ほしをみるひと3
こうして、なんやかんやあってメタトロンの説得で研究者になる事を決意したマーカス。
しかし研究者としては既に一般的なルートから外れてしまっているマーカスが研究者として認められるに至るまでの道のりは険しいもの思われた……が、それは正道で科学者を目指した場合の話だ。
一人と一つが目的の為にとったのは邪道、大学や正規の手順を通さないやり方だった。
それでも凡才のマーカスには果てしなく遠い道のりに思えたが、彼にはたった一つの力強い味方がいる。
味方がいるというだけで、人間は能力以上に頑張れたりするものだ……例えそれが人間でなくても。
・・・
先ずはアルバイトで生活費を稼ぐ傍ら暇を見つけてはメタトロンに教えて貰いながら論文を書きまくり、それを懸賞論文に応募しまくった。
実験の様子を撮影し、出来た動画をSNSや動画サイトに投稿、クラウドファンディングを呼びかけ法人を立ち上げ……とにかく個人で出来る事は全てやりつくしていた。
メタトロンもマーカスに協力し、メタトロン自身からエネルギーを生み出す方法をマーカスに教え、ある時は実験に協力し、ある時は未来視の力で災害をピタリと言い当てるなどして世間を賑わせた。
結局の所、世の中なんてものは過程と結果がごちゃごちゃの邪道でも、話題性と『それっぽさ』だけで食いついてくれるものだ。
それから一年後、マーカス達に案外早い転機が訪れる。
中国系複合企業の『煌鱗』がマーカスの立ち上げた法人に業務提携を持ちかけたのだ。
業務提携とは言うものの実際には規模が違いすぎる為、事実上の吸収合併だったがマーカスも煌鱗傘下の子会社の社長として働く事になるだろう。
マーカスは煌鱗からの待遇についてのメールを読み終えると歓喜した。
「こりゃ夢か……やったよメタトロン!こんな僕が社長だってさ!ハハハ!これからはアルバイトする必要もなくなる!」
「ああ、よくやったマーカス……正直君がここまで頑張るとは思ってなかった」
「見てくれよこの金額!手付金だけでこの額……ダイナーのバイトなんて何年やっても届かない……なんだかバカらしく思えてきちゃうよ」
「エッセンシャルワーカーの給料が安く、逆に必要の薄いエンターテインメントや投資家の方が高い報酬を得る……人間の社会構造はどうしても奴隷階級を作りたくてしょうがないらしい……だがマーカス、気を抜くなよ?」
「わかってるって!……メタトロンは心配性だなあ、それに他ならぬ君が付いていてくれるんだろ?」
「そうだが……これからが大事なんだ、世界大戦が起こると言ったろう?」
喜んでいたマーカスの笑顔が凍った。
以前にメタトロンが見せてくれた未来のヴィジョンを思い出したからだ。
その時に見た未来では世界大戦で貨幣が価値を失うと出ていた。
「あ、そっか……でもさ、紙幣が紙切れになって、暗号資産が全部消えるなんて……本当にそんな事が起こるのかい?」
「どうしたマーカス?今更私を疑うのか?」
「そうじゃないけど、メタトロンが見せてくれた未来の戦争と今の戦争じゃあ全くの別物に感じるんだよ」
この頃の戦争にはまだ空母やミサイル、戦闘機や戦車といった兵器達が主に使われていて、戦車を越える戦闘力を持つ超人達が白兵戦で殺し合うというメタトロンの話はマーカスには荒唐無稽に思えた。
「ああ、そういう事か……これから先の未来で君も会う事になるが……シンギュラリティの塊の様な男が二人、これから歴史の表舞台に現れるんだ」
「シンギュラリティの塊かあ……想像も付かないな、一体誰だい?今でもそれなりに有名な人かな?」
「二人の男の名前はヘルメス・タリスマンとグラーフ・フェルディナント・ツェッペリン、彼等が戦争のあり方を大きく変え、最終的に文明を滅ぼす」
