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第9話

『やあカケル』

「なっ……!?」

 文芸部室のドアを開けると、そこには宇宙人がいて部長と親し気に何やら話していた。

 そんな宇宙人が俺を見て手を振る。

『遅かったじゃないか、カケル。ホームルームとやらはもう終わったのか?』

「お、お前、なんでここに……?」

『カケルに会いにきたに決まっているだろう。二日ぶりかな』

 どっかの星に飛ばされて、リアルRPGをやっとの思いでクリアしたのがつい一昨日の出来事だぞ。

 いくらなんでも早すぎる再会だ。まったく嬉しくない。

「あれ? あなた、結城くんのお友達だったの?」

『はい、カケルは僕の友達です』

「なぁ~んだ、だったらそう言ってくれればいいのに。あ、結城くん、彼ね、転校してきたから部活見学したいってこの部に来てくれたのよ」

 部長は嬉しそうに微笑んだ。

 文芸部は廃部寸前だからな。新しい部員が欲しい気持ちはよくわかる。

「こら宇宙人、ちょっと部屋を出ろ。話がある」

『なんだカケル』

「え、なに? 宇宙人って……?」

 目をぱちくりさせている部長はひとまず置いておいて、俺は文芸部室を出た。

 宇宙人も俺のあとに続いて出てくる。

 廊下に誰もいないことを確認してから、

「何してるんだお前っ。俺の高校まで来やがって!」

 声を落としつつ宇宙人を問い詰める。

『何って、さっきも言っただろう。カケルに会いに来たのだ』

「ふざけんな。俺は会いたくないんだよ、お前は友達でもなんでもないんだからなっ」

『ふむ、やはりカケルはレナに性格が似てきているな。レナの影響だろうか』

「どうでもいいんだよそんなことっ。いいからとりあえず帰ってくれ! これ以上俺の居場所を奪わないでくれ、頼むっ!」

 俺は必死に懇願した。

 だが宇宙人には俺の訴えも響かなかったらしく、

『それよりも今日はカケルを異世界に連れていってやる』

 などとのたまう。

「は? 何言ってるんだお前……」

『カケルたちは異世界に興味があるのだろ? さっきのメスに聞いたぞ。だから僕が異世界に飛ばしてやろうと言っているのだ』

「な!? ふざけんな、やめろ!」

 つい二日前にゲーム世界に飛ばされたばかりなのに、今度は異世界だと。

 勘弁してくれ、俺はお前のおもちゃじゃないぞ。

『カケルもきっと喜んでくれる』

 宇宙人は嬉しそうに鼻歌まじりに言う。

「やめろ、そんなことをしても俺は喜ばないっ。絶対に喜ばない自信がある!」

『大丈夫。カケルが寝ている間にカケルの身体を改造して、死んでも生き返れるようにしておいたから、問題ない』

「改造しただとっ!? 何勝手なこと言ってんだおいっ!」

『安心しろ、自然死は例外だから寿命に変化はないはずだ』

「うっせぇ、ふざけんな! 俺に何かしたのなら今すぐ俺の身体をもとに戻せっ!」

 俺は部長に聞こえていようがお構いなしに声を張り上げた。

 しかし宇宙人は意に介さず、

『では異世界へ』

 にこやかにサムズアップなどしてみせる。

「いやだ、やめろ、ふざけん――」

『さらばだカケル、楽しんできてくれ』

 必死の抵抗もむなしく、俺はまたもどこかわからぬ世界へと飛ばされてしまうのだった。


 空中に放り出された感覚がして、次の瞬間、俺はどさっと地面に落ちた。

「いってぇ……」

 宇宙人め、変な転移のさせ方しやがって……。

 ……というか地面がやけに冷たいな。

「きゃあっ!」

 すぐそばから女性の悲鳴が聞こえた。

 俺は思わず目を開ける。

「うわっ!?」

 見ると俺は一糸纏わぬ姿で町の往来に寝転がっていた。

「な、なんで裸なんだよっ!」

 まずいまずいっ。

 俺はすぐに起き上がると、悲鳴を上げている女性の横を通り過ぎ、近くにあったゴミ箱の蓋を取って、大事なところを隠す。

「ははっ……お、俺、変態じゃないですよ」

 目を丸くしている町の人たちに愛想を振りまきながら俺はじりじりと後退していく。

 なぜ裸なのか、ここは本当に異世界なのか。

 疑問は次から次へと出てくるが、とにかくまずはどこかに隠れないと……。

 だが女性の悲鳴を聞いて駆けつけてきた警官が俺を見て、

「この変態めっ、逮捕だっ!」

 とすぐさま後ろ手に手錠をかけた。

「ちょっと待ってくれ誤解だっ、俺は変態じゃないっ!」

「黙れ、変態め!」

 抵抗むなしく俺はあられもない姿のまま警察署に連れていかれた。

 そして手錠こそ外してもらえたが、檻の中へと入れられてしまった。

 

