第12話
知り合いの奴隷商人に奴隷たちを引き渡したパンドラは、俺を連れて最初の町まで戻ると防具屋に入っていった。
「おばさん、こいつに似合う服を何かみつくろってくれないか?」
「おお、パンドラじゃないか」
顔なじみらしい防具屋の女店主が顔を出す。
俺は女店主に試着室へと通された。
「とりあえずこれとこれとこれを着てみなよ」
「はぁ、どうも」
俺はパンドラの勢いに負けてパンドラの冒険者仲間になることになってしまっていた。
なあ、宇宙人。冒険者って具体的に何をするんだ?
すると、今まで黙っていた宇宙人が口を開く。
『冒険者とはモンスター退治などの依頼を受けて、その報酬で生活する者たちのことだ』
だとしたら俺はやっぱり足手まといじゃないか。
「奴隷商人はきっぱりやめてきたよ」
「おお、そうかい。じゃあ今度こそ本腰入れて冒険者になることにしたのかい」
試着室の外からパンドラと女店主の話し声が聞こえてくる。
「でもパーティーに入れる男はどうするんだい。お前さんは男を見る目がないからねぇ。あいつ、なんて言ったっけ? 前にマリアちゃんにちょっかい出した奴」
「グレイか? あいつは口先だけのクズだったな」
「ほらあと、道具の売り上げ金ちょろまかした奴もいただろう」
「ザンザだな。あいつは腕は立ったんだが、やはりクズだった」
「他にも――」
「もういいだろう、あんな奴らのことは。それよりそこのカケルを見てやってくれ。そいつがあたしたちの新しい仲間なんだからな」
「ん、あんな貧相なのが仲間なのかい? それを早く言っとくれよ。裸足で薄汚れた麻の服なんて着てるからあたしゃてっきり旅に連れていく奴隷かと思っちまったよ」
奴隷だと、ばばあ。
……まあたしかに、鏡に映る俺の姿は奴隷そのものなのだが。
「おーい、カケル。着替え終わったか?」
「いや、まだだ。もう少し待ってくれ」
俺は急いで麻の服を脱ぐと、女店主が渡してくれた服に着替えて試着室を出た。
「おお、なかなかいいじゃないかね」
「カケル、見違えたぞ」
新調したTシャツもズボンも靴も、軽いわりに頑丈そうだった。
「いいのか? 本当に買ってもらっても?」
「構わないさ、仲間なんだからな。それにこいつが高く売れそうだしな」
パンドラは腰に差したガーゴイルから奪った剣を指差した。
「じゃあまた来るよ」
「あいよ」
防具屋を出て今度は武器屋へと向かう。
その道すがら、俺はパンドラの服装をあらためて後ろから見た。
やはり肌の露出が多い。
尻なんて半分出てるようなもんだぞ。
「なあ、パンドラ」
「ん? なんだ?」
前を歩くパンドラが振り返る。
「その服なんなんだ?」
「なんなんだってなんだ? これは女戦士用のビキニアーマーだ。かなり値が張るんだぞ」
「でも守れる面積が少なくないか?」
「その方が気合いが入るだろうが」
よくわからん理屈だが、本人がいいと思っているのならこれ以上は口にすまい。
「三つで七万五千マルクってとこだな」
武器屋の主人が言った。
「じゃあ剣二つとこの鋼鉄のムチを売るよ」
パンドラはガーゴイルから奪った剣を一本手に取り、代わりにムチを腰のベルトから外すとカウンターに置いた。
「おい、それ売っちゃうのか? お前の武器だろ」
「あたしはもともと力に自信があるからな。ムチよりも剣の方がいいと思っていたんだ」
そう言いながら剣を軽くひと振りしてみせる。
「そうなのか」
まあそう言われればそうか。
なんとなくだがムチは非力な女性が使う武器っぽいイメージがあるもんな。
「カケル、あんたは武器はどうする? ナイフくらい持っておくか?」
パンドラは俺を見下ろし訊いてくる。
う~ん、どう思うよ? 宇宙人。
『カケルは攻撃力がわずかしかないからな、その程度の武器では持っても持たなくても変わらないと思うぞ』
へーそうかい、よくわかったよ。
「カケル?」
「俺は戦闘ではまったく役に立たないから必要ない」
俺が武器を持っていても豚に真珠。金の無駄遣いだ。
自分で言ってて嫌になるが。
「それかこのガーゴイルの剣を使うか? あたしとお揃いだぞ。ちょっと持ってみろっ」
「おう……って重っ!?」
パンドラが片手で軽々と振っていた剣は俺が両手で持っても肩より上に持ち上げられない。
「なんだ、カケルは大袈裟だな」
「い、いいから、パンドラ早く持ってくれ。マジで重いっ」
「わかったよ。じゃあカケルは武器はいらないな」
「あ、ああ。それでいい」
なんだったんだ、あの異常な重さは……。
三十キロくらいあったんじゃないか。
武器で強化しようにも持てないんじゃ話にならないぞ。
『カケルは力が貧弱だから攻撃力の高い武器は基本扱えないだろうな』
「そういうことは早く言えよな」
「ん? 何を早く言えって?」
「あー、なんでもない。気にするな、ただの独り言だ」
頭の上にはてなマークを浮かべるパンドラをよそに、俺はひと足先に武器屋を出た。
「ちょっとそこのお若いの、こっちへ来んさい」
一人で武器屋を出たところで、俺は通りの向かい側に座っていたおばあさんに声をかけられた。
俺を見ながらひょいひょいと手招きしている。
風貌から察するに占い師っぽいが……。
「はい、なんですか?」
「わしゃ占いを生業にしとるもんじゃがお主を見てしんぜよう」
やっぱり占い師か。
「あの、悪いんですけど俺、金持ってないんですよ」
「ただでいいわい。これはわしの趣味みたいなもんじゃからのう」
さっき生業にしてるって言わなかったか?
