第10話
「なあ宇宙人。スライムのレベルはいくつなんだ?」
『カケルと同じくレベル1だ。最弱モンスターだからな』
「なるほどな。そうとわかれば……」
俺はスライムを左手でがしっと掴み上げると、右手で思いきり殴りかかった。
「おらぁっ!」
ニヤニヤしているだけのスライムの顔面をこれでもかと殴り続ける。
「おらおらおらおら…………おらぁっ!」
『カケル。なんだか弱い者いじめに見えるが』
「いや、そんなことはないぞ……はぁはぁ、これはレベル1同士の正々堂々とした対等な勝負だ……」
『ふむ、そうなのか』
感情の乏しい宇宙人の声が返ってくる。
そんなことより、
「こいつ、はぁはぁ。結構タフだな……」
俺は殴り疲れてしまっていた。
スライムの体は弾力があって、俺のパンチが跳ね返ってくるので、手応えがないのだ。
そのため、ダメージを与えられているのかいないのか、いまいちわからない。
「おい、宇宙人……こいつ、俺の攻撃効いてるか……?」
『さあ、わからないな』
「お前がこの世界に俺を飛ばしといて、わからないなんてことあるのか?」
『僕は神ではないからな、わからないことも当然あるさ』
大事な時に使えない奴だな、まったく。
スライムってたしか最弱モンスターのはずだよな。
それなのに、こっちが疲れるほど殴っても倒せる気配がまるでないんだが、これは一体どういうことなんだ?
すると、今まで受け身一辺倒だったスライムが突如動いた。
ぐにゅ~っと体を変形させ、口をカバのように大きく開けたかと思うと、次の瞬間、俺をばくっと飲み込んだ。
「ごぼっ……!?」
スライムの体に全身が包まれてしまった。
なんだこれっ!? い、息が出来ないっ!!
スライムの体の中は、半液体のような感触になっていた。
手足をばたつかせてもがくが、スライムは俺の体をすっぽり覆いつくしてしまっている。
宇宙人っ、なんとかしてくれっ!
俺は心の中で叫ぶ。が、
『そう言われてもな、僕にはどうすることも出来ないぞ』
淡々と返す宇宙人。
ヤバいっ、このままだと死ぬっ!
『安心しろカケル。カケルは僕の手によって何度でも生き返れる体に改造済みだ。だから安心して死んでくれ』
安心なんて出来るか、くそ宇宙人っ。
駄目だ、マジで限界だ、頼むなんとかしてくれっ!!
「ごぼごぼっ……!!」
『悪いなカケル。だが死んでも死に戻れるから、この経験を生かして次こそは頑張るのだ』
死に戻りっ? なんだそりゃ!
ふざけん――死っ……!!
「ごぽっ…………」
――――
――
気が遠くなっていったかと思った次の瞬間、俺はどさっと地面に落ちた。
「ぐはぁっ、いってぇ……って。はっ、ここは……?」
顔を上げると、
「きゃあっ!」
すぐそばにいた女性が俺を見て悲鳴を上げた。
「お、おいおい、マジかよ……」
気付けば俺は、全裸でさっきまでいた町に倒れていた。
……どうやら、これが宇宙人の言っていた死に戻りってやつらしい。
『カケル、何か問題はあるか?』
落ち着いた口調で話す宇宙人の声が、俺の頭の中に届いてくる。
俺は立ち上がると宙に向かって声を上げた。
「ねぇよ。今さっきスライムに殺されたことを除けばだがなっ!」
『カケル、もしかして怒っているのか? 僕が言った通り死んでも最初からやり直すことが出来ただろう?』
「俺は溺死したんだっ。すげー苦しかったんだぞっ!」
『それはカケルがパンドラから逃げたりするからだ』
「いや違うね! お前が俺をこんな世界に飛ばしたせいだっ!」
『ふむ、意見の相違ってやつだな』
「アホかお前っ。俺の攻撃が全然効かなかったんだぞっ。どうすんだこの先、俺はスライムすら倒せないのにどうやってレベルを上げたらいいんだよっ!」
一人叫んでいると、
「ねぇ、おじさん。さっきからお空に向かって何を言っているの?」
風船を持った少女が俺を見上げていた。
「俺はおじさんじゃない、お兄さんだ。ちょっとあっち行っててくれ」
しっしっと少女を追い払う。