「おい宇宙人、聞いてるか! お前のせいだぞっ、なんで裸なんだよっ!」

 地下牢に俺の声が響き渡る。

「うるさい、静かにしてろ!」

 強面の看守が警棒でガンガンと鉄格子を叩いた。

 くそ……。

 異世界に来て早々、全裸で捕まるなんて……。

 あのアホ宇宙人のせいだ。

 と、

『カケル、僕なら聞こえているぞ』

 突然頭の中に宇宙人の声が聞こえてきた。

「おいこら、俺は全裸でどっかの町に放り出されたぞ。どういうことだっ?」

 看守に聞こえないように小声で話す。

『どうせ異世界を楽しむなら裸の方が喜ぶかと思ったのだが、そうではないのか?』

「俺をなんだと思ってるんだっ」

『ふむ。日本には裸一貫という言葉もあるだろう』

「だからなんだよっ。関係ないことほざくなっ」

『うーむ、なぜカケルが怒っているのかいまいち理解できないのだがな』

「アホ宇宙人がっ。いいからなんとかしろっ!」

「おい、うるさいぞっ!」

「は、はい、すみませんっ」

 ちっ……アホ宇宙人のせいで看守に怒鳴られてしまった。

「宇宙人、俺は今全裸で牢屋の中に入れられてるんだぞ。わかってるのか?」

『それは僕にも見えている。きみの股間もばっちりとな』

「くそがっ」

 俺は股間を手で覆った。

 その時、

『あっ』

 と宇宙人が声を上げる。

「なんだ? 何かここから出るいい手を思いついたか?」

『いや、トイレタイムだ。少し席を外す』

「あっ、おいこら待てって……」

 それっきり宇宙人の声は聞こえなくなってしまった。

 宇宙人のくせに何がトイレだ。くそったれ。

 すると上の階からカツン、カツンと階段を下りてくる音がしてきた。

 その音は段々近付いてきて俺の牢の前で止んだ。

 見上げると、ハイヒールを履きムチを持った目つきの鋭い女が俺を見下ろしている。

 俺より一回りは年上だろうか。

 その女は値踏みするかのように俺の全身を上から下まで眺めてから、

「この男はいくらだい?」

 看守に訊ねた。

「こんなのがいいのか? あんたにしちゃあ目の付け所が悪いんじゃないのか?」

「ずいぶんなこと言ってくれるじゃないか。あたしは別にここじゃなくて他で手に入れたっていいんだよ」

「わ、悪い。冗談だよ、そんな目くじら立てるなって。あんたなら十万マルクでいいぜ」

「ふっ、散々言った割にはふっかけるじゃないか……三万にしな」

 女は看守を睨みつける。

「それはいくらなんでも安すぎるぜ」

「だったらあたしは帰らせてもらうよ」

 女がきびすを返した。

「わ、わかった……三万でいい」

「はいよ……元手はただなんだからあんまり欲張るんじゃないよ」

 この世界の紙幣だろうか、三枚の札で女は看守の頬を叩く。

