第4話
宇宙人にさらわれて、そいつと敵対する別の宇宙人と宇宙空間で無理矢理戦わされてから三週間が過ぎようとしていた。
あまりに現実感のない出来事だったのでもしかしたらあれはすべて夢だったんじゃないか、俺はいつしかそのように思い始めていた。
そんなある日のこと、学校から帰宅し玄関のドアを開けると母さんが俺のもとへと駆けつけてきた。
いつになく慌てているようだった。
「ただいま、母さん。何かあったの?」
「カケル、今あんたにお客さんが来てるのよっ」
「お客さん?」
玄関にそれらしい靴は見当たらないが。
「すっごく可愛い女の子よ。母さん、あの子どこかで見たことがある気がするのよねぇ。でも名前が思い出せないのよ」
「なんだよ、それ」
母さんに言いつつ俺は内心ドキドキしていた。
可愛い女の子とは誰だろう。もしかして同じクラスの佐々木さんかな?
いや、でも母さんは佐々木さんを知らないはずだよな。
などと考えを巡らせる。
「今、あんたの部屋で待っててもらってるから早く行きなさいっ。母さんは今からケーキでも買ってくるから、絶対に帰らせちゃ駄目よっ」
「あ、ああ。わかったよ」
急いで出かける母さんを見送ってから、俺は期待に胸躍らせ自室へと向かった。
階段を上がり部屋のドアをゆっくり開ける。
とそこにいたのは――
「ふ、深瀬すずっ!?」
人気ナンバーワン若手女優の深瀬すずだった。
「な、な、なんで、ふ、深瀬すずさんがっ……お、俺の部屋にっ……!?」
震える指で深瀬さんを指差しながら俺は懸命に言葉を吐き出す。
すると深瀬さんは大きな瞳で俺をみつめ、
『ふむ、カケルのその反応は新鮮だな。やはりカケルもオスだということか』
とつぶやいた。
「えっ!? な、なんで俺のことを……っていうかその口調、ま、まさか、お前、宇宙人かっ?」
『ああ、久しぶりだなカケル』
そう言うと深瀬すず、正確には宇宙人だが、は口元を緩める。
そして自分の姿を確認してから、
『このメスは今日本でとても人気のある人間なのだろう。カケルが喜ぶかと思ってトランスフォームしてみたのだが、喜んでくれたか?』
再び俺を見た。
「そ、そんなことはどうでもいいっ。な、なんでお前がここにいるんだよっ」
あの出来事から三週間。
あれは夢だったんじゃないかとようやく自分を納得させられそうだったのに……絶妙なタイミングで現れやがって。
『ふむ、僕がここにいる理由か』
言いつつ宇宙人は体を光らせた。
すると次の瞬間、見覚えのある青年の姿に変身した。
『実はな、僕は地球のテレビゲームが大好きなのだ。特にRPGというやつがな』
「……は? だからなんだよ。それがどうしたっ?」
俺のイラつきを察しているのかいないのか、宇宙人は淡々と話を続ける。
『そこで僕は自分でもゲームを作ってみたいと思い立った。そして実際に作ってみたのだよ』
言うと宇宙人は人差し指を中空に向けた。
『これを見たまえ』
宇宙人の指先からビームらしきものが発射され、宙にスクリーンが浮かび上がる。
見ると、そこにはどこかしらにある惑星が映っていた。
『カケル、何に見える?』
「何って惑星だろ。宇宙空間に浮かぶどっかの星だろうが」
『ふむ。まあ、おおむねその通りなのだが、この惑星は僕の所有物なのだ』
「所有物? お前の?」
『うむ。そして僕の思い通りにこの惑星をゲームの世界に改造してみたのだ。すごいだろう』
宇宙人はさも自慢げに口にする。
俺に褒めてもらいたいのか、キラキラと目を輝かせつつ俺をじっとみつめている。
「いや、お前が何を言ってるのかさっぱりわからん。そんなことよりお前が俺の家にいる説明をしろ!」
三週間前の佐倉の気持ちがちょっとだけ理解できる。
今すぐこの目の前にいる宇宙人を、窓から放り出してやりたい衝動に駆られながらも、俺は努めて冷静に振る舞おうとする。
「悪いが俺はお前に構っている時間はないんだ。これでも受験生なんだからな」
『説明か。ふむ……口で説明するより実際に体験した方が話が早いな』
そう言うと宇宙人は俺に向かって手を差し出してきた。
まるで握手でも要求するかのように。
「なんだよ?」
『僕の手を握ってみてくれ。そうすればわかる』
「握るったって、お前は情報統合なんちゃらだから触れないんだろ?」
『情報統合思念体だ。さあ、カケル』
宇宙人に急かされたからではなく、早く宇宙人を追い出したかったので、俺は宇宙人の手に自分の手を重ねてみた。
すると突然、手と手が触れ合った場所からまばゆいばかりの光が放たれ、俺の部屋を白光が包み込んだ。
「うわ、まぶしっ……!」
思わず目を閉じる俺。
そして、光が徐々に薄まっていく感覚がして、俺はもう大丈夫だろうと、ゆっくり目を開けた。
「……えっ!?」
そこで俺が目にしたものは――どこまでも続く広大な草原だった。
「な、な、なんだここは……!?」
さっきまで自分の部屋にいたはずなのに、気付けば俺は外にいた。
しかもどうやら地球ではない。
なぜかって?
