第14話
冒険者ギルドとやらに俺たちは向かって歩いていた。
「っていうか冒険者ギルドってなんだ?」
「あんたそんなことも知らないの? はぁ~、そんなんでよく勇者名乗れるわね」
キャットが後ろを振り返る。
「冒険者ギルドっていうのはね、冒険者たちがこのメンバーでパーティーを組みますって登録するところよ。登録をしないと依頼が受けられないのよ」
「依頼書はギルドの壁に貼ってあるんだ。その中から自分たちの力量に合った依頼を選ぶってわけだ」
パンドラは続ける。
「依頼のランクは一番上からS、A、B、C、D、Eランクに分けられている。もちろんランクが上の方が危険だし難しい」
「その代わり報酬もいいけどねっ」
とキャット。
「私たちは普段Bランク以上の依頼しか受けませんけど、あなたがいるからもっと簡単な依頼の方がいいかもしれませんね」
マリアがいやみったらしく俺を横目で見る。
「別に構わないぞ。俺はどうせ戦闘に参加するつもりはないし」
「は? 何それ? マジで言ってるわけ?」
「当然だろ。俺はレベル一なんだからな。どうしてもって言うなら参加してもいいが、お前らの足を引っ張るだけだぞ」
「うわ、開き直りやがったわね。ちょっとパンドラ、こいつこんなんでいいの?」
キャットはパンドラに顔を向けるが、
「ああ。あたしがそれでもいいって言ったんだよ」
パンドラは俺の味方だ。
「はぁ~、過保護なんだから」
「あなたは女性に守られて情けなくないんですか?」
マリアが言うも、
「レベル200超えのお前らにはレベル1の俺の気持ちなんてわからないだろ」
「やはり男性というのは軽蔑に値する生き物ですね」
「そうかい」
文句ならパンドラに言ってくれ。俺は冒険者なんてやりたくないんだからな。
もっと言えば今すぐ地球に帰りたいんだ、俺は。
「みんな着いたぞ!」
パンドラが声を上げた。
「カケル、ここがギルドだ」
壁に少しひびが入っているもののそれは見上げるくらい大きくて立派な建物だった。
へー、ここがギルドね。
『ああ、立派だろう』
まあな。
「どうしたのよカケル、大きすぎて声も出ないわけ?」
キャットが自慢気に俺の顔を覗き込んでくる。
いや、大きいとはいっても現代のビルなんかに比べたら全然比較にならないぞ。
俺が黙りこくっていたのは、ただ単に宇宙人と頭の中で会話していたからなのだが。
しかしそれを知らないキャットは楽しそうに続ける。
「カケルのことだから自分の家から一歩も出たことないんじゃないの。だってレベル1なんだもん」
「子どもだってレベル5くらいはありますからね。その年でレベル1なんて今までどうやって生きてきたんですか? 逆にすごいですよ」
とマリアが冷たい目で俺を見た。
すべて宇宙人のせいなんだよっ、と言ってやりたいが、余計変に思われるだけなので言わないでおく。
「さあ、あんたら。無駄話してないで中に入るよ」
パンドラが先頭切ってギルドに入っていく。
「はーい」
「はい」
「あいよ」
パンドラたちに続いて俺もギルドに足を踏み入れると、そこにいた冒険者たちの視線が俺たちに注がれた。
正確に言うと俺たち、ではなくパンドラとキャットとマリアにだ。
「おい見ろよ、パンドラだぞ。でっけぇー」
「キャットちゃん、可愛い~」
「相変わらずマリアさんはきれいだな」
冒険者たちが遠巻きに見ながら口々に言う。
パンドラたちは冒険者たちの間では知られた存在のようだ。
人の波を抜け沢山の依頼書が張り出された壁の前に立つと、
「この中から好きなのを選ぶんだ」
パンドラが依頼書を眺めながら口にした。
「なんだか今日はいつもより依頼の数が少ないわね」
「これで少ないのか?」
壁一面に張り出されているのに?
