第7話
ミノタウロスから逃げ切った俺たちは、しばらく休憩して息を整える。
そんな中、俺は辺りを見回しつつ、
「ふぅ……それにしても、なんで佐倉の超能力が発動しなかったんだ? ここが地球じゃないからか?」
口を開いた。
「はっ、さあな……あたしにもわかんねぇよ」
佐倉が苦々しい顔で答える。
すると三木が自分の胸を押さえながら、
「あの……もしかしたらですけど、佐倉さんの超能力は人間以外には効かないんじゃないでしょうか……?」
そんなことを口にする。
続けて、
「わたしの力がそうなんです。わたし、人の心は集中すれば読めるんですけど、動物の心を読もうとしても読めないので。ちなみに宇宙人さんの考えていることも読めませんでした……だ、だから、佐倉さんの力も私と同じなんじゃないかなぁ……と」
自信なさげにつぶやく。
「なるほど、そうかも知れねぇな」
「だとすると、モンスターとの戦闘で佐倉の超能力は当てにできないってことか……」
「た、多分ですけど……はい」
頼みの綱だった佐倉の超能力が使えないってことは、いよいよヤバいかもな。
なんせレベル1と2の俺たちに、推奨討伐レベル20のミノタウロスをぶつけてくるような馬鹿みたいなゲームバランスにくわえて、死者をよみがえらせる魔法はないときてる。
こんなのいつゲームオーバーになってもおかしくはない。
「悪い、さっき俺が提案したことは撤回する。レベルを上げて慎重に進もうって言ったが、あれは無しだ。宇宙人が創ったゲームである以上、普通のRPGの進め方をしていてもそれが安全策とは思えなくなった」
「まあそうだな。推奨討伐レベル3のゴブリンと推奨討伐レベル20のミノタウロスを同じ場所でエンカウントさせるようなイカレたゲームだからな。やっぱあのイカレ宇宙人を信用するべきじゃなかったんだ」
佐倉が宙をにらみつけながら同意する。
「でもでも、それじゃあどうやってクリアするんですか? 最後には魔王って人と戦うんですよね? レベルを上げて強くなっておかないと勝てないんじゃないですか?」
「だからこれからそれを宇宙人と話し合う」
「え、宇宙人さんと……?」
目を丸くする三木。
そんな三木をよそに俺は天に向かって声を飛ばした。
「おい宇宙人、ちょっと話があるっ。どうせ俺たちのことは今も観察してるんだろっ。とりあえず返事をしろっ」
すると一拍間を置いてから、
『ああ、ずっと観察していたが、何か用か?』
不快な声が頭に直接届いてくる。
「あ、宇宙人さんの声だ」
「てめくそこらイカレ宇宙人っ! 殺すぞてめぇ、あたしらをこんなとこに飛ばしやがって、さっさと地球に返しやがれっ! マジで殺すぞっ!」
「佐倉、気持ちはわかるが少し落ち着いてくれ。俺は宇宙人と腹を割って話したいんだ」
激昂する佐倉をなだめつつ前に出る。
「宇宙人、まず姿を見せてくれっ。それくらい出来るだろっ?」
『ふむ、まあいいだろう』
言うと宇宙人が俺たちの目の前に現れた。
その姿を見てこぶしを震わせる佐倉を横目に、俺は努めて冷静に話しかける。
「宇宙人、お前が創ったこのRPGはどうかしてるぞ。ゲームバランスがめちゃくちゃだ」
『そうか? 僕としては最高の出来だと思っているのだが』
「アホかてめぇ! 最序盤でミノタウロスみたいな勝てるわけないモンスターを出現させといてどこが最高の出来なんだっ! イカレ宇宙人おいっ!」
「さ、佐倉さん落ち着いてください」
佐倉の腕を掴んで優しく諭す三木。ナイスだ。
「なあ宇宙人、俺たちは地球に帰りたいんだ」
『それは聞いた。しかし何度も言うようだが、ゲームが始まった以上僕にはどうすることも出来ない』
「ああ、それはわかってる」
