ゼノカリオン13
ゲヘナ達が休憩所として利用している静止軌道上の宇宙ステーション『高天原』には今、二柱のゲヘナが居た。
白い竜、天乾と黒い竜、艮領が向かい合う様に鎮座している。
二柱の間には淡く光る丸い球があって、それがジャックやヨン、ドリィにゲイズハウンド達のそれぞれの姿を映し出している。
ゲヘナ達が誕生したのは世界大戦の終結の日「償いの日」の筈なのに、なぜ彼らは過去に干渉出来るのか?
その答えはゲヘナが誕生した瞬間、地球の過去と未来、過程と結果は全てゲヘナのものになったからだ……しかしゲヘナ達は自分達の完全性を良しとしない。
自らを八体に分けて、更に自分達の力をある程度封印してまで『不完全』であろうとしている。
真なる『完全』に到達してしまった彼らだけは知っている……全知全能の存在が世界にしてやれる事は何も無いという事、そしてそれが耐え難い退屈を生む事も。
・・・
「う~ん……やっぱり人間は面白いねぇ」
天乾が唸った。
しかしその言葉はどこか他人事の様に軽く、まるで映画の感想で盛り上がってる様な口調だ。
「然リ」
艮領が短く応えた。
「だけど随分大盤振る舞いだよね、理まで与えちゃってさ……あのジャックって子に君の『職能』の一部を代行をさせる気なんだよね?もしかして相当なお気に入りなのかい?」
天乾は相変わらずの軽い調子で問いかけた。
天乾の言う『職能』とは、ゲヘナが自らの存在を八つに分けた時に艮領に割り振られた仕事の事だ。
艮領の職能は「生命の発生時から現在と未来を含めた地球上における全生命の生殺与奪」端的に言うと生き物を殺して数を調節する事によって、生態系のバランスをとっている。
ジャックが捕虜収容所のゴミ溜めで拾った大鎌『カリオン』は、昆領の受け持つ職能『死』という概念を物質化させたものだ。
ロストテクノロジー級を超えた、克ての人類すら知り得ないし、これからも到達しえないという完全なる未知の産物だ。
概念というのは本来、当然ながら形を持たない。
しかし何かの間違いで『世の理を超えて物質化した概念』それを指してコトワリという。
「我モ戯レニ興ジテミタダケノ事……特ニ深イ理由ハ無イ」
艮領は対照的に重々しい調子で答えた。
だがその内容を要約すると「なんとなく」というのはあんまりな話だ。
「またまたぁ……それにしても途中で艮ちゃんが出てくるとは思わなかったなあ……珍しく饒舌だったよね?」
天乾は無邪気にクツクツと笑った。
「戯レダロウト半端ハ好カヌ……アレハ、ソノ為ノ手間ヲ掛ケタマデ」
「君ってさ、結構真面目だよね……さて、一休みしたし、私もそろそろ仕事片してくるかな」
天乾は「よっこらせ」といった体で白鳥のような美しい羽を大きく広げた。
不可侵、荘厳、神聖……その様な言葉で讃えられるであろう天乾の羽は、万人が息を呑む程の美しさだった。
「じゃ、またね」
大きな羽を羽ばたかせて天乾が飛び立つと、少し後に艮領の姿も影の様に掻き消えた。
神が去った高天原に暫しの静寂が訪れた。