第16話
捜してみると、町には意外と猫自体は沢山いたものの、肝心のミミは見当たらなかった。
「うーん、こいつも違うか」
灰色の猫をみつけ写真と見比べるが、ミミではない。
そうこうしているうちにあっという間に日が落ちた。
「まいったな。宿屋に泊まる金さえないのに……」
『野宿するしかないな』
とどこか楽しそうな宇宙人の声。
他人事だと思って……。
公園に入ると仕方なく俺はベンチに横になった。
「はぁ~、疲れた~……」
全裸で町の中を走り、その後職探しと猫捜しに一日中歩き回ったせいで、足が棒のようになっていた俺は、横になるとすぐに寝入ってしまった。
「……おい、早くしろよ、起きちゃうだろ……」
「……でもこの人、猫の写真しか持ってないよ……」
ひそひそ声が聞こえて俺は「ぅん……?」と目を覚ました。
見ると二人の子どもが俺の身に纏った外套をまさぐっていた。
「やばっ、起きたぞ、逃げろ!」
「うわぁー!」
俺が目覚めたことに気付き子どもたちは声を上げ逃げていく。
「あっ、おい待てって……なんなんだまったく」
そう言いながら外套に手を当てると、
「あれ? 写真がないっ」
迷い猫が写った写真がなくなっていた。
さっきの子どもたちが持っていったのか……?
俺は立ち上がると、子どもたちが逃げていった方向に走った。
奥まった一本道を進んでいくと、子どもの姿こそ見えなかったが一軒だけ建物が見えた。
そこにあったのは、建物というには少々無理がある、崩れかかったトタン屋根のボロ小屋だった。
「ここってたしか……キャットたちストリートチルドレンのたまり場だったよな」
すると、
「手を上げなさい」
背後から声がした。
同時に首筋に短剣を押しつけられた。
「キャットか……」
俺は前を向いたまま両手を上げた。
「……あんた何者よ? わたしのことを知ってるってことはわたしを殺しにでもきたわけ?」
「勘違いするな、俺は写真を取り返しにきただけだ」
「写真? どういうこと?」
「とりあえず首に押し当ててるそれ、どかしてくれないか」
俺の言葉のあと、少し間があって、それからキャットは短剣をゆっくり引いた。
「それであんたは誰なの? 写真て何?」
俺はキャットに向き直ると、公園で起きたことを説明した。
「ふーん、そういうことね……わかったわ、ちょっと待ってて」
言うなりボロ小屋の中に入っていくキャット。
そしてすぐに出てきた。手には写真を持っている。
「うちの子たちが写真を持ってたわ。これあんたの写真?」
迷い猫の写真を差し出してくる。
「ああ、そうだ」
「なら返すわ、はい」
あれ? 意外とすんなり返すんだな。
「お前、盗賊だよな?」
「だったら何よ」
身長差から自然とキャットはやや上目遣いになる。
くりんとした大きな目はまるで猫のようだ。
「……いや、別に。じゃあな」
俺がきびすを返すと、
「ちょっと待ちなさいよっ」
キャットが俺を呼び止めた。
「なんだよ」
「その写真に写ってる猫、あんたの?」
俺の手の中の写真を指差す。
「いや、違うが探してる」
「……ちょっと待ってて」
そう言うとまたもボロ小屋の中に入っていった。
なんなんだ?