 それを受け取りポケットにしまい込むと看守は俺の牢の扉を開けた。

「ほら出られるぜ。パンドラのお眼鏡にかなってお前も運がよかったな。いや、悪かった……かな。まあオレにはどうでもいいことだがな」

 俺は股間を手で隠しながら牢を出た。

 そんな俺に対して女は麻で出来た服を放り投げてくる。

「それを着な」

 続けて、

「あたしはパンドラってんだ。奴隷商人だよ。あんたは今からあたしの物だ、わかったね」

 パンドラとやらは妖艶な笑みを浮かべてみせた。

 おい、くそ宇宙人。聞いてるか。

 俺はどうやら奴隷商人に買われたらしいぞ。


「ほら、早く乗んな」

「おっとと……わかったから押すなって」

 奴隷商人パンドラに連れられ牢を出た俺は、警察署の前に止めてあった馬車の荷台に無理矢理乗せられた。

「ふっ。活きがよくてあたし好みだけど、少しの間ここでおとなしくしてるんだよっ」

 パンドラが俺に顔を近づけ鉄格子越しに言う。

 場所が変わっただけで結局はまた檻の中だ。

「さあ、出発するよっ!」

 パンドラのかけ声を合図にゆっくりと動き出した馬車の荷台には、俺のほかにも麻の服を着た数人の男女が乗っていた。

 みんな奴隷だろう、うなだれた様子で隅の方に座り、新入りの俺のことなど誰も見ようとはしない。

 宇宙人が俺を飛ばしたこの異世界は、ゲームやアニメで見るような、いかにも異世界チックな雰囲気を醸し出していたが、さっきまでいた警察署のようにところどころ現実味もあるというよくわからない街並みになっていた。

「あの宇宙人、一体どんな世界に飛ばしやがったんだ……」

 まともな世界であることを期待するが、しょっぱなからこれだから正直不安しかない。

 おっと、そういえば宇宙人の奴、トイレに行くとか言ったきりもうだいぶ経つがいまだに応答がないな。

『待たせたなカケル』

 突然頭の中に響く宇宙人の声。

「あっ、このくそ宇宙人っ。今まで何してやがったっ」

 俺は周りの奴隷などお構いなしに宙に向かって叫ぶ。

 馬のひづめと馬車のガラガラという車輪の音で、御者台に座るパンドラにはどうせ聞こえないはずだ。

『僕はトイレに行くと断ったはずだが』

 にしたってかかり過ぎだ。

 俺が奴隷商人に買われてる時にうんこでもしてたんじゃないだろうな。

『カケル。言っていなかったが僕は相手の思考が読めるのだ。つまりカケルの低俗な思考も読めているのだが』

「なんでもアリだなお前。っていうか状況がどんどん悪くなってく一方で俺も焦ってるんだよっ」

『ふむ。ならば、少しだけ忠告をしておこう。その辺りの森にはモンスターが出るから注意しろカケル』

「なっ!?」

 モンスターだって!?

