第2話
『あと五分ほどで敵がこの空間にやってくる。それまでは自由にしていてくれ』
その言葉を受けて佐倉は机に突っ伏してふて寝を決め込む。
三木は教室の窓から宇宙空間を魂の抜けたような顔で眺めていた。
そして俺はというと、
「なあ、宇宙人。ちょっといいか?」
やることもないので宇宙人に話しかけていた。
『なんだ?』
「俺たちが選ばれた本当の理由ってなんなんだ? そこの二人はともかくとして、俺は自慢できるような特技もないし力もないんだぞ」
『ふむ、謙遜しているのか? それが日本人の美徳というものらしいな』
「いやいや、謙遜とかじゃなくてだな……」
『カケル、心配するな。君なら間違いなく勝てると僕が判断したのだからな。自信を持て』
「そう言われたってなぁ。全然そんな――」
『おっと、来たようだ』
俺の言葉を遮ると宇宙人は教室の前方にあるドアに視線を飛ばす。
とその直後、ガラリと教室のドアが開いた。
そして廊下側から長身のイケメンと小太り、眼鏡、痩せ型の男たちが姿を見せた。
先頭にいたイケメンが宇宙人に顔を向け口を開く。
『ようPL3000、今日こそ決着をつけようぜ』
それを受け宇宙人が『うむ。BK505よ、待っていたぞ』と返す。
二人はお互いのことをPL3000だとかBK505だとか呼び合っている。
察するにおそらくは向こうのイケメンもまた宇宙人なのだろう。
だが後ろの三人はイケメン宇宙人とは様子が違って見えた。
イケメン宇宙人とは対照的におどおどしていて何かに怯えているようだった。
『それにしてもPL3000。これまた弱そうな三匹を用意したもんだな』
俺たちを見てイケメン宇宙人が言う。
不快な声が脳内に響いた。
それに対して、
『何を言う。この者たちは僕が集めた最高の戦士たちだ。きっとこの代理戦争に勝利してくれるさ』
と宇宙人。
やはり長身のイケメンこそが敵対する宇宙人で間違いないらしいな。
「おいこら、イカレ宇宙人。代理戦争ってのはどういうことだ、ああっ?」
ここで佐倉が宇宙人に声をぶつけた。
追って三木も「あの~、代理戦争って?」と宇宙人に訊ねる。
『なんだ、PL3000。貴様、その地球人たちに何も説明してないのか? ふっ、どうにも間の抜けた貴様らしいぜ』
とイケメン宇宙人。
続けて、
『いいか、PL3000が連れてきた地球人ども。貴様らはオレ様とPL3000の代わりに戦う、言わば手駒なんだよ。オレ様もPL3000も力はほぼ互角。だからオレ様たちの代理で貴様らが勝負するってわけだ。そして先に二勝した方が晴れてここら一帯のエリアの支配者になるんだ、わかったか』
俺たちを見て言った。
代理戦争……。
つまり向こうの三人の男たちもまた、俺たち同様無理矢理連れてこられた地球人ってことか。
『さてと、無駄話はこれくらいにしてさっさと一回戦目を始めようぜ』
『いいだろう』
「おいこら待て。勝手に話をすすめんな、イカレ宇宙人どもがっ」
宇宙人たちの会話に割って入る佐倉。
「こちとら勝手に連れてこられて迷惑してんだ。その上手駒だとっ? ふざけんじゃ――」
『黙ってろ、地球人』
イケメン宇宙人が佐倉をキッとにらみつけた瞬間、佐倉が見えない力で後方に吹き飛び、教室の壁に叩きつけられた。
「ぐはっ……!」
「佐倉っ!?」
「さ、佐倉さんっ!」
床に倒れ込む佐倉にイケメン宇宙人が吐き捨てる。
『二度とオレ様たちの会話を邪魔するんじゃないぞ。次は殺すからな』
「……く、くそがっ……」
佐倉は三木に支えられなんとか立ち上がるも、苦しそうにしていた。
『大丈夫か、レナ』
「う、うっせぇイカレ宇宙人っ……」
『ふむ、それだけ元気があれば大丈夫そうだな』
宇宙人は前に向き直り、
『それでは一回戦目を始めるとしよう』
イケメン宇宙人に声を投げかける。
それに呼応するようにイケメン宇宙人は力強くこう言い放った。
『おう。じゃあまずはすごろくで勝負だぜっ!』
「え、すごろく?」
「なんだって!?」
「す、すごろく、ですか……?」