今度は少し時間がかかってから出てきた。
灰色の猫を抱いている。
「それって、もしかして……」
「写真の猫でしょ。何日か前からうちにすみついてたのよね。ほら」
「おお……ありがとう」
「これで貸し借りなしだから、じゃあね」
手をひらひらさせキャットはボロ小屋の中に入っていく。
こうして、俺は期せずして迷い猫を捕獲することが出来たのだった。
「迷い猫をみつけました」
翌朝、ギルドにおもむくと受付の女性に猫を渡した。
「ご苦労様でした。それでは、こちらが報酬の一万マルクです」
「どうも」
俺は一枚の札を受け取る。
この世界に来て初めての金だ。
宇宙人によれば一万マルクは一万円と同じくらいの価値があるらしいから、これで食べ物や服が買える。
俺はギルドを出るとまず防具屋に向かった。
外套だけではやはり中がスースーして心もとないからな。
防具屋の女店主に一万マルクで適当にシャツとズボンと靴をみつくろってもらい、残った金で朝食をとった俺は再びギルドへと向かった。
『今日もEランクのつまらない依頼をするのだな』
「つまらないは余計だ」
『だが町の外にはまだ見ぬモンスターが山のようにいるのだぞ。せっかく異世界にいるのにもったいないとは思わないのか?』
「まったく思わないね」
もうモンスターに殺されるのはたくさんだ。
『しかしそれではこの世界の醍醐味が薄れてしまうな。カケルには是非ともこの世界を堪能してほしいのだが』
「だったらスライムに勝つ方法を教えろ。まずはそこからだ」
『スライムに勝つ方法か?』
最弱モンスターであるスライムも倒せないようではレベルが上げられない。
レベル1のままではどんなモンスターにも勝てない。
単純な理屈だろ。
『ふむ、そうだな。まあ、あると言えばあるのだが』
「マジで?」
『あまり気が進まない』
「なんだでだよ。教えろってば」
『う~む……』
渋る宇宙人。
「もったいぶるなよ。せっかくの異世界を堪能してほしいんだろ?」
『それはそうなのだが、これを教えるとカケルは常に楽して生きようとする人間になってしまわないだろうかと心配でな』
「何言ってんのかわからんが、お前に心配される筋合いはない。いいから教えろっ」
『わかった。実はレベルを上げる方法はモンスターを倒す以外のもあってだな、まあ平たく言うと僕が少しだけその世界に手を加えておいたのだ』
と宇宙人は言う。
「どういうことだ?」
『町はずれの教会の裏にある井戸の中にはな……いや、やっぱりやめよう。こんなのはよくない』
「おい、途中でやめるなよ。井戸がどうしたって?」
『ふーむ……井戸の中にはボタンがあるのだが、それを一回押すごとにレベルが1上がるように、まあ一種の救済措置として設定しておいたのだ』
「なんだそれっ、お前やってることリアルRPGの時と変わってねぇじゃねぇか」
『うむ。そうかもな』
これだからアホは困る。
「そういうことなら善は急げだ」
俺はきびすを返し、町はずれの教会へと駆けだした。
『善は急げって使い方あってるか?』
「知るかっ」
そんなことどうでもいい。
もし宇宙人が言ったことが本当なら早く試したい。
というか、俺の最終目標はあくまで地球に帰ることなのだが、今は仕方ない、宇宙人に従ってやる。
逆らったところで地球には戻れないのだからな。
認めたくはないが、俺の生殺与奪は宇宙人が握っているのだ。……くそったれ。
足取りも軽やかに町はずれの教会を目指していると、
『あれってパンドラじゃないのか?』
宇宙人が声に出す。
見ると、前方にひときわ背の高いごつい女が歩いていた。
相変わらず面積の小さいビキニのような鎧を着ている。
そして隣にはキャットともう一人男もいた。
この先には教会しかないはずだからあいつらも教会に向かっているのだろうか。
俺は前の三人を追い越して教会にたどり着くと、敷地内の裏手に回った。
「おっ、これかお前の言ってた井戸って?」
『ああ、そうだ』
俺の目の前にあったのはなんの変哲もない井戸。
俺は井戸の中を覗いてみた。
水がたっぷりと入っている。
「おい、どこにボタンなんかあるんだ? 見えないぞ」
『井戸の底にあるはずだが』
「底かよっ」
潜らないと駄目そうだ。
不法侵入だから誰かにみつからないうちに入らないと……。
俺は滑車にかかっていたロープに掴まると、少しずつ井戸の中を下りていった。
「冷てっ!」
井戸の中に俺の声が響く。
靴の中に水が入ってきたので思わず声が出てしまった。
くそ……めちゃくちゃ冷たいじゃねぇか。なんだこの水、氷水みたいに冷たいぞ。
俺はすでに肩まで井戸の水に浸かっていた。
これで井戸の底にボタンがなかったらぶっ飛ばしてやるからな、アホ宇宙人め。
「はぁーっ」と大きく息を吸い込むと俺はどぷんと水中に潜った。
水の音しか聞こえなくなる。
それにしても冷たい。
心臓がぎゅっと縮まる感じがする……これじゃ息がそう長くは持ちそうにないぞ。
そんなことを考えながらも井戸の底目指して必死に水をかいていく。
水をかくこと約十秒。
ん?
