ほしをみるひと5
それはメタトロンにとって初めての経験だった。
『メタトロンを見送る』というマーカスの意図がメタトロンには全く読めなかったのだ。
マーカスという人間はかなりわかりやすい性格をしていて、行動パターンも単純、おまけに思っている事が顔に出やすい。
とはいえ、読心能力でも使えば直ぐにその答えを知る事は出来るだろうが、それは『面白くない』
なので代わりにメタトロンはマーカスに質問をしてみる事にした。
「一体どういうことだ、何か企んでいるのか?」
「そういう訳じゃないんだけど……ただ君と僕の関係に僕なりのけじめを付けたいというか、我儘を承知で言ってしまうと、君を宇宙に送り出す役目を僕以外の誰にも渡したくないんだ」
「……それは私自身にもか?」
「うん」
「本当にお前は昔から変わらないな……我儘で泣き虫な子供の頃、そのままだ」
「……ごめん」
「わかった……それで?私はどうしたらいい?」
「ありがとう、メタトロン」
「なに、待つのには慣れている。元々予定には余裕を持たせてあるが……そうだな、期限は一ヶ月。それ以上は待たないぞ?」
「わかったよ、まかせてくれ」
「それにしても……一体どうやって私を持ち出すつもりなんだ?今や私はセカイ的に重要な研究対象だぞ?いくら君がこの研究所の所長だといっても、そんな権限は持ってないし、セキュリティを掻い潜って私を持ち出すなんて不可能だろう?」
これは別にマーカスに限った事ではなく、傭兵都市グラングレイの支配下にあるマテリアル研究所の警備システムは世界でもトップレベルに厳重で、伝説の大泥棒でもない限りメタトロンを研究所から持ち出す事は出来ないだろう。
「君を持ち出して運ぶのはクオリアの……オニキスに頼もうかと考えているんだ」
「……オニキスか、キメラ化に成功したクオリアの中では一際真面目な子だったと記憶しているが……彼女になんと言って協力を仰ぐつもりなんだ?」
「本当の事を言っても理解してもらえるとは思えないし……多分、騙す事になるだろうなぁ」
「おいおい……それに成功したとして、今後の君の立場はどうなる?私を紛失したとなれば、管理責任を問われるぞ?」
「この立場も君にもらったモノさ……そういった諸々も君と別れるこの機会に清算するよ。僕は今までの全てを賭けて、君を宇宙へ返すつもりだよ」
「マーカス、私はただ地球から旅立つだけだ。何もお前がそこまでする必要はないだろう?」
「悪いけど君の気持ちとは関係なく、ただ僕がそうしたいんだよ……僕がメタトロンに護られてるだけの奴じゃないって、誰よりも自分自身に証明したいんだ」
メタトロンとマーカスは子供の頃からの付き合いだったが、ここまで本気になっているマーカスをメタトロンは見た事がなかった。
メタトロンは驚き、その熱意に気圧された。
「わかった、そこまで言うならやってみるといい……全く人間というのは変な生き物だよ」
・・・
一か月後、深夜、マテリアル研究所の所長室。
この日、マーカスは日中の仕事を終えた後、所長室で仮眠を取った。
昔に比べて体力がなくなったせいなのか、最近は眠くなる頻度が多くなった。
所長専用の高級な椅子をリクライニングさせて、毛布を一枚かけて眠り始めたマーカスは外が真っ暗になってから、ようやく目を覚ました。
時計を確認すれば既に23時を回っていて、ここは街から近いとはいえ外に出れば危険な野生のモッドが出没するかもしれないし、もう家に帰るには遅すぎる時間だ。
(うーん、寝すぎた……仕方ない、今日は研究所に泊まるか……)
マーカスは研究所に泊まりになるという旨のメールを家族に送り終えると、大きく背伸びをした。
硬くなっていた身体の節々からパキパキと音がする。
今まで寝ていたせいで妙に目が冴えてしまい、すぐに二度寝という訳にはいきそうにない。
それに夕飯も食べてないので腹も減ってきた。
今の立場になってからは滅多にしなくなったが、昔は徹夜なんてザラだった。
夜の過ごし方ならよく知っている。
(まあ、適当に朝まで過ごすか……)
・・・
翌朝、丁度太陽が昇り始めた頃、いつのまにか寝ていたマーカスは自身の携帯電話の呼び出し音で目が覚めた。
(誰だい、こんな朝っぱらから……)
睡眠を遮られた事に若干苛立ちを覚えつつも携帯端末に目をやると、非通知では無いが見覚えの無い番号からの着信だった。
少し不審に思いつつも不思議な予感めいた感覚におされて通話ボタンを押すと、電話の向こうから聞こえてきたのはマーカスの人生において肉親の次に聞き慣れた親友、メタトロンの声だった。
機械的なのに真面目なのか、ふざけているのかイマイチ分からないのに、マーカスを幾度と無く助けれくれた、ちょっと変わった大切な友達の声。
「おはようマーカス……道中何度も失敗しそうになっていたが、オニキス達のおかげでどうにか無事出発出来そうだ」
「上手くいったみたいだね、僕に任せて欲しいなんて大見得切っておいて、結局ほとんどヒト任せになっちゃっけど……」
「君にしては上出来だったと思うがね……それはそうと、最後の挨拶をしようと思ってな」
「いよいよ出発か…………君には無用の心配だろうけどさ、どうか元気でね……今まで本当にありがとう」
「君も息災でな、この惑星で過ごした記憶は、私が宇宙の涯まで持っていこう……マーカス、今度は泣かないんだな?」
「そりゃそうさ、僕だっていつまでも子供じゃない」
「…………そうだったな、ではさらばだ、友よ」
そうしてメタトロンとの通話は切れた。
今の番号に電話を掛けなおしても二度とメタトロンに繋がる事は無いだろう。
マーカスは無言のまま仮眠室を出て研究所の屋上へとやってきた。
そこで星空を見上げるてから、震えた声で小さく「ありがとう」と独り言ちた。
何度も彼に助けられ、何度も口にしてきた感謝の言葉も、遂にこれが最後なる。
空には今地球に再接近している話題になっている黒色彗星と、それに寄り沿うように白い彗星が宙を流れているのが見えた。
・・・
久しぶりに地球の重力から解放されたメタトロンは、実に四千年ぶりに宇宙空間に出た。
四千年という時間は人類にとってみれば、いくつもの文明や国が滅ぶような途方も無い時間だが、メタトロンにとってそれは邯鄲の夢程度に過ぎないものだ。
(やけに久しく感じるな……)
メタトロンがそう思うのは、今回立ち寄った星では珍しく出会いと別れがあったからかもしれない。
(……少しアイツに感化されたかな?)
メタトロンが別れたばかりの友人の顔を思い浮かべながらボーっと宇宙空間を漂っていると、いつの間にか待ち人がすぐそこまで来ていた。
(よぉ兄者、観光はもういいのか?)
メタトロンの待ち人の名前はサンダルフォン。
彼はメタトロンの弟であり、今地球で話題の天体ショー『黒色彗星』そのものでもある。
(あぁ、楽しかったよ……今回は良い友人に恵まれたからな、格別だった)
白と黒の二つの彗星は並んで宇宙の涯を目指す。
(珍しいな、俺達と対等になれる奴が居たか?)
(……いや、最初から最後まで我儘で泣き虫な子供みたいなヤツだったよ)
(なんだよそりゃ……兄者は相変わらず物好きだよなぁ)
(我等に時間はほぼ無限にあるんだ、物好きな位で丁度いいと思うがね)
(続きは道すがら聞かせてくれよ)
(わかった。父上も首を長くして待っている事だろうし、そろそろ出発するか)
(わかってんのに寄り道すんだもんな、兄者は……)
並んで宙を進む二つの星は、やがて無限に広がる宇宙の闇に消えていった。
ほしをみるひと 終わり