『? ではなんの用だ? カケルは何が言いたいのだ?』
宇宙人は顔色一つ変えないまま、小首をかしげた。
「お前のことだから、このゲームにはどうせ裏技みたいなものも設定してるんだろ? それを教えてくれ」
『ほう、そう来たか』
と宇宙人。
「お前だって、俺たちがこの星で死んでしまうのは本意じゃないはずだ。だったらレベルが一気に上がる裏技とか、絶対死なない裏技とか、なんでもいいから教えてくれっ」
『ふむ、なるほど』
言って宇宙人は考え込むそぶりを見せる。
やはり俺の読み通り、宇宙人はゲームを創る際に裏技を設定していたようだ。
『たしかにカケルの言う通り、このゲームにも裏技は存在する』
「あのあの、裏技ってなんですかっ?」
「ゲームの中のイカサマみてぇなもんだ。それがあれば一瞬でレベルをMAXにしたり出来るんだぜっ」
「そんなのあるんですかっ? すごいです~っ」
『ちえり、レナ。きみたちが喜んでいるところに水を差すようで心苦しいのだが、一瞬でレベルMAXといった類の裏技は設定していない』
淡々と話す宇宙人。
それを受け俺は訊き返す。
「じゃあどんな裏技を設定したんだっ?」
『ふむ、僕が設定しておいた裏技は一つだけだ』
「どんな裏技だ、教えてくれ」
俺の問いかけに、宇宙人は俺の目をじっとみつめこう言った。
『それはな、すべてのクエストやイベントをすっ飛ばして、魔王との最終決戦まで一気にスキップする裏技だ』
「魔王との最終決戦だと……?」
『うむ、そうだ。その裏技を使えば、途中の冒険はすべてスキップして最後の戦いに挑めるというわけだ』
「つ、使えねぇ……」
俺はがっくりと肩を落とす。
だってそうだろ。
俺のレベルは2で、佐倉と三木はレベル1だ。
こんな状態でラスボスと戦って勝てるなんて思えない。
「い、一応訊くけど、その魔王にも推奨討伐レベルが設定してあるんだろ? いくつなんだ?」
力なく訊ねてみると、宇宙人はさも当然のごとく答えた。
『魔王メルキゼデスの推奨討伐レベルは2000だ』
「勝てるかっ!」
「2000だとっ!? ふざけやがって!」
「わたしたち、やっぱり生きて地球には帰れないんですね~っ、ふえ~ん」
圧倒的なまでの実力差を思い知らされた俺たちは途方に暮れる。
だが、そんな俺たちに宇宙人は問いかけてくる。
『なんだ? 裏技は使わないのか?』
「使ったって意味ねぇだろうが、イカレ宇宙人!」
『なぜだ?』
「なぜって、だってわたしたちのレベルは一ですよっ。絶対に殺されちゃいますよっ」
佐倉と三木が噛みつかんばかりの勢いで宇宙人に詰め寄った。
それでも宇宙人は相変わらず、
『やってみなければわからないではないか』
平然と返す。
「いや、さすがにこればっかりはやらなくてもわかるさ。どうやったって勝ち目はないだろ」
『カケル、きみなら勝てるさ』
「適当言うなよ……はぁ、マジでこれからどうすりゃいいんだ……?」
俺も佐倉も三木も打つ手がないとわかって黙り込んでしまう。
そんな意味のない裏技を使うくらいなら、ミノタウロスを相手に命がけでレベル上げをしてた方がまだマシってもんだ。
俺は佐倉と三木を、佐倉は俺と三木を、三木は俺と佐倉を順に見て、大きなため息をつく。
とそんな時だった。
『虎穴に入らずんば虎子を得ずということわざもあるではないか。というわけでその裏技を発動してやる』
「はっ? おい何言ってんだっ?」
「ふざけんなイカレ宇宙人っ!」
「宇宙人さん!?」
『魔王メルキゼデスとの最終決戦までスキーップ!』
宇宙人が声を上げた。
すると、途端に目の前の光景がぶれてぐにゃぐにゃと揺れ出した。
