ほしをみるひと4
いよいよその日はやって来た。
メタトロンに予言されていた第三次世界大戦の結末、人類の顛末ともいうべき滅び。
後の世に『償いの日』と語り継がれる自業自得の大災害。
この日、地球に何が起こったのか知る人物はヘルメス・タリスマンとグラーフ・F・ツェッペリンの二人の天才科学者を除いた他には存在しないという。
勿論マーカスもその例に漏れず、実際に目の前で起こっている事が何なんのか全く理解出来なかった。
「一体なんなんだよ、これは……?」
マーカスの独り言にメタトロンがテレパシーで答えた。
メタトロンに明確な意思があり、会話が出来るという事をマーカスは家族にも秘密にしていた。
(実は私にもよくわからん)
(メタトロンにも分からない事があるんだねぇ……ところで僕はこれから一体どうすればいいのかな?)
(悪いがそれもわからん……私が見た確定した未来は『償いの日という大災害で地球が滅ぶ』という部分までだ)
(別の姿……?というかこれから先の未来もちょっと見てくれない?)
(確かにそれも可能だが……敢えて断ろう、それでは私の楽しみがなくなってしまう……だが私の力でこの家だけは護ろう)
(君も大概良い性格してるよね……でも僕にとってもそれくらいで十分だよ、ありがとうメタトロン)
(なに、気にするな)
今マーカスは自宅の二階から外の様子を眺めていた。
窓の外では地面がバラバラになって剥がれていって、次々と空に開いた何色か判別できない色をした穴にどんどん吸い込まれていっている。
マーカスの自宅はメタトロンの力で護られてたおかげで分解しなかったが、それでも一晩中、マーカスは自宅と一緒に地面も空中も無い様な不可解な空間を彷徨った。
あまりのどうしようもなさに言葉を失って呆然としている内に、家の中にいたマーカスと家族は皆気を失う様に寝てしまい、償いの日は終わった。
・・・
翌日、マーカス達が目を覚ますと外の様子は様変わりしていた……というかまるで本当の意味での別世界じみていた。
見える限りの地面に散乱した何処かの建造物の瓦礫、野生化した生物兵器群がそこら中に溢れており、何らかの力によって変形している地形……何処かもよくわからない場所に、不自然に無傷なままマーカスの自宅。
後の世の資料によると、償いの日には大規模な地殻変動が起きて地球上の陸地が合体した……と記されているが、実際にそれを目の当たりにした人々は「そんなものじゃなかった」と口を揃えて言うという。
確かに、空に地面が吸い込まれる地殻変動なんてあってたまるものか。
「僕、こんなセカイで生きていけるのかなぁ」
「その点については心配ない」
「……どうしてだい?」
「これからは忙しくなって、そんな事を考えてる暇は無いぞ」
「そうかもね……生き抜かなきゃ」
マーカス達だけではなく全人類……いや全ての『新人類』はこの様変わりした世界で生き抜かねばならない。
人類が今まで築き上げた電気やガスのライフラインは無く、それどころか備蓄した食料だって無限にある訳ではない。
旧人類が忘れていた、生き抜くためだけの『やるべきこと』が全のヒトの眼前に高く山積していた。
・・・
戦後、どうにかこうにかマテリアル研究所を再興したマーカスに強く求められたのは乱れる治安、野生化したモッドにより厳しくなった自然環境を生き抜くための強い力だった。
そこでマーカスはかつて知り合った二人の天才、ヘルメスとツェッペリンから受け取ったキメラの研究データから獣性細胞を用いてメタトロンをキメラ化する事を思いついた。
「私の体を分けて欲しいって?」
「かくかくしかじか……という事なんだ、多分君の身体の一部を使えば強力なキメラが出来ると思うんだけど、どうかな?」
「驚いたな……まるで研究者みたいじゃないか。君のソレは『でっちあげ』だった筈だが?」
「いやいや、確かに僕は君に言われた通りにしてきただけの偽物だけどね……それでも長くやってればそれなりに覚えるものさ」
「そういうものか……構わないぞ、ホラ」
言うが早いか、メタトロンから色とりどりの小さい石がザクザク湧き出して来た。
「ちょっとちょっと!いきなり多すぎるって!」
なんの脈絡も無く大量に湧いて来た石の海で溺れそうになりながらマーカスが慌てふためいた。
慌てるマーカスの姿が面白くて、メタトロンは暢気に笑っていた。