それは空を見上げると太陽が三つもあるからだ。
『カケル、聞こえるか?』
宇宙人の声が頭上に降ってくる。
「おい、これお前がやったんだろ! さっさと俺をもとの場所に戻せっ!」
姿の見えない宇宙人に向かって叫ぶ。
はたから見たらかなりヤバい奴だが、幸いなことに周りは草ばかりで人の姿はない。
仮にあったとしても叫ぶけどな。
『そこはさっき見せた惑星だ。僕がゲームの世界に改造してあるから思う存分楽しんでくれ』
「こら宇宙人、ふざけんなっ! いいから俺を今すぐ地球に帰せっ!」
『それは出来ない』
と落ち着いた宇宙人の声が返ってくる。
「なんでだっ!」
『一度そこに送られた者は、僕が作ったゲーム世界のルールに従って、クリアしない限りは戻れない仕様になっているのだ。だからいくら製作者の僕でも、残念ながらカケルを呼び戻すことは出来ない』
「てめ、ふざけんなこら! 何勝手なことしてんだっ!」
『ほう。極限状態に陥ると、カケルもレナと同じように口汚い言葉を吐くのだな』
「んなことどうでもいいからどうにかしろ、くそ宇宙人っ!」
俺は声を張り上げるが、宇宙人にはまったく響かないようで、
『そういうわけだから、ゲームクリア目指して頑張ってくれ。一応、説明書は作っておいた。何か疑問点があればその都度読むといい。ではな、カケル』
それだけ言うと、もう用事は済んだとばかりに一切声がしなくなった。
「あ、おい、宇宙人! こら、おいっ! 無視すんなっ!」
……。
俺の声が聞こえているのかいないのか、宇宙人は何も発さない。
「宇宙人こらっ! お前マジでいい加減にしろよっ! おいったらっ! 聞いてんのかおいっ!!」
……。
「……ふ、ふざけんなよ、くそ宇宙人っ……」
ゲームをクリアしないと地球には戻れないと宇宙人は言っていた。
おそらくそれは事実なのだろう。
ということはだ。
俺はどこかもわからん惑星で、宇宙人が作ったというリアルRPGをクリアしなくちゃいけないというわけか。
とその時だった。
がっくりと肩を落としていた俺の背後でガサガサっと物音がした。
慌てて振り返った俺の視界に飛び込んできたものは――
「お、おいおい、マジかよ……」
体長130cmほどで、身体の割に大きなこんぼうを手にした、緑色の醜悪なモンスター、ゴブリンだった。
どういう仕組みか知らないが、俺の視界には<ゴブリン:推奨討伐レベル3>という文字が浮かび上がっていた。
それに気をとられていると、
『ギギッ!』
ゴブリンはいきなりこんぼうで殴りかかってきた。
俺は「うおっ!?」ととっさにこれを避けるが、足がもつれて転倒してしまう。
『ギギャギャ』
そんな俺を見てあざ笑うかのように口角を上げるゴブリン。
気味の悪い顔が一層不気味に見えた。
俺は素早く立ち上がると、ゴブリンの動きを注視する。
相手は俺よりかなり小さいが、武器を手にしているので油断は出来ない。
しかもこれはゲームであってゲームではない。
実際にこんぼうで頭なんか殴られでもしたら、致命傷になりかねない。
いや、下手すりゃ死んでしまう。
『ギギギギ』
「くそっ、あの宇宙人め……とんでもないとこに飛ばしやがって」
生きて戻れたら絶対に仕返ししてやる。
『ギギャッ!』
こんぼうを振り下ろすゴブリン。
「あぶねっ……!」
それをなんとかかわす俺。
小柄ながらも力はそれなりにあるようで、当たった地面が軽くへこんでいる。
緊張感で額からは汗が吹き出る。
俺はごくりと唾を飲み込むと、ゴブリンの一挙手一投足に注意を払う。
あのこんぼうをどうにかしないと手が出せない。
逆に言えば、あのこんぼうさえどうにかしてしまえば、体格的にはこちらが有利だ。
あとはなんとかなる。……と思う。
『ギギギィ』
「はぁ……はぁ……」
ゴブリンとの間合いをはかりながら俺はちょっとずつ近付いていく。
こんぼうより内側に入り込めば、思うようにこんぼうを振れないだろう。
そう考え、俺はにじり寄っていく。
あと少し……。
もう少しだけ……。
足を一歩前に踏み出した。
とその瞬間、
『ギギャッ!』
ゴブリンが飛びかかってきた。
その動きに合わせて俺も一気に距離を詰める。
そして、
「とった!」
俺はこんぼうを持つゴブリンの手首を掴むことに成功した。
『ギ、ギギィ……』
「は、放すかっ……」
ゴブリンと俺は力比べをする格好になる。
俺はゴブリンからこんぼうを放させようと、ゴブリンは俺の手を振りほどこうと互いに押し合う。
するとゴブリンが『ギギャ!』と俺の手に噛みついてきた。
「いってぇーっ! ……ってこのヤロっ!」
俺は痛みを怒りの感情に変え、膝蹴りをゴブリンの顔にくらわせた。
『グギャ……!』
その一撃でゴブリンは鼻から血を噴き出し、後方に倒れる。
こんぼうが地面に落下する。
俺はその隙を逃さなかった。
「この、くらえぇっ!」
こんぼうを拾い上げると、地面に倒れているゴブリンの頭めがけて思いきり振り下ろした。
ドゴッ!
ドゴッ!
ドゴッ!
ドゴッ!
無我夢中で振り下ろした。
何度も何度も振り下ろした。
「はぁはぁはぁ……はぁっ……」
気付いた時にはゴブリンは物言わぬ肉塊となっていた。