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プロローグ

 魚が陸地に浪漫を求めなければ。皆んな、痛みを知らずにいられたのに。



「面倒くせぇ」だから恐竜は、絶滅したんだろう。


 随分と汚らしい、傷だらけの学習机。

 俺が、この席に座るずっと前から、若者の酸いも甘いも共に経験してきたのだろう。


 何処ぞの馬鹿が、彫刻刀か何かで彫った相合傘が俺の視界に入るたび、思い出の写真の上を虫が這い回っている様な気分になる。

 

 学年が上がって何度目かも分からない、蝿叩きで虫をぶち殺す夢想をしていると。


『次は蟲かな。』


 何かが、俺の左肩をふわりと撫でた。

 この薄さは覚えがある。

 

「鬱陶しい……」

  

 開け放たれた窓から入った風に流されて、カーテンが朝から逃れようとしていた。

 

 大方、早くに来た誰かが、換気のために開けたんだろう。

 俺の一番近くの窓だけが開かれている辺り、こんな良く分からん嫌がらせをしてくる奴は、一人しかいない。


 ソレに対処をする前に、流れる風に侘しさを感じた俺は、窓を閉めることにした。

 

 ()を少しだけ遠くに追いやって、椅子から立ち上がる。

 勢いそのままに窓を閉めようとして、(フィルター)のない世界(地元)が、目に映った。


 俺、一条拓人(いちじょうたくと)が生を受け17年間。変わらず、過ごしてきた街並みが。

  

 この街が、地方都市と呼ばれるだけの事はある。

 俺が覚えている限り7年。


 劇的な変化はこの街に、何一つとして起こって無い。


『…』


 だが、それは、この町で生きる人間も同じことだ。

 

 ここから見えるビルで働く大人達、もう時期来る担任、朝から後ろでうるさいクラスメイト達。


 そしてもちろん、俺も。


『本当に?。』


 停滞に浸った日常は無意味なのだと何かに知らしめる様に、漫然とただ消費して()きる。


「人の真価は、いつ問われるんですかねぇ……」


『これからだよ。』


 何かへの苛立ちを隠すように

 そう呟きながら、窓を閉めようとして。


「朝から随分と、陰気臭いわね」


 冷たい風が何故か、後ろから流れてきた。


 出たよ。


 出たと言っても、怪異や怨霊の類では無い。

 妖怪では、あるかもしれないが。

 

 柊巴(ひいらぎともえ)は氷像のような女だ。


 意志の強そうなはっきりとした瞳、触れた肉を切り落とす名刀のような美しい鼻筋。


 今も綺麗な白い歯を覗かせながら、強制されている筈の黒い学生服を、当然のように着こなしている


 もう、この先の展開は見えている。

 やれ、学校に来てまで寝るなだの、朝飯は、食べてきたかどうかだの。

 お決まりのヤツ。

 それをクラスメイトに笑われて、俺の1日が始まる。


「おはよう。貴方……大丈夫? らしくないわね。景色に想いを馳せるなんて、もしかして脱走の計画? 」


 心配しているのか。バカにしているのか。


「チュッチュー 朝から熱ぅい」

 

「他所でヤレよ。自分らどっちかの部屋とかよぉ」


『やれー押し倒せー。』


 雑音に沸き立つ心を鎮めながら、巴の疑問にアンサー。


「おはよう。窓を開けてくれたのはお前か? どうもありがとう。良い景色だった。おかげで春を、堪能出来たよ」


 なんだよ脱走って、人を捕まえて囚人みたいに。


『言い得て妙だね。』


「あら、そうよ。珍しく遅刻していないと思ったら……感謝とは殊勝なことね。これからも、励みなさい」


 ………


「同感だ。全く持って珍しい。俺が遅刻をせずに来るなんて。……今日、一日……」


 おかしい。

  

 俺はいつ、学校にたどり着いた。

 いつから自分の席に座っていた。

  

