第17話
「俺がレベル999って……本当かよ」
『宇宙人は嘘はつかない』
「それにしては全然実感がないんだが……」
俺は手をグーパーしてみる。
俺の体に変わった様子はない。
『カケルのステータスはすべて限界まで上がっているし、勇者が覚える魔法もすべて使えるようになっているはずだ』
と宇宙人。
「マジで? カンストしてるのか」
『かんすと?』
「勇者の魔法って例えばどんなのがあるんだ?」
俺はさっき脱いだばかりの服を見る。
「服を乾かす魔法とかあるか?」
『そんなピンポイントな魔法などない。だが、炎の玉を吐き出す魔法ならあるが』
「炎の玉? それはどうやって使うんだ?」
『フレイムボールと唱えるだけだ』
「フレイムボールだな」
と口にした瞬間、俺はとてつもない吐き気に襲われた。
「……ぼおぇっ!」
すると俺の口からすいか大の炎の玉が飛び出た。周りの草に命中する。
「ぅあっちぃっ!? なんだこれっ!」
『今のがフレイムボールだ』
「めちゃくちゃ気分の悪い魔法だな……おえっ」
まだ吐き気がする。
『そんなことよりいいのか?』
「……何が?」
『このままでは放火犯になってしまうが』
吐き気を堪えながら顔を上げると草原が燃えていた。
いつの間にか、俺を取り囲むように火が燃え広がっている。
しかも風の影響で火の回りはどんどん強くなっていっていた。
「おい、どうすんだよこれっ?」
『消すしかないな』
「どうやってか訊いてるんだよ、あちぃっ」
『アクアポンプと唱えてみろ。水が沢山出てくる』
「さっきみたいに口から出すんじゃないだろうなっ」
あんな強烈な吐き気二度と経験したくないぞ。
『大丈夫だ。早く手を炎の前にかざしてアクアポンプと唱えてみろ』
俺は宇宙人に言われた通り手を前に出すと「アクアポンプ!」と口にした。
すると直後、
ドドドドドドドドッ!
まるで消防車のホースから飛び出るように、俺の手から大量の水が勢いよく放出された。
「おお!」
燃え広がっていた火があっという間に消えていく。
『これは勇者がレベル120で覚える魔法だ。どうだ、役に立つ魔法だろう』
「ああ、たしかにこれはすごいな」
草原はほんの少しだけ禿げ上がってしまったが、ものの一分足らずで火は完全に消し止めることが出来た。
『それではギルドに行って強いモンスター退治の依頼でも引き受けてみるのだな』
「え……いきなりか?」
『今のカケルはおよそ百の魔法を使いこなすことが出来るし、身体能力もレベル1の時とは比べ物にならないくらい上がっているから怖いものはないぞ』
宇宙人は言う。
「そうか。だったら……」
アクアポンプの水でびしょびしょになった服を絞って着ると、俺は早速ギルドへと向かった。
「意外とないなぁ」
依頼書が貼られた壁の前で俺はもらす。
せっかくレベル999になったのでSランクの依頼でも受けてみようかと思ったのだが、SランクはもとよりAランクの依頼もみつからない。
あるのはB、C、Dの依頼ばかり。
「Bランクの中から選ぶしかないか……」
そんな俺の目に留まったのが、
【大量発生した大王ウミウシガエルの退治 Bランク 三十万マルク】
の文字。
俺は大王ウミウシガエルにあっさりと殺された過去がある。
「リベンジしてやるか」
俺はその依頼書を掴むとカウンターに持っていった。
「大王ウミウシガエルの退治ですね。Bランクの依頼ですがお一人で大丈夫ですか?」
受付の女性が訊ねてくる。
「はい、大丈夫です」
「そうですか。では依頼の詳細を説明させていただきますね」
「あ、わかっているので結構です」
俺は手で制した。
たしか町を出てすぐ西の湿地帯だったはず。