俺は今生きるか死ぬかの大事な話をしているんだからな。
すると少女は「うっうっ……」と目に涙を浮かべてから「うわ~ん!」と猛烈な勢いで泣き出した。
風船が空に飛んでいく。
「こらちょっと、泣くな。泣かないでくれっ」
「うわ~ん!!」
この少女の泣き声を聞きつけたのか、警官が駆けつけてきて、
「この変態不審者めっ、逮捕だっ!」
と俺を地面に押し倒し後ろ手に手錠をかけた。
「待ってくれ、俺は変態じゃないし不審者でもないっ! 全部宇宙人が悪いんだっ!」
「宇宙人だとっ? 何言ってる、この変態不審者がっ!」
話は聞き入れてもらえず、俺はさっきと同様、全裸で警察署に連行され、そのまま地下牢に入れられてしまった。
強面の看守が鉄格子の隙間から俺を無遠慮な目でじろじろと覗いてくる。
こいつはさっき俺をパンドラに売り飛ばした悪徳看守だ。
ここまでは一周目と同じ状況。
だとしたら次に現れるのは……。
その時、カツンカツンと階段を下りてくるハイヒールの音が聞こえてきた。
「やっぱり……」
奴隷商人パンドラが俺の目の前に立った。
露出度の高い服を纏いムチを持つその姿はハリウッド映画から飛び出てきたような華々しささえある。
「パンドラ」
俺のつぶやきにパンドラは目を見開いて、
「おや、あんたあたしのことを知ってるのか?」
俺を見下ろす。
ハイヒールを履いていなくてもこの女は俺よりかなり背が高い。
「ああ、奴隷商人パンドラだろ。俺を三万マルクで奴隷として買い上げに来たってとこだよな」
「ふっ。面白いなあんた……そうしようと思っていたんだが気が変わったよ」
言うなりパンドラは看守に目を向けた。
「こいつ十万マルクでもらうよ。とっときな」
札束を看守の胸に叩きつける。
「おっ、いいのかよ。こんな奴に十万とは相変わらず景気のいいこったな」
「いいからさっさとこいつを出してやりな。そんであんたはこいつを着な」
パンドラは看守にそう指図した後、鉄格子の間から俺に麻の服を投げてよこした。
「ほら出られるぜ。パンドラのお眼鏡にかなってお前も運がよかったな。いや、悪かった……かな。まあオレにはどうでもいいことだがな」
値段こそ違ったが俺はまたもパンドラに買われた。
そして檻から出された俺は警察署をあとにしたのだった。
「何してんだいっ?」
「いってぇ!」
警察署の前に止めてあった馬車の荷台に乗りこもうとするとパンドラが俺の肩をむんずと掴む。
女のくせにゴリラみたいに力が強い。
「なんだよ。俺はここに入ろうとしただけだぞ」
俺は荷台の檻を指差した。
檻の中には奴隷たちが隅の方で身を寄せ合っている。
「違う、あんたはこっちだよ」
「あっ、おいっ、放せっ……」
パンドラは俺の体を軽々と持ち上げると馬車の御者台にどすんと下ろした。
そしてパンドラ自身も俺の隣に腰を下ろす。
「おい、どういうことだ? 俺は奴隷としてお前に買われたんじゃないのか?」
隣に座るパンドラに顔を向けると、
「買ったことは買ったが奴隷としてじゃない」
とパンドラが返す。
「にしては奴隷みたいな服を着せられてるんだがな」
俺は麻で出来た服をこれみよがしに引っ張ってみせた。
「あー、悪いね。手近な服はそれしか持ってなかったんだよ。後でちゃんとしたのを買ってやるさ」
笑顔を俺に向けてくる。
やけに親切で逆に不安になる。
「あんた名前は?」
「……カケルだ」
「へー、カケルか。変わった名前だな」
お前よりマシだ。
「カケル。あたしは金はあるし人脈も人望もあるつもりだ。だが、こと男運には恵まれてなくてね」
「……何が言いたいんだ?」
身の上話でもするつもりか。
「あんたはあたし好みのいい面構えをしている」
言いながら手綱を持つ手を持ち替えて、もう片方の手で俺のあごをくいっと持ち上げる。
「おい、触んな」
「あんたはあたしが買ったんだ。所有権はあたしにあるんだよ」
「知るか」
お前が勝手に悪徳看守に金を払っただけだろ。
……まったく、勘弁してくれ。