大丈夫かこの人?
「ほれ、右手を出しなされ」
「はぁ、じゃあ……」
言われる通りに俺は右手をおばあさんに見せた。
「ふむふむ……お主、女難の相が出ておるのう」
「女難ですか?」
「そうじゃ。いや待つのじゃ、それだけではないぞ……なんとっ、お主死相も出ておるぞ。ん? どういうことじゃ? この死相は……?」
俺の手にぐっと顔を近づけ目を見開くおばあさん。
「お主すでに一度死んでおる……? いや、わしは何を言っておるのじゃ、そんなことあるはずが、いやしかし……」
おばあさんは首をひねりながらぶつぶつと言っている。
このおばあさん、俺の素性を見抜いている……?
とその時、
「何してるんだ? カケル」
横からパンドラが覗き込んできた。
「すいませんおばあさん、どうもありがとうっ」
「あっ、こら待ちんしゃい。まだ終わっとらんよっ……」
俺はおばあさんから手をひきはがすとパンドラを連れ、逃げるようにしてその場から離れた。
「あのおばあさん、何か言いたげだったぞ。いいのか?」
後ろを振り返りながら歩くパンドラ。
「ああ。気にするな」
俺が一度死んでいるなんてパンドラが聞いても混乱するだけだからな。
あのおばあさんが占い師として優秀であることは間違いないだろう。
ということはだ、女難の相も……。
「カケル、そういやあんたには言ってなかったが他の冒険者仲間はすでにみつけてあるんだよ。これからそいつらを迎えにいくぞ」
「なあ、そいつらってもしかして……女か?」
おそるおそる訊ねると、
「はっ、何を今さら。決まっているだろう、二人とも女だよ」
パンドラは白い歯を見せ、にやりと笑った。
「ここに冒険者仲間がいるってのか?」
「ああ、一人目の仲間はここにいる」
「って言ってもなぁ……ここは教会だろ」
俺は年季の入った教会をパンドラと二人、見上げていた。
「ああ。それがどうかしたか?」
パンドラが俺を見下ろす。
「冒険者ってモンスターと戦ったりもするんだろ。そんな危険な仕事をシスターがやるっていうのか?」
「マリアはシスターだがそこいらのシスターとは格が違う。冒険者からも一目置かれている存在だよ」
「ふーん。マリアっていうのか、そいつ」
「じゃああたしが行って連れてくるからカケルはここで待ってなよ」
一人で教会に入っていこうとするパンドラ。
「俺も行こうか?」
教会なんて入ったことないから一度くらい中を見てみたい気もする。
そう思ったのだが、
「いや、それは駄目だ」
パンドラが手で俺を制した。
「なんでだよ」
「ここは女しか入れない教会なんだ。だからあんたは入ることは出来ない」
「……もし入ったら?」
「命が惜しくないなら入ってみな」
爽やかな顔で言う。
そう言われると余計入ってみたくなるが、俺だって命は惜しい。
たとえ死んだら生き返れるとしてもだ。
「わかった。ここで待ってるから行ってこいよ」
「ああ、すぐ戻る」
教会の大きな扉を片手で開け、中に入っていくパンドラ。
「マリアって奴が仲間らしいな」
『そうだな』
宙に向かって話しかけると、宇宙人の声が聞こえてきた。
「どんな奴なんだ? どうせお前は知ってるんだろ」
『まあな。だがしかし、僕が説明しなくともすぐ会えるだろう』
「そうだけど、性格くらい知っておいた方がスムーズに進むだろうが」
『まあいいが』
宇宙人は続ける。
『マリアは生真面目な性格だから嘘が大嫌いだな。それと男のことが苦手だ』
「マジかよ。よりによって男が苦手な奴とパーティーを組むのか」
すると教会の扉が内側から開いた。
中からはパンドラと、その後ろに隠れるようにして一人のシスターが出てきた。
「マリア、あたしの背中に隠れてないで自己紹介しなよ」
「え、ええ。わかりました」
そう言って、シスターが一歩前に出てくる。
「カケル様、私はマリアと申します。年齢は二十一歳です。特技は回復魔法と神聖魔法です。よろしくお願いいたします」
頭を下げるマリアとやら。
言葉遣いこそ丁寧だが、俺を見る目は汚物を見るような侮蔑した眼差しをしていた。
男が苦手っていうより嫌いって感じに見える。
パンドラがマリアの背中をばしっと叩く。
「マリアはこう見えてレベル297だ。体力と力以外はあたしより上だよ」
「297っ!? なんでシスターがそんなにレベル高いんだよっ」
「高いといけませんか?」
マリアが目を細めた。
「いや、そんなことはないが……」
「そうですか、ではいきなり大きな声を出さないでください。非常識です」
「あ、ああ。悪い」
うーん……俺、こいつ苦手だな。