「そうですか。この依頼はすでにほかの冒険者さんたちが引き受けているので、報酬は早い者勝ちとなりますがよろしいですか?」
「いいですよ」
「それではお気を付けて」
俺は受付の女性に見送られギルドを出るとヘキサ湿原に向かった。
「大王ウミウシガエルの弱点の魔法とかあるか?」
ヘキサ湿原への道すがら宇宙人に訊いてみる。
『電気系の魔法が苦手なはずだが、今のカケルならば弱点など気にしなくても平気だと思うぞ』
「念には念を入れるんだよ」
一度やられてる相手だからな。
「電気系の魔法はどんなのがあるんだ?」
『サンダーボルトやエレキショットなどだな。どちらも唱えるだけで発動可能だ』
「ふーん、そうか」
足元がぬかるんできた。
そろそろかな。
すると前の方から叫び声とともに男が必死の形相で走ってきた。
「楽して大金が稼げるって話だから乗ったのにあんなバケモンだなんて聞いてないぜっ!」
俺に肩をぶつけそのまま走り去っていく。
「なんだあいつ……?」
『さあ?』
ヘキサ湿原に着くと大王ウミウシガエルの大群と相対している者たちがいた。
「あれって……パンドラたちじゃないか?」
見ると、キャットを背負ったパンドラとマリアが大王ウミウシガエルの大群に囲まれている。
「この依頼を先に受けてた冒険者ってあいつらだったのか」
『そのようだな』
パンドラが大王ウミウシガエルをひきつけ、その間にマリアは目をつぶりぶつぶつと呪文を唱えているようだった。
だが、足元がぬかるんでいるのとキャットを背負っているのとでパンドラの動きがぎこちない。
「ホーリーマギカっ!」
マリアが呪文を唱えた。
まばゆい光が大王ウミウシガエルたちの頭上に降り注ぐ。
「まぶしっ」
俺はとっさに腕で目を覆った。
そして――目を開けた時には大王ウミウシガエルたちはすべて消滅していた。
なんだよ、俺の出番がなかったじゃないか。
そう思った時、
『カケル、パンドラの後ろにもう一体いるぞっ』
宇宙人の声が頭に響く。
キャットを背負ったパンドラの後ろには擬態をして背景に溶け込んでいた大王ウミウシガエルがいて、まさに今パンドラたちを丸のみにしようと大口を開いているところだった。
「パンドラさん、後ろっ!」
マリアが叫ぶ。
とほぼ同時に、
「エレキショット!」
俺が唱えると、俺の手からは黄色く光り輝く刃が放たれて、パンドラたちの真後ろにいた大王ウミウシガエルを真っ二つに切り裂いた。
「っ!?」
振り向き、大王ウミウシガエルのずり落ちてくる上半身をジャンプでかわすパンドラ。
着地すると俺を見て、
「……誰だか知らないが、どうやらあんたに助けられたみたいだな」
パンドラは口にした。
「あっ、あなたは昨日のっ……」
マリアも俺を見て声を上げる。
「なんだマリア、知り合いか?」
「いえ、知り合いというか……うちの教会に全裸で現れた方です」
「あー、マリアが言ってた変態ってあんたのことか。はっはっはっ」
「パンドラさんっ」
大笑いするパンドラを注意するように名前を呼ぶマリア。
「いやぁ、悪い悪い。よりによって男嫌いのマリアの前に全裸で現れて、服を恵んでくれなんておかしくて」
目頭を拭うパンドラ。
「その時のマリアの顔を見てみたかったよ」
「パンドラさんてば、もうっ」
そこへ、
「ぅん……なぁに?」
パンドラの笑い声でキャットが目を覚ます。
「おお、気が付いたかキャット」
言うとキャットを地面に下ろすパンドラ。
「カエルが苦手だとは言ってたがまさか気絶するとはな。キャットも女の子らしいところがあったんだな」
「し、仕方ないでしょ。生理的に無理なもんは無理なんだからっ」