イケメン宇宙人の言葉に俺と佐倉と三木は唖然とする。
「おいこら、宇宙人っ。まさかあたしたちが戦うって話は地球人同士ですごろく勝負をするってことなのかっ?」
『ああそうだが。言っていなかったか?』
「ふざけんな、イカレ宇宙人っ! 今初めて聞いたぞっ」
『それはすまなかったな。一回戦目の勝負はすごろくで決めるのだ』
「そ、そうだったんですね。よかった~」
と口にするのは三木だ。
てっきり得体の知れない宇宙人と生身で戦わなければならないと思っていたのだろう、三木は胸を押さえて安堵の表情を浮かべていた。
かく言う俺もそう思っていたわけだが。
『一号、前に出ろ。貴様の出番だぜ』
「は、はいっ」
イケメン宇宙人にうながされ前に歩み出てきたのは小太りの男だった。
緊張しているのかそれともただ暑いだけなのか、額には汗をびっしょりかいている。
『こいつはすごいぜ。なんていったってすごろく世界大会とやらで優勝した実力の持ち主だからな。つまり地球上で一番すごろくの強い男ってわけだ。こりゃオレ様の勝ちで決まったようなもんだぜ、PL3000よう。ひゃっはっはっ』
大口を開け高笑いするイケメン宇宙人。
癇に障る笑い方だ。
『ふむ、ではこちらはカケルに任せるとしよう』
と宇宙人が俺に、
『やってくれるな、カケルよ』
全幅の信頼を寄せるような目を向けてきた。
「なるほど、俺がやるのか」
「ゆ、結城さん、大丈夫ですかっ? 相手の方、すごい人みたいですよっ」
三木が不安そうに俺の腕を掴む。
そんな三木を安心させるように俺は「大丈夫。俺が勝つから」と笑いかけてやる。
そう。
俺はすごろく勝負には絶対の自信があるのだ。
『じゃあ勝負を始めるぜっ。二人ともさっさと席につきなっ』
「は、はいっ」
「ああ」
小太りの男と俺がすごろくを前に対面したところで、
『よっしゃ、勝負始めだぜっ!』
イケメン宇宙人が声を張り上げた。
『ふむ。カケルの勝ちのようだな』
『な、なんだとっ……! そんな馬鹿なっ!』
宇宙人の言う通り、すごろく勝負は俺の勝ちだった。
しかも圧倒的大差でもって俺は小太りの男に勝利した。
『くっ、どうなってるっ! この一号は世界チャンピオンだぞっ』
「す、すいませんっ……」
『カケルの方が強かったということだろう』
動揺しているイケメン宇宙人と小太りの男をよそに、宇宙人は平然と言う。
そして宇宙人は、
『よくやったカケル、これでまずはこちらの一勝だ』
俺をねぎらうように俺の肩に手を置いた。
とはいえ宇宙人に実体はないので直接触られてはいないのだが。
「す、すごいです、結城さんっ。相手の方、手も足も出ませんでしたよっ」
「いい気味だぜ。っていうか結城とあの太っちょの出目、イカサマなんじゃないかってくらいかたよってたな」
俺のもとへとやってくる三木と佐倉。
二人とも俺の圧倒的勝利に喜んでいるようだった。
特に三木に関しては無邪気な子どものように、ぴょんぴょん飛び跳ねながら目を輝かせている。
そんな三木には悪いが、
「佐倉の言う通りだ。さっきのはイカサマなんだよ」
と俺はあっさりと白状する。
「えっ? イカサマ、ですか……?」
「マジかっ?」
「ああ。というより俺の超能力みたいなもんだな」
「「超能力っ!?」」
三木と佐倉が声をそろえた。
「ここだけの話、俺には超能力があるんだ。といっても俺の力はサイコロの目を思い通りに出すってだけのまったく役に立たない能力なんだけどな。それがまさかこんなところで役立つとは思ってもいなかったよ」
イケメン宇宙人たちには聞こえないように小声で教えてやると、三木も佐倉も目を見開いて驚きを表現する。
ただの男子高校生だと思っていた相手が、使えない能力とはいえ超能力の持ち主だったと知ったらそれはさすがに驚くだろう、そう思ったのだが二人が驚いた理由は別にあった。
それは――
「ゆ、結城さんも超能力者だったんですか?」
「結城も超能力者だったのかよっ?」
三木も佐倉もまた俺と同じく超能力の持ち主だったのだ。