 周りをよく見ると、たしかに馬車はいつの間にか森の中を走っていた。

「おい、モンスターが出るなんて聞いてないぞっ」

『言っていなかったからな』

「マジかよ、くそ……」

 これじゃあ、宇宙人が創ったゲーム世界となんら変わらないじゃないか。


 その時、馬たちが一斉にいなないた。

 馬車が大きく揺れて止まる。

「うおっ!? な、なんだ、どうしたっ!?」

「上を見な、ガーゴイルだよっ! あんたたちは大事な商品だからそこでじっとしてなっ!」

 パンドラが声を上げ地面に降り立った。

 ムチをパシンッと地面に打ち付ける。

「ガ、ガーゴイル……?」

 俺は鉄格子の隙間から空を見上げてみた。

 すると、空中に翼を生やした人型のモンスターが見えた。

 剣を持ち、般若のような形相でパンドラの方を睨みつけている。

「こわっ! な、なんだあいつは!?」

『カケルが見ているモンスターはガーゴイルだ。馬を好んで食べるが時には人間も食べる』

「完全に化け物じゃねぇか!」

 ガーゴイルはパンドラめがけて襲い掛かっていく。

 すごい速さで滑空しながら剣を振り下ろした。

 だが、パンドラは後ろに飛び退き剣をよけると、ムチをひと振りガーゴイルに浴びせる。

「グエッ……!」

 ガーゴイルは奇声を発し、一旦空中に逃れパンドラから距離をとった。

「どうした、もう戦意喪失かいっ?」

 空を見上げ余裕の表情を見せるパンドラ。

 どうやらパンドラの方が優勢らしい。

「おい、宇宙人。この隙になんとか逃げられないか?」

 パンドラに聞こえないようにささやく。

『逃げるのか?』

「当たり前だろ。どっちが勝っても俺は助からないんだぞっ」

『やめた方がいいと思うがな』

「なんでだよ?」

 パンドラが勝てば俺は奴隷としてどこかで一生こき使われるし、ガーゴイルが勝てば俺は食われる。

 だったら逃げるしかないだろうが。

『今のカケルはレベル1だぞ。攻撃力も防御力も敏捷性も蟻みたいなものだ。とても逃げ切ることなど出来ないと思うぞ。だいたい鉄格子を破る力も今のカケルにはないだろう』

「おい、待てよ。この世界にもレベルなんてあるのかっ?」

『ん? 言ってなかったか?』

「言ってねぇよ」

 これじゃいよいよ本当にゲームの中の世界と変わらない。

 いや、向こうの世界の方がレベル2だったし、自由に動けるだけまだマシだったぞ。

 今の俺は檻の中に閉じ込められた奴隷なんだ。

 俺は、上空で手をこまねいているガーゴイルと地上からそれを眺めているパンドラを交互にみつめ、

「……それじゃあ、あいつらにもレベルがあるのか?」

 と宇宙人に問いかける。

『もちろんだ。ちなみにガーゴイルのレベルは200でパンドラのレベルは250ってところだな』

「高すぎだろっ!」

 俺がレベル1なのにあいつらは揃ってレベル200以上だと……。

 くそ宇宙人め……これじゃあ、あいつらから逃げ切れるわけないじゃないか。

 すると俺の声が聞こえたのか、ガーゴイルが俺の方を見た。

 ばちっと目が合ってしまう。

「ヤバっ」

 次の瞬間、ガーゴイルは耳の辺りまで裂けた口をにやりとさせ、標的をパンドラから俺に変えて向かってきた。

 高速で飛行してくるガーゴイルを視界にとらえながら、

「い、いや待て大丈夫だ、落ち着け俺。俺は今鉄格子の檻の中にいるんだから安全なはずだ! 安全であってくれっ!」

 と俺は自分に言い聞かせるように叫んだ。

 しかし俺の願いもむなしく、ガーゴイルが斜めに振り下ろした剣は鉄格子をいとも簡単に切り裂き、檻を破壊した。

「ぅあっぶねっ……!」

 ガーゴイルの剣はぎりぎり俺の顔の前を通過し、そのまま地面に刺さってしまう。

 檻は馬車もろとも壊れた。

 聞き一発だったが、千載一遇のチャンスでもある。

 俺は地面に足を着くと、全力で森の外へ向かって駆け出した。

「あっ、こらちょっと待ちなっ!」

 パンドラの声が後方から聞こえてくるが、そんなのは無視だ。

 もしかしたらガーゴイルが追ってきているかもしれないが、後ろを振り返って確認する余裕はない。

 俺はただがむしゃらに走り続けた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……きっつ……」

 さすがに走り疲れて立ち止まる。

 そこで初めて後ろを振り向いた。

 すると、幸運なことに誰も追ってきてはいなかった。

「はぁ、はぁっ……やったぞ……」

 きっと今頃は、パンドラとガーゴイルがやり合っているはず。

 たとえパンドラがガーゴイルを倒していたとしてもだいぶ距離は稼いだ。

 森の中ということも幸いし、俺をみつけ出すことは難しいだろう。

 むしろ森の中にいた方がみつからずに済むかもしれない。

 なんて考えを巡らせていると、いきなり青い物体が木の陰からぴょんと飛び出てきた。

「っ!?」

 俺はそれを目にして一瞬たじろぐも、すぐに破顔した。

「はぁ、まったく。びびらせるなよ……」

 俺の足元でぷるぷる震えながら俺を見上げている青色のちっこいモンスター。

 そう、そいつは最弱モンスターとしてゲームなどでお馴染みの、スライムだった。

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