「ええっ!?極悪人じゃないか!!」
「ところがそうでもないんだ……彼等は彼等の生み出した技術を他の人間達に悪用されて戦争に使われるんだ、そして自分達が戦争を止められない事を悟って文明を滅ぼす選択肢を選ぶ」
「なんかSF映画みたいな話だねえ……」
「君はまたそれか、全く何をのんきな……」
一年後、マーカスは若き天才二人が煌鱗に参加したというニュースを見る事になる。
ヘルメス・タリスマンとグラーフ・フェルディナント・ツェッペリン……以前メタトロンが世界を滅ぼすと言っていた二人だ。
ガッツリ未来を聞かされていたマーカスは大層悩んだが人類全員の運命という大きく重過ぎる物事に対して、凡人のマーカスは結局何もする事が出来なかった。
・・・
ヘルメスとツェッペリンが煌鱗に加入してから程なくして、メタトロンが言っていた戦争が起こった。
原因は至極ありきたりなもので、各国の首脳が一堂に集うサミットを完全武装したキメラ兵が襲撃したのだ。
事件の直後にとあるテロ組織が犯行声明を発表した事で世界は大混乱に陥る。
調査を進めていく内にテロ組織を裏で支援していた国家群が発覚、世界は再び二つの陣営に分かれて対立を深めていった。
後に『血のモスクワ』と呼ばれるこの事件は常人を遥かに凌駕した身体能力を持つキメラ兵の有用性がハッキリと世界に示された事件として、もうすぐ終わりを迎える人間の歴史に記される事になった。
マーカスがヘルメスとツェッペリンに直接会ったのはマーカスが38歳の時、煌鱗内の技術交換会で二人がマーカスが所長を務めるマテリアル研究所を見学に訪れた時だった。
若き天才とその名を轟かせている二人は、実に対照的だった。
ヘルメスが身なりのキチンとした秀才といった印象を受けるのに対して、ツェッペリンは恰好から何から全くもってだらしなく、一見すると只のチンピラにしか見えない。
研究所の案内が終わるとヘルメスが人当たりの良い気さくな笑顔でマーカスに話しかけてきた。
「施設の案内、誠にありがとうございますマーカス博士、とても有意義な時間になりました」
「天才と名高い君達の役に立てたなら、私も嬉しいよ」
ヘルメスが手を差し出したのでマーカスは両手で握手に応じた。
そんな和やかな雰囲気をぶち壊す様にツェッペリンが発言した。
「アンタは凡才みてーだが、目の付け所は良い……あの石、確かに未知の力を秘めているぞ……ヘルメス、もしかしたら『ゲヘナ』にも使えるかもしれんぞ?」
「ツェップ!口の利き方に気を付けろよ!……申し訳ありませんマーカス博士、彼も根はそれほど悪いヤツじゃないのですが……」
ツェッペリンの暴言をヘルメスが諌めようとするが当の本人はどこ吹く風だ。
「……もしかして今僕は彼に褒められたのかい?なんだい?ツンデレかい?」
ツェッペリンの代わりに頭を下げて平謝りしていたヘルメスが顔を上げて、目を丸くして驚いていた。
二人共そんな事を言う年上の研究者を初めて見たからだ。
彼等にとって年上のお偉い先生方というのは、権威主義で頭の固い気難しい老人達を指す言葉だったからだ。
若き天才二人はマーカスの出自を知らないのだから無理もない。
「え、どうしたの?そんなに驚いて……」
きょとんとするマーカスにツェッペリンが歩み寄ると、背中をバシッと叩いた。
「……ハッハッハ!気に入ったぜオッサン!俺ぁアンタを色眼鏡で見ちまってたみてぇだ!どうだい、今晩酒でも?」
「おお、いいね!ヘルメス君も一緒だよね?」
「……あー、ホントにいいんですか?マーカス博士?」
申し訳なさそうなヘルメスにマーカスは笑顔を返した。
「いいよいいよ、僕も君達に興味があるからね」