合掌
『分かった』
なんて、気安い友人のような言葉を合図に、
ばしゃん
何かが水の中から飛び跳ねるような鈍い音が響いて。
俺の周りをソレが侍った。
「………魚? 」
魚だ。間違いなく魚。
子供の頃、よく水族館に行っていたから分かる。
淡水、海水の違いはあれど等しく水の中の生き物。
それが今、我が物顔で俺の周りを回遊している。
………本当に魚なのか?
こんなフォルム、図鑑でも、水族館でも見たことがない。
大体、泳ぐというより、浮いているし陸地で生きていける魚なんて、肺『』
『集中して。来るよ。』
気づけばもう、奴は目と鼻の先だった。
異臭に意識がささくれ立つ。
蛮勇は殺意で塗り潰す。
「よく分かんねーけど殺ってやる! 」
ぶんと空気を殺すにしてはふざけた音が鳴って、
気づけば目に見える範囲全てに、俺に掴み掛かろうとする手足が見えた。
その勢いを押し流すように頭の中で、一際強い『声』が響く。
『陸地の条理が、海に塗り替えられるという異常。
だからこその異業。
『逆名』が泳ぐと言うのならそこは、水の中でなくては許されない。』
俺の体に、数多ある奴の手足は、何一つとして届くことは無かった。
見れば、俺の周りを泳いでいた『逆名』が手足達に向かって突っ込んでいる。
「っ、おえ………」
急に襲ってきた浮遊感に、思わず地面に手を着いた。
疲労による平衡感覚の刹那的な喪失と言うよりも、空に放り出されそうになって、慌てて近場の物を掴んだような。
「何が、どうなって──! 」
俺の疑問も食い破られた。
『逆名』は勢いを増していく。
人の肢体を食い破り悦に浸る鮫のように、肉を貪る音を辺りに響かせながら。
「ひ、え………」
戦いはきっと、とうの昔に決着している。
嫌、ハナから戦いなんかじゃ無かったんだ。
これは、きっと食事。
それも、人間を好んで食べる生物の物。
久しく見ぬ天敵の到来に、忘れていた最大の恐怖を思い出す。
『生命とは、強奪の螺旋だ。』
よほど腹が減っていたのだろう。
爪一枚残さず、奴の痕跡は消えている。
全てが、ジャンクフードを食べたときのように一瞬で終わった。
「ふぅっ、………」
安堵か恐怖か、良く分からない物を纏いながら口から息が抜ける。
体の痛みも消えている。このまま家に、もう何も考『』
ふと、俺達を殺せる生き物と目が合った。
今すぐに逃げ出したい衝動に駆られるが、体は蛇に睨まれた鼠のように言うことを聞いてくれない。
『怪我はないかい?すまない。怖い目に遭わせてしまったね。
今の君の心理状況を鑑みれば、まだ見せたくなかったんだ。』
17年間、触れたことのない感情を俺の心に向けながら、何事もなかったかのように『逆名』が語り掛けてくる。
「……ご親切にどうも、ところで何者なんだ。あんたは? 」
この場に残った浮力感に、脳をぐちゃぐちゃにされながら問う。
『当然の疑問だよね。もっと前に、このくだりがあるべきだったと思うけど。』
『』
『ボクは『逆名』、君達の過程を否定するとある総数によって選出された裁定者。』
『』
『まぁ、分かりやすく言えば、異世界から来たインベーダーってところかな。』