「そうよ。前来た時なんかあっちの壁にもびっしりだったもの」
と隣の壁を指差すキャット。
「それで今日はどうしますか? カケル様がいるのでEランクの依頼にしますか?」
マリアがパンドラとキャットの顔を見比べた。
Eランクっていうのは一番簡単な依頼のことだよな。
随分と下に見られたものだな、まったく。
「えぇ~、わたしは高ランクの依頼の方がいいわ。今さら安い依頼なんて受けてらんないわよ」
「そうだな。ここはいつも通りB以上の依頼にしよう」
そう言ってからパンドラは一枚の依頼書を手に取った。
「これなんかどうだ?」
キャットとマリアにそれを見せる。
俺も二人の間から覗き込んだ。
【大量発生した大王ウミウシガエルの退治 Bランク 三十万マルク】
パンドラが手にした依頼書にはそう書かれていた。
大王ウミウシガエルってなんだ?
おい宇宙人、聞いてるか?
『湿地帯を好むモンスターだ。ウミウシとウシガエルを足して二で割ったような見た目をしている』
うげっ、気持ち悪そうなモンスターだな。
だが、
「う、カエルね……ま、まあいいんじゃない。報酬もちょうど三等分に出来るし」
「そうですね。私もこの依頼で構いませんよ」
とこれに賛同するキャットとマリア。
パンドラは俺を見下ろす。
「そんな嫌そうな顔をするなカケル。あんたが弱いのはわかってるからあたしたちで守ってやるよ」
「ちょっとパンドラ、勝手に決めないでよね。わたしは足手まといのカケルを守るつもりはこれっぽっちもないんだからっ」
「私も同感です。カケル様には隅の方でおとなしくしていてもらいましょう」
ちっ……三者三様で俺のプライドを傷つけてくれるじゃないか。
「この依頼受けるよ」
カウンターにいる受付の女性に依頼書を差し出すパンドラ。
受付の女性は、
「冒険者登録はお済みですか?」
優しい笑みを浮かべ訊いてくる。
「いや、登録も今頼むよ」
「そうですか、かしこまりました。ではまずリーダーの方のお名前を教えてください」
「パンドラだ。チーム名もパンドラで頼む」
「かしこまりました」
手慣れた様子で冒険者登録とやらを進めていくパンドラ。
受付の女性はキーボードを叩きながら、
「お仲間のお名前をお願いします」
「キャットとマリアとカケルだ」
「キャット様、マリア様……と、カケル様ですね。はい、登録は済みましたので依頼の詳細を説明させていただきますね」
そう言って顔を上げた。
「ヘキサ湿原に生息する大王ウミウシガエルが突然大量発生しました。依頼主はヘキサ湿原を管理している地元自治体です。大王ウミウシガエルは雑食性で消化速度が異常に速く、また繁殖力も高いので早急に駆除してほしいそうです」
「わかったよ」
「ねぇ、駆除って具体的にどうすればいいの? 殺しちゃっていいわけ?」
パンドラの後ろからひょこっと顔を出すキャット。
「ええ。手段は問わないそうなので全滅させてくださいとのことです」
「わかったわ。それなら好きなようにやらせてもらうわねっ」
キャットはきびすを返しギルドを出ていく。
「じゃあ行ってくるよ。すぐ戻るから三十万マルク用意しておいてくれ」
「はい。いってらっしゃいませ」
受付の女性の丁寧なお辞儀に見送られ、俺とパンドラとマリアもギルドをあとにした。
「ヘキサ湿原てどこにあるんだ?」
歩きながら訊くと、
「この町のすぐ西側にある湿地帯がそうさ。今まさに向かってるところだよ」
パンドラが答えた。
その言葉通り、しばらく歩くと足元がぐちゃぐちゃにぬかるんできた。
ヘキサ湿原とやらに入ったらしい。
「ねぇパンドラ、わたし大王ウミウシガエルって見たことないんだけどどんなモンスターなの? わたしカエルってほんのちょっとだけ苦手なんだけど……」
キャットが隣を歩くパンドラを見上げる。
「実はあたしも知らないんだよ。でもBランクの依頼だからあたしたちなら問題ないだろうと思って引き受けたんだ」