どうやら、いや、間違いなく宇宙人の奴が裏技を発動させてしまったのだ。
「や、やめろおい! 勝手なことするなっ!」
『僕に任せておけ。あっという間に魔王の間までひとっ飛びだ』
「イカレ宇宙人てんめぇーっ!」
宇宙人に殴りかかる佐倉。
だがもちろん宇宙人に実体はないので空振りに終わる。
「宇宙人さん、やめてください~っ」
「死んだら化けて出てやるからな、この野郎っ」
「イカレ宇宙――」
佐倉の怒号が宇宙人に届く前に、俺たち三人は瞬間移動を果たした。
そして、気付くと目の前には、まがまがしいオーラを放つ、しかし見た目はイケおじ風の魔王が待ち構えていた。
「よく来たな勇者たちよ、褒めてやるぞ。我こそが魔王メルキゼデスである!」
俺たちを見て、おどろおどろしい声を上げる魔王メルキゼデスとやら。
誓って言うが来たくて来たわけではない。
アホ宇宙人に無理矢理飛ばされただけだ。
だがそんなことを言ったところで、魔王が許してくれるはずがない。
「我は世界最強なり。そんな我に勝負を挑もうとはいい度胸だ。ぐわっはっはっは!」
一言一言発するたびに大気が震えるような感覚がする。
魔王の圧だけで後ろに吹き飛ばされそうだ。
どうあがいたって勝ち目がないことをいやでも痛感させられる。
それは俺だけではなく佐倉も三木も同じようで、いつも好戦的な佐倉でさえ唇を噛みしめて負けを悟ったような顔をしている。
三木にいたっては考えるのをやめたのか、夢遊病者のごとくただぼーっと突っ立っていた。
「勇者たちよ、名を述べよ。うぬらの名を我が一生記憶にとどめておいてやろう」
「……お、俺は結城だ。後ろの二人は佐倉と三木だ」
「ユウキか。勇者にぴったりな名だな」
「はは、そりゃどうも……」
魔王は皮肉などではなく、本心から俺たちを好敵手だと思っている様子だった。
まあ、そういう風に宇宙人に設定されているのだろうが。
「ここまで来れた褒美として勝負の方法はうぬらに決めさせてやろう。体術のみの戦いでも、魔法のみの戦いでもなんでもよいぞ」
「えっ? 勝負の方法、選べるのかっ?」
俺は魔王の言葉に反応して、即座に訊き返す。
「ああ、構わん。我は体術も魔法もお手の物だからな。なんなら我だけが魔法なしにして戦ってやってもよいぞ。ただし我に負けたらうぬらの命はそこで尽きるがな、ぐわっはっはっは!」
「え、い、いいのか? どんな勝負でも?」
「ああ、好きにしろ。うぬらに決めさせてやる」
強者の余裕を見せつける魔王。
「本当にどんな勝負でもいいのか? それに勝ったら俺たちの勝ちでいいんだな?」
「しつこいぞ。我は約束は守る。さあ、早く決めるのだ!」
それを受けて俺たち三人は顔を見合わせてから同時にうなずいた。
想いは一つだった。
「さあ、言うがいい。どんな勝負でも受けて立つぞ」
「そういうことなら……」
「「「すごろく勝負で!」」」
こうして俺たちはすごろく対決で魔王との勝負に勝った。
そして魔王は約束通り負けを認めてくれた。
そのおかげで俺たち三人は地球へと帰還を果たしたのだった。
俺が地球を離れていた時間は三時間ほどだったので、大した影響もなくまた普通の生活に戻ることが出来た。母さんには「せっかくケーキ用意したのに、どこ行ってたの!」と軽く叱られたがな。
佐倉と三木も無事家に帰れたらしい。
宇宙人がそう報告してきたので多分そうなのだろう。
そして肝心の宇宙人はというと、
『今日はなかなか楽しかった。では僕はこれで失礼する。またなカケル』
と言い残し、俺の前から姿を消した。
『またな』という言葉に不安を覚えた俺だったが、あまりの疲労感から俺は深く考えることはやめて、自室のベッドに倒れ込んだ。