星のクオリア4
ガレスは近くの町までオニキスを送り届けた後すぐ別れる予定だったのだが……いくら本人が平気とは言え、裸に毛布一枚羽織っただけの女の子一人を街中に置いてそのまま去っていくのは、あまりにも後ろ髪が引かれる行為だ。
それには先ず、服を着る気が無いオニキスを説得する必要があった。
「とりあえず服を着てくれ、頼む!脱げたらそのまま捨ててもいいから!」
なんとかオニキスを説得しようとしてるガレスには必死だった。
ガレスは何故自分が出会って間もない、よく知らない女の子にこんな事を頼まなければならないかという気持ちだったが、だからといってそれはガレスの性分が許さなかった。
「……なぜ貴方がそんなに必死になるのです?」
オニキスは不思議そうに首を傾げた。
オニキスの疑問はある種当然と言えなくもないが、そんな事を言われたらガレス自身も何故自分がこんな事をしているのか分からなくなってくる。
だがここまで来てしまったら、ここで引き下がる訳にはいかない。
「街中にすっぽんぽんの女の子置いて行くなんて、俺が見てられないんだよ!」
「まあ、そこまでいうのなら……」
という訳で、ビッグスカボロウに到着した二人はすぐに服を買う事になった。
二人が訪れたのは服の専門店という訳では無く、服も売っているという、いわゆる雑貨屋だ。
本当ならガレスとしても、もっといい店にオニキスを連れて行ってやりたが、お財布が厳しいのだからしょうがない。
オニキスには一時的にガレスの替えのTシャツと短パンを貸しているが、無論サイズも合わないし、そもそも男物だしで、どうしても浮いた感じになってしまっており、店内ですれ違うヒトビトがすれ違い様に怪訝な視線をオニキスに送っている。
オニキス本人は全く気付いていない様子だったが、ガレスは気が気じゃなかった。
「ガレスさん、服を買う時は一体どういう基準で選ぶと良いのでしょうか?」
「俺もあんまり服に拘りがある方じゃないんだが……主に機能性で選んでるな、防水防寒とか丈夫とか動きやすいとか……女の子だとそうだなぁ、着てみたいと思える服とか、可愛い服を選ぶのもいいと思うよ」
「う~ん……かわいい、ですか。そういうのは正直ちょっとよく分からなくて……」
ガレスもオニキスの服選びに付き合おうかと少し思ったが、今日初めて会ったばかりでショッピングを楽しむ様な間柄でも無いし、せっかくだから旅の日用品の買い足しでもしておこうという事で、ひとまず二人は別々に店内を回る事にした。
しばらく適当に店内をブラついているガレスのもとへオニキスがやってきた。
なにやら淡い紺色のセーラー服の夏服に似ている服を着ていた。
「試着してみましたんですけど……どうでしょうか?」
そういってオニキスは服を見せる様にクルっと回って見せた。
その仕草に、ガレスは不覚にも少しどきりとしてしまうが、それをオニキスに悟られない様に平静を装いながらコメントする。
「え?セーラー服?」
「アドバイスを頂いた通り、自分で可愛いと思うものを選んだつもりなんですが……やっぱり変、でしたか?」
「ああいや、セーラー服ってのは海兵か学生の制服だからな。普段着というよりもコスプレに近いんだ、だから少し意表を突かれたというか……」
「へぇ~、そうなんですね」
オニキスは本当にセーラー服というものを知らなかったらしく、改めて確認するようにスカートの裾を指で摘まんだりして自分の着ているセーラー服を物珍し気に見ていた。
「それと……似合ってるし、可愛いと思うよ」
ガレスは気恥ずかしさを誤魔化す様に人差し指で鼻をポリポリ掻きながら視線をちょっと逸らした。
それを聞いてオニキスの表情がパッと明るくなった。
今まで服というものに興味が無かったオニキスだったが、自分の服を褒められるのは初めて感じる類の嬉しさだった。
「ふふ、ありがとうございます……おしゃれというのも存外悪くないですね」
新しい服に浮かれるオニキスは、先程までの印象と打って変わって年相応の普通の女の子そのものだった。
それよりもなによりも『服を着てくれてよかった』という割とレアな安堵感がガレスの胸を一杯にしていた。
結局オニキスは安いコスプレ用のセーラー服を買う事にした。
そして服を買い終わる頃にはランチタイムになっていた。
「もう昼か、何か食べに行きたいな……せっかくだ、オニキスさんも一緒にどうだい?」
「流石にそこまでして頂く訳には……」
「まぁまぁ、俺に付き合うとおもってさ、頼むよ」
ガレスは半ば強引にオニキスは昼食に連れ出すと、近くのハンバーガー店に入る事にした。
二人が入ったラッキーバーガーはゴールドマン財団傘下の普通のハンバーガーショップだ。
余談だがラッキーセットというメニューが人気が高い。
「……こういう場所で食事をするのも実は初めてなもので……少し緊張しますね」
「え?普段はどんなものを食べてるんだ?やっぱり普通のヒトとは違う、何か特別な食料とかあったりするのか?」
「いえ、私達クオリアも普通に食事は出来ますが……私はいつも支給される食料を食べているのがほとんどですね。手早く済んで、栄養補給が出来れば良いかなと……」
「へぇ~、ちょっと興味があるな、見せてもらってもいいかい?」
オニキスは耳飾型のキャスターを起動させると、いつも食べているという食料を一個取り出した。
出てきたのは味気の無いデザインの袋に入っている、一見普通のシリアルバーだった。
「どうぞ」
「ありがとう」
ガレスは袋入りのそれを手に取って裏側の説明を読んでみた。
成分や材料を流し見ても特におかしな所は見当たらなかった。
「なんだ、別に普通の栄養食じゃないか……って、毎食コレだと飽きないか?」
「先程も言った通り食事に関しては――っ!!ゴホッゴホッ!!!」
そこまで言いかけてオニキスは盛大にむせた。
「おいおい、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です……それよりこの飲み物は一体……?」
「何って普通のコーラさ……あ、もしかして炭酸は苦手だったか?じゃあ別の飲み物を……」
「いえ……」
さっきむせたばっかりだというのに、オニキスはストローでコーラを一気に吸い上げて喉に流し込んだ。
そして満面の笑みで言った。
「ぷぁっ……!コレ、凄く美味しいですね!」
「はは、そりゃよかった」
驚きと悦びが入り混じった、子供の様に純真なキラキラした笑顔だった。
思わずガレスも釣られて笑顔になってしまう。
「こんなに喜んでくれて、俺も嬉しいよ」
・・・
昼食の後は特に何事も無く、オニキスの身体の修復も完了したので二人はここで別れる事になった。
「じゃ、元気でな」
「今日はお世話になりました。今は訳あって先を急がねばならないのですが、また会う機会があったら何かお礼をさせて下さいね」
「なあに、困った時はお互い様ってヤツさ。俺もまた会えるのを楽しみにしてる……出来ればその時も服を着ててくれると助かるんだが……」
「ふふふ、善処しましょう」
訳アリだと言っていた彼女が何処へ向かうのかガレスには分からなかったし聞くつもりもなかったが、とりあえずは自分のしてやれる事は終わったと実感し、ガレスもホッと胸を撫で下ろしていた。
手を振って別れた後、ガレスは再び日常へと戻る。
(なんか面白い子だったな。さて……ちょっと半端な時間だが、今日はもう宿を探すとするか)