井戸の底が見えてきた。と同時にクイズ番組の早押しボタンのような赤いボタンが井戸の底にあるのをみつけた。
俺はそれを拾い上げようとする。が……底に張り付いていて動かない。
なんだこれっ。
ヤバいっ、そろそろ息が限界に近いぞ。
氷水のような冷たさの水のせいでいつもより息が続かない。
おい宇宙人っ、ボタンがとれないぞっ。
『横にスライドさせるように動かせばとれるはずだ』
スライドっ?
女神の言う通りにぐいっと横にずらしながら引くと、今度は簡単に外れた。
やった!
でも息が苦しいっ!
俺はボタンを片手に持ちながら水面に向かって必死にもがき進む。
そして――
「ぶはぁーっ……はぁっ、はぁっ……!」
なんとか二度目の溺死は免れることが出来た。
かじかんだ手でロープを握り、よじ登っていく。
ボタンが邪魔だ。
井戸の縁に手と足をかけ、最後の力を振り絞って、どうにかこうにか井戸から出ることに成功した。
運がいいことにその様子を誰にも見られることはなかった。
びしょびしょの恰好で教会の表に回ろうとすると、そこにはパンドラとキャットと知らない男がいて、マリアを引き連れて出ていくところだった。
『パンドラたち、新しい仲間をみつけたようだな』
「はぁ、はぁ。そうみたいだな……」
四人がいなくなるのを待ってから、俺は背の高い草が生い茂った荒れ地に足を踏み入れると、着ていた服と靴を脱いで絞った。
「ふぅ……」
『カケルは裸でいることが好きなのか?』
「そんなわけないだろ。濡れたままでいたら風邪ひくから仕方なく脱いだんだよっ。お前は目閉じてろっ」
草を踏みつけ座る場所を確保すると、俺はそこにあぐらをかいて座り、ボタンを手に取った。
「このボタンを押すとレベルが一上がるんだったな」
『そうだ』
「ふふふ、なるほどなるほど。それなら……こうしてやるっ」
俺はボタンを連打した。
連打しまくってやった。
『あー、そんなに押したら――』
「知るかっ。いいんだよこれでっ」
俺は親の仇のようにボタンを一心不乱に連打し続けた。
腱鞘炎になることもいとわず、必死に押して押して押しまくった。
『カケル、カケル……』
宇宙人が何か言っているが、ボタンを押すことに集中しきっている俺にはもう何も聞こえない。
俺はRPGをする時はボス戦の前にこれでもかというくらいレベルを上げてから挑む。
昔からそういう性格なのだ。
だから俺はボタンを体力の続く限り押し続けた。
すると、
バキッ!
ボタンが突然壊れた。
「はぁ、はぁ。ど、どうなったんだ……?」
『カケルが壊したのだ』
「はぁ、そんな……」
まだ押したかったのに……。
『カケルにはどうせもう必要なかったぞ』
呆れたように言う。
「どういうことだ……?」
『はぁ』
宇宙人はため息を一つもらすとこう言った。
『カケルはとっくに、この世界の限界レベルであるレベル999に到達してしまっているからな』