「そうそう、こいつがあたしたちを助けてくれたんだ。礼を言っておきな」
「こいつ……ってあーっ! あんた猫男っ!」
キャットが俺を指差し叫ぶ。
「「猫男?」」
「そうよ。さっき二人に話したでしょ。夜中に変な男が猫を捜しに来たって……」
「それがこいつか?」
「そうよ、間違いないわっ」
変な男って……。
「ふーん、それにしても二人とも知り合いだったなんて奇遇だな。なぁあんた名前は?」
「カケルだ」
「カケルか。おかしな名前だな」
前にも聞いたセリフだ。
「カケル、あんたも冒険者なんだろ。どうだ、あたしたちと組んでみないか?」
「ちょっとパンドラ、急に何言い出すのよっ」
「そうですよ。私たちに相談もなく……」
「でもなぁ、ヴェガはいなくなっちまったしなぁ。男がいないとあたしらは冒険者ではいられないだろ?」
「え?」
キャットは周りを見渡す。
「そういえばヴェガの奴はどうしたのよ?」
「気絶したあんたをほっぽって逃げてったよ」
「なっ! あいつ殺してやるわっ。これだから男は信用できないのよっ」
「まったくです」
キャットの言葉にマリアが大きくうなずく。
ヴェガってのはもしかして俺にぶつかりながら走っていった奴のことか……。
「その点カケルは信用できるぞ。あたしたちのことも助けてくれたし、何より顔があたし好みだ」
とパンドラは俺の肩に手を置いた。
「パンドラの好みなんて聞いてないわよ」
「でもカケル様にはすでに冒険者仲間がいるのではないですか?」
「それは困るな。どうなんだ? カケル」
パンドラが俺を見下ろす。
「いや、仲間はいない。俺一人だ」
「なんだ、それならちょうどいいじゃないか。あたしたちの仲間になってくれ。そうすれば今回の報酬は全部あんたにやってもいいよ」
「ちょっとパンドラっ」
「まあまあキャット、マリアもこっちに来い」
二人の肩を抱き俺から少し距離をとるパンドラ。
「……どっちにしろ男は必要だろ……」
「……全額は絶対嫌よ……」
「……変態かもしれないですよ……」
「……あいつはかなり強いぞ……」
ところどころ会話が聞こえてくる。
「なあ、それより今回の報酬はどうなるんだ?」
俺は今、服と朝食に金を使い果たして無一文なんだ。どうしても金が欲しい。
「あのカエル一体倒したからせめて二、三万くらいもらえると助かるんだが……っておーい、聞いてるか?」
「よしっ、話はまとまったぞ」
そう言ってパンドラが近付いてくる。
「今回の報酬はカケル、あんたに全額やる。そんで次からは四等分だ。冒険に行かない時は基本それぞれの自由にしていて構わない。お互いに私生活には干渉しない。それでどうだ?」
後ろの二人は納得いっていないような顔をしているがいいのだろうか。
しかしパンドラには悪いが強くなった俺に仲間はいらない。
それにこの世界のことは宇宙人に聞けばわかるからな。
俺が断ろうと口を開いたその時、
『駄目だ。パンドラたちと組むのだ。せっかく面白くなってきたところなのだぞ』
宇宙人が言う。
なんでだよ。
『僕は一生きみをこの世界に閉じ込めておくことだって出来るのだぞ』
お前、それは卑怯だぞっ。
『地球に帰りたいのだろ?』
そりゃ当たり前だっ。
『ならばパンドラたちと組むのだカケル』
マジかよ……くっ。
「カケル。聞いているのか?」
「……あ、ああ」
「それでどうだ?」
おもちゃをねだる子どものような目で俺をみつめるパンドラ。
……仕方ない。
「……わかった。組むよ」
「おお、そうかっ。よろしくなカケルっ!」
抱きついてくるパンドラ。
く、苦しい……。
――こうして俺は、またしてもパンドラたちの仲間になった。