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第15話

 俺はどさっと地面に落ちた。

「きゃあっ!」

 そばで女性の悲鳴が上がる。

 理由はもちろん俺が全裸だからだ。

 このままだとまた警官がやってきて、俺は地下牢に放り込まれる。

 そしてパンドラに買われた挙句モンスターに殺される、の無限ループだ。

「そう何度も捕まってたまるかっ……」

 俺は女性の悲鳴を聞いて警官が駆けつける前に、近くにあったゴミ箱の蓋を掴むと、その場を大急ぎで離れた。

 まずは服をなんとか調達しないと。

 人通りの少ない裏路地を走りながら考える。

「おい宇宙人っ、聞いてるかっ?」

『また死んでしまったなカケル。気分はどうだ?』

「最悪だよっ」

 カエルの体内で溶かされて死ぬなんて、体験した者にしかその恐怖はわからないだろうな。

『カケルはいつも走っているな』

「お前のせいだっ。んなことより服が欲しい。どうすればいい、早く教えろっ!」

『服なら防具屋に行けば売っているだろう』

「金がねぇだろうがっ、俺は全裸なんだぞっ。アホかくそ宇宙人っ……はぁ、はぁっ」

 もう息が上がってきた。レベル一だから体力もないってか。

 俺は走っていると裏路地にぽつんと置いてあった樽を発見した。

 近くに寄っていってこれを蹴飛ばす。だが樽は地面に転がるも壊れない。

 意外と丈夫だな。

「ぐぬぬっ……」

 その樽を胸のあたりまで持ち上げ地面に叩き落とした。しかしそれでも樽は壊れない。

「くそっ……はぁはぁっ」

『カケル、何をしているのだ?』

「服が入ってないか壊して中身を確認したかったんだよっ……はぁはぁっ」

『服? なぜそんな物が樽の中に入っていると思うのだ?』

 ゲームならタンスとか引き出しとか壷とか樽の中に武器や防具が入ってたりするんだよっ。

 俺は心の中で女神に伝える。

 息が切れてしんどいのでもう喋るのは無しだ。

『タンスや引き出しならわかるが、普通、壷や樽の中に服などしまうか? しまわないのではないのか?』

 んぐっ……。

 アホ宇宙人に至極真っ当なことを言われて口ごもってしまう。

『そもそもタンスや引き出しや壷や樽の中に仮に武器や防具が入っていたとしても、それはその持ち主の物であってカケルの物ではないだろう? まさかカケル、盗むつもりだったのか?』

 うっ……。

 アホ宇宙人にこれ以上追及されるのはごめんだ。

 何も悪くないはずの俺の方が悪者扱いされてしまう。

「こらっ! うちの店の樽に何してるっ!」

 路地の向こう側から男の声が上がった。

「ヤベ、みつかった……どうもすみませんでしたっ!」

「あっ、こら待てっ!」

 俺は一目散に逃げだした。

 大丈夫、顔は見られていないはず。

 にしてもどうすればいいんだ。

 ゲームのように人の家の引き出しから勝手に盗むわけにはいかないし、服を買う金もないんじゃ……。

『諦めて警察に行くか?』

 俺は悪いことは何もしていないんだぞっ。

 ちょっと裸で町を走り回っているだけだ。

「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」

 とはいえもう限界だ。もう走れない。

 俺は足をとめ、立ち止まった。

『カケル、そこは……』

「ん……?」

 宇宙人の声で俺は顔を上げた。

 すると俺の目の前には、年季の入った古びた教会があった。


「ここは……」

 たしかマリアのいる教会だ。

 ごみ箱の蓋で大事なところを隠しつつ教会を見上げていると、

「あなた、そこで何をしているんですか?」

 教会の裏から水の入った桶を持ってマリアがやってきた。

「マリアっ」

「? 失礼ですがどこかでお会いしましたか? 私は記憶にありませんが……」

 眉をひそめるマリア。

 つい名前を口にしてしまったが、マリアは俺のことなど知っているはずがない。

「いや、会ったことはないよ。噂で聞いたことがあるだけだ」

「そうですか」

 とマリア。

 続けて、

「それよりあなたは変質者ですか? 警察に通報した方がいいのでしょうか? それとも私がこの手で直接……」

 と俺に手を向けてくる。

「待て、待ってくれっ。俺は怪しい人間なんかじゃないっ」

「……とてもそうは見えませんが」

 マリアは目を細め俺を見据える。

「わけあって裸で外に放り出されたんだ。頼む、助けてくれ。なんでもいいから服を恵んでくれないか?」

「残念ですがここは女だけの教会なんです。ですからあなたが着られるような服は置いてはいません」

「なんでもいいんだ。テーブルクロスでもカーテンでも布の切れ端でもいいから、頼むっ。ここは教会だろ、俺みたいな弱者に優しくしてくれっ」

 自分で言ってて情けなくなるが地下牢に入れられるよりマシだ。

 マリアはかなり嫌そうな顔を見せたが、

「……わかりました。少しここで待っていてください。何か探してきますから」

 と俺を置いて教会に入っていった。

『みじめだな、カケル』

 黙ってろ宇宙人。


 鳥の鳴き声を聞きながら待つこと十分。

「こんな物しかありませんでしたけど……」

 そう言ってマリアが持ってきた物は真っ黒い外套だった。

「これでいいですか?」

 正直全然よくはないが背に腹は代えられない。

 俺は「ありがとう」とそれを受け取ると、全身を覆い隠すように羽織った。

 これでなんとか町を出歩けるようにはなったが、外套の下はいまだ全裸だ。

 いよいよ完璧な変質者の出来上がりだ。

 職務質問でもされたら終わりだな。

「では私はこれで失礼します」

 一秒でも早く俺から離れたい様子のマリアは、そそくさと教会の裏手に戻っていく。

 俺はマリアの背中にもう一度礼を言ってから教会をあとにした。

『町に戻るのか?』

 宇宙人が訊いてくる。

「ああ。町で住む場所と仕事を探さないとな。住み込みの仕事があればラッキーなんだが」

『勇者なのにずいぶんと世俗的だな。せっかく異世界にいるというのに』

「勇者ね……スライムも倒せない勇者だけどな。というかさすがにもう地球に戻してくれてもいいんじゃないか? 俺は異世界を満喫したぞ」

『……』

 ちっ、これだよ。

 地球に返してくれと言うとすぐ黙り込む。

 俺はいつまでこの世界で生きていけばいいんだ――くそっ。


 町の中心部に着いた俺は早速職探しを始めた。

 宇宙人によると職安みたいな場所はないようなので、地道に足で探すしかないみたいだ。

「間に合ってるよ」

「悪いな、今は人手は足りてるんだ」

「ごめんねぇ、つい先日新しい子を雇ったばかりでさぁ……」

「邪魔だ、出てけ!」

 俺は片っ端から店を回ったがすべて断られてしまった。

「おい宇宙人、どうなってるんだ、話が違うぞ。普通に働けるんじゃなかったのか?」

『そう言われてもな、雇ってもらえるかどうかはカケル次第だからな』

 まるで俺が悪いみたいじゃないか。

『いっそギルドに登録してみたらどうだ?』

「なんでだよっ。そのせいでさっきバカでかいカエルに殺されたんだぞっ」

『だからモンスター退治の依頼ではなく、別のもっと安全な依頼を受ければいいのだ。ギルドにはモンスター退治以外の依頼も沢山あるはずだぞ』

 う~ん……そうだな。たしかにこのまま当てもなく店を回るより、その方が効率的かもしれないな。

 宇宙人の提案を飲むのは癪に障るが、仕方ないか。

「よし、ギルドに登録しに行くか」

 俺はギルドの依頼を受けることに決めた。

 

 ギルドの場所は一度パンドラに連れられてきたからわかっていた。

 ギルドに入るとカウンターにいた受付の女性に話しかける。

「すいません、初めてなんですけど……」

「でしたらお名前をお願いします」

「カケルです」

「お一人ですか?」

 受付の女性はキーボードを叩きながら俺に訊いてくる。

「はい」

「では壁に貼られた依頼書の中から、お好きなものを選んでこちらにお持ちください。詳細を説明いたしますので」

「わかりました」

 言うと俺は依頼書の張られた壁の前に立った。

 依頼のランクは上から順にS、A、B、C、D、Eの六段階だったな。

 当然、俺はEランクの依頼を探すことに。

 壁の前に立つ冒険者たちを避けながらモンスター退治以外の依頼を探す。

 しかし、俺の視界に入ってくるのはB、C、Dランクの依頼書ばかり。

 最低のEランクの依頼は数が少ないようだった。

 そんな中、俺の目に映ったのは【大量発生した大王ウミウシガエルの退治 Bランク 三十万マルク】の文字。

 ついさっき引き受けた依頼の貼り紙だ。

 俺はそれを手にしてみつめた。

『その依頼はカケルには荷が重いだろう?』

 と宇宙人の声。

 わかってるよ。

 俺はその依頼書から手を放すと、しゃがみ込んで壁の下の方に貼られた依頼書も見てみた。

 そこには一枚だけEランクの依頼書があった。

 俺はすぐさまそれを手に取り、視線を落とす。

 そこには【迷い猫捜し Eランク 一万マルク】と書かれていた。

 これだな。

 俺は依頼書を手に取ると、受付の女性のもとまで持っていく。

「この依頼を受けます」

「ではこの依頼の詳しい説明をいたしますね。イザベラさんの飼い猫のミミがいなくなってしまったので捜してほしいそうです。依頼主はイザベラさんご本人です」

 受付の女性は写真を渡してきた。

「この猫がミミです」

 そこに写っていたのは灰色の体毛をした細身の猫だった。

 ミミと名前の書かれた首輪をしている。

「報酬は一万マルクです。引き受けますか?」

「はい、もちろん」

 俺は写真をポケットにしまうとギルドを出た。

 大通りではなく、猫がいそうな狭い路地裏を歩く。

「なあ、宇宙人」

『なんだ?』

「一万マルクって、この世界ではどれくらいの価値があるんだ?」

『そんなこともわからずに引き受けたのか?』

「いいから教えろ」

 Eランクの依頼がこれしかなかったんだからしょうがないだろ。

『カケルが暮らしていた世界と通貨の価値はほとんど変わらないはずだ』

 と宇宙人は言う。

「それって一マルクが一円くらいってことか?」

『大体そんな感じだな』

 それはわかりやすくて助かる。

 だが、猫を捜し当てて一万円か……ちょっと微妙な気もするぞ。

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