「私は戦ったことありますけど強さ自体は大したことはなかったですよ。ただ――」
「おいみんな、あれを見ろ!」
マリアの話をさえぎりパンドラが叫んだ。
パンドラが指差す先には……何もいない。
「何よパンドラ、脅かさないでよ。何もいないじゃない」
「違う、何か変だ!」
俺は目を凝らしてパンドラの指差す方向を再度見た。
「ん? なんか今景色が動いたような……」
すると次の瞬間、目の前に突然二階建ての家くらいでかいウシガエルが出現した。
長い触角のようなものが二本頭から飛び出ている。
「おわっ!? どこから現れたんだこいつ!?」
「さっき言おうとしていたのですが大王ウミウシガエルは擬態が出来るんです」
マリアが落ち着いた調子で言う。
「つまり背景に溶け込んでいたのか。だからこの距離まで気付けなかったわけか」
パンドラは周りを見回した。
「よく見るとうじゃうじゃいるじゃないか」
パンドラが言うように大王ウミウシガエルが十体以上擬態を解いて姿を現した。
「擬態を解いたということは襲ってきますよ、パンドラさん」
「そうみたいだな。準備はいいかいマリア、キャット」
「はい」
「……」
キャットの返事がない。
「キャット?」
見るとキャットは地面に倒れていた。
「おいキャット、どうしたんだ?」
パンドラが揺すって起こそうとする。が、
「……」
起きる気配はない。気絶しているようだ。
「そういやカエルが苦手だとかなんとか言ってたな……」
そう言うとパンドラは、
「カケル、あんたはこの子を抱えて後ろに下がってな」
俺にキャットを預け、前を向いた。
「ここはあたしとマリアでやるから」
「カケル様はキャットさんを守ってくださいね」
キャットを抱きかかえた俺の前に立つパンドラとマリア。
「二人で大丈夫なのか?」
俺は訊ねながら後ろへと下がる。
「余裕さ、一人でも充分なくらいだよっ」
パンドラはぬかるんだ地面を強く蹴り、向かってきた大王ウミウシガエルの頭上に跳び上がると、脳天に剣を突き刺した。
「ゲグェェーッ……!!」
大王ウミウシガエルが声を上げ巨体を揺らした。
パンドラは剣を引き抜くと、別の大王ウミウシガエルに飛び移り、またも剣を突き刺す。
「ゲグェェェーッ……!」
二体の大王ウミウシガエルはそのまま地面に倒れ込んだ。
一方のマリアは「聖なる光よ……」と目を閉じながら何やら唱えている。
「……ホーリーマギカっ!」
目を開けると呪文のような言葉を発した。
その刹那、まばゆい光が残る八体の大王ウミウシガエルたちに一斉に降り注ぐ。
そして断末魔の叫び声を上げる間もなく、八体の大王ウミウシガエルたちはすべて消滅した。
……強い。規格外だ。
あっという間に二人で十体の大王ウミウシガエルたちをやっつけてしまった。
「お前たち……マジで強いんだな」
くるりとこっちへ向かってくるパンドラとマリアに俺は声をかけた。
「ふっ、だから言っただろう余裕だ――って危ないカケルっ!」
「後ろですっ!」
二人の声に反応し、俺は慌てて振り返った。
すると、背後には大きな口を開けた大王ウミウシガエルが今まさに俺とキャットを飲み込まんとしていた。
俺はとっさに抱えていたキャットを力の限り遠くへ放り投げると――次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
同時に全身がどろどろとした液体に包まれる。
マリアの奴、急に大声を出すのは非常識だとか言ってたくせに、自分だって今さっき出してたじゃないか。
などと考える余裕があったのもここまで。
あとから思うと幸運だったのは大王ウミウシガエルの消化液が非常に強力だったこと。
一瞬のうちに消化液によって俺の身体は溶けてくれた。
そのおかげで、俺は痛みを感じる間もなく死ぬことができた。