 嫌な予感がする。何かが、俺の日常にどす黒い物を投げ込んで、ぐちゃぐちゃにしようとしている。


 そんな、漠然とした不安が。

 始まりの鐘の音と共に、俺の脳を震わせてきた。


『キーンコーンカーンコーン』

 

 思い出せない。戸惑った。思い出せない。


 正しい筈のパスワードが、何度打っても合致しない様に。


 いつ、何時頃、教室に辿り着いたか思い出せない。

 それどころか、家を出てからの記憶が全く無い。

 綺麗に今日の始まりが、余す事なく消し去られている。


 まずいまずいまずいまずいまずい。


 食ってきた朝飯を忘れたとしても、昼飯を食う頃には忘れている。


 どうでもいい記憶なら忘れたことすら忘れる筈だ。


 消失ではなく強奪。

 俺と言う人間の完全否定。


 このままでは、自分の人としての振る舞いが、正道では無いナニかに逸脱し始めてしまう気がする。


『今更でしょ』


「おかしい」

 

「おかしい? おかしいのは、貴方の普段の頭でしょ」


 心配と怪訝が入り混じった何とも説明しづらい表情を、巴は俺に向けている。


「巴、俺はいつ頃、教室に入ってきた。頼む教えてくれ」


 自分で考えて分からないなら、知っている奴に聞けば良い。


 窓を開けたのは巴だ。彼女はそう言っていた。

 このクラスの中で、俺を一番最初に視認している可能性は極めて高い……筈だ。 


 巴に絡まれる時を除いて、目立たないのが仇となった。

 まさかこんな形で自分の生き方の、仇が返ってくるなんて。

  

『本当にね…。』


 返答は返ってこない。


 巴にしては、珍しく俺への回答を選んでいるようだ。


「分からない……少なくとも窓を開けたときは……居たはずよ」


「窓を開けたのは、大体何時だ、それも分からないか?」


 現在の時刻は、8時5分。

 ホームルームまで数分しか無い。


「………」


 分からないじゃ困るんだ。全部知らないと、知りたいことは知らないと。

 俺は、正気を保てない。

 

『僕たちの悪いくせ。』


 巴は、朝っぱらから見るには、堪えない表情で「ごめんなさい」と淡々と言った。

 

 友人同士で稀にある、気まずい空気が二人を包み込んだ。

 残念ながら、ここから連れ出しては、くれない様だが。


 お互い、湿気った花火の様に次の出方を伺っていると。


『来るよ。』


 ガラガラと立て付けの悪そうな音が鳴り。


「遅れてすまない。今からホームルームを始めるぞ。さぁ、席につけ」


 そんな、如何にも現代社会に疲れ切った、眼鏡を掛けた女教師が入ってきた。

 

 巴は、「頑張って思い出してみるわね…」


 そんな殊勝なことを言いながら、自分の席に、在るべき場所に戻って行く。

 巴が遠ざかって行く後ろ姿が、真っ暗な海に投げ込まれたような気分に俺をさせる。

 

 そんな、憂鬱を吹き飛ばそうとするかのように。


「おはよう! 無遅刻、無欠席。先生は嬉しいぞぅ」


 


 相変わらずこのクラスの奴らはバカばっかりだ。

 こんな日に限って、全員示し合わせたみたいに来るなんて。

 先生も、深夜テンションみたいに無理をして。


『いいじゃん別に、君も楽しいから来てるんじゃないの?。』

 

 ………


「春を迎え、学年が上がった君達は、大人の階段も一段上がった訳だ。

 辛い事もあるだろうが、自らからの成長を噛み締めて欲しい。

 過ぎゆく青春を噛み締めて、楽しんで欲しい。

 味が消えたら後腐れなく、思い出と言う名のゴミ箱に、捨てる事が出来るように。

 失ってしまった物は戻らないのだからね」


 「つ…………」


 今の自分の目覚ましがわりにしては痛烈な一撃が返ってきた。


 「全く、はしゃぐと喋りすぎる。私も歳かな。それじゃホームルーム、始めようか」


 追い討ち『カット』

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