようだね。脳をタコのように茹だらして、考えると良いよ。』
「うるさい! 雑念は黙ってろ! 」
「………場所か? 自販機と化け物。どちらもそこに在ってはならない物だ。」
人肉も勿論、在ってはならない。だが違和感はない。何故ならあの場には化け物がいたのだから。
『…そうだね。一番おかしいのはあの場所だ。やっぱり戻るべきだね。』