ゼノカリオン12
ジャックを抱きかかえたまま、シェオルは空中で自爆した。
おそらく成層圏あたりまで飛び上がってから自爆した筈だが、それでも爆発の衝撃で地表に居たドリィが後ろに三メートル後方へ吹っ飛ばされ、そのまま三回転がる位の衝撃波が捕虜収容所全体を襲った。
流石に建物まで壊れることは無かったがアンテナの何本かは折れたし、衝撃で発電設備のセーフティロックが働いて強制停止した為、収容所全体が一時的な停電状態になった。
ドリィは今回の件で収容所の所長として何らかの責任を取る事になるだろう……おまけに研究成果であるシェオルも、たったいまデカい花火になって木っ端微塵になってしまった。
彼の行いを考えてみれば自業自得と言えるだろうが、そんな言葉はドリィの辞書には載ってない。
ドリィは転んだ時にぶつけた頭をさすりながら、ゆっくり起き上がる。
「あいたたた……全く、何で私がこんな目に……」
ブツブツ文句を垂れつつ白衣の汚れを手で払いながら、ドリィは指輪型のキャスターを起動した。
するとキャスターが淡く光って亜空間から黒い乗用車を取り出した。
「これは今後の身の振り方を考えなければいけませんねえ……こんな失態を犯したとあっては、今度は私が収容所に送られてもおかしくありませんし」
ドリィは若干落ち込んだ様子で、ポケットのリモコンから車のエンジンを掛けてから運転席に乗り込んで車を発進させた。
収容所の構内はドリィ研究にも使えない程切り刻まれた無残な死体だらけだったが、ドリィはそれらを避けようともせずに車のタイヤで踏み散らかして進んでいく。
眉一つ動かさず平然と運転している事から、ドリィが本当に他人の命に興味が無いのだとわかる。
多分彼にとっては、こんなものは砂利道を運転してるのと大差無いのだろう。
・・・
収容所からかなり離れた、何処かの山のカルデラ湖の水面に、黒い物体がプカァ……と浮かんできた。
表面が真っ黒く焦げているそれは人の形をしていたが、ピクリとも動かない。
そのうち腹部から血に似た赤い液体が染み出してきて、これもまた人の形に成った。
赤い液体はヨンであり、つまりヨンが出て来たこの黒焦げの物体はジャックという事になる。
「ジャック!ジャック!」
ヨンは液体で象った手でジャックの顔をぺちゃぺちゃと叩き始める……と、そのうちジャックが目を覚ました。
「ん……?ああ、おはよう」
炭化した皮膚をパラパラと零しながらジャックが返事をした。
全身に大やけど……というか炭化しかけているというのに、ジャックは痛みや苦痛を感じていないどころか気していない様子だ。
目覚めたジャックは先程までの狂乱状態とはうって変わって気だるげな感じで、テンションが低かった。
祭りの後の静けさというやつかもしれない……彼の場合、同じ祭りでも血祭である訳だが。
「見てみて!すっごい沢山のきれーな水があるよ!?これなぁに!?」
ヨンはジャックとは対照的に未だにハイテンションだ……多分それは彼女の生まれ持った無邪気さであり、明るさなのだろう。
流石に身体を動かそうとしても無理だったので、ジャックは目だけをきょろきょろ動かして周囲