「はっはっは」
「いや、はっはっはじゃなくてさ……ところでこれ全部使えるのかい?」
「あぁ、勿論私よりは力は劣るが、全て私の力の一部が込められたレプリカだ」
マーカスは大量にある石の内の一つを拾い上げて観察してみた。
「……なんだか宝石みたいだねぇ」
「一応私も分類上は鉱物だからな、だが勿論それらに宝石としての価値は無いぞ?」
「わかってるよ……うーん」
「どうした?」
「あぁ、この分身達の名前どうしようかと思ってさ」
「名前なんて適当に付ければいいんじゃないか?」
「いやいやいや……イメージってのは案外大事なんだよ、僕達ヒトにとっては特にね」
「面倒だなヒトは……人類から多少進化した所で、それは相変わらずか」
その後、マーカスは石の命名の為に辞書を引いたりネットで調べたりして悩み抜いていたが数日後、メタトロンの居る部屋のドアが勢いよく開かれると、珍しく興奮した様子のマーカスが入って来た。
「メタトロン!ついに石の名前が決まったよ!これから君の分身は『クオリア』って呼ぶ事にする!」
「ようやく決まったのか……クオリア?聞きなれない言葉だな」
「クオリアっていうのは『感じ』の事さ、宝石っぽい『感じ』だからクオリアさ!どうだい?」
「ふーん、良いんじゃないか?」
「……もうちょっと興味を持ってくれてもいいんじゃないかな、僕は思った」
「いや、最初になんでもいいと言っただろう?」
「えー?つれないなぁ……」
・・・
どうなる事か思われた世界だったが、あれよあれよいう間に七大都市が出来ると、それなりに社会の秩序というものがセカイに戻ってきた。
マーカスの作り出した鉱物生命体クオリアも治安の維持に一役買っていた。
石集めが好きな田舎の少年だったマーカス・ストーンランドも、この時に50歳を過ぎていた。
そんなある日、珍しくメタトロンが夜の人気の無い研究所にマーカスを呼び出した。
いつもはもっと気楽な口調のメタトロンには珍しく、今日はやけに神妙な雰囲気だった。
「マーカス、話がある」
「……なんだい、急に改まって。君がそんな風に言うと研究者になる前の事を思い出しちゃうよ、まさかまたセカイが滅びるとか言わないよね?」
マーカスはくつくつと思い出し笑いをした。
しかしメタトロンは相変わらず固い雰囲気のままだ。
マーカスは冗談を引っ込めてメタトロンの言葉を待った。
「…………」
「…………少し長居してしまったが、そろそろ出発しようかと思うんだ」
「…………………………………そうかぁ」
長い沈黙の後、マーカスは絞り出す様にそれだけ言うのが精一杯だった。
メタトロンは宇宙を旅する隕石、彼が出発するという事は地球を出て行くという事だ。
いつか別れの時が来る事は無論マーカスも覚悟していたが、人生の半分以上の時間を共に歩んできたマーカスにとって、どうしてもショックを隠しきれない。
マーカスは立っているのが辛くなり、おぼつかない足取りで椅子の近くまで歩み寄って大儀そうに椅子に腰掛けて、大きく息を吐いた。
「……なんとなく、別れが近いんじゃないかとは、僕も感じてはいたよ」
「……??君に心を読む力があるなんて初耳だが?」
真面目に驚いているメタトロンを見て、マーカスは小さく吹き出した。
「そういうのじゃないよ……何年一緒にやって来たと思っているのさ、心なんか読めなくたって……分かる事もあるさ」
「そうか、お前にとってはそうだったな……」
「……一つだけ聞いてもいいかい?」
「なんだ?」
「どうして今なんだい?」
「……お前が老いていくのをこれ以上見たくないんだ」
「…………!!」
メタトロンの言葉にマーカスは暫く言葉を失っていたようだったが、やがて泣くのを我慢している震えた声で笑った。
「ずるいよ、メタトロン……こんな年寄りを泣かそうとするなんてさぁ……!」
「私にとってはマーカスはいつだってマーカスのままさ……今まで世話になったな、君と居たおかげで私も楽しかった」
「うっ……ううっ……!」
マーカスは暫くの間、自分の嗚咽でまともに喋る事さえ出来なかった。
何か言葉をしゃべろうとしても、あふれ出る嗚咽がそれを邪魔してままならない。
しばらくしてから、どうにか落ち着いた後、マーカスはこんなことをメタトロンに提案した。
「君を見送る役目を僕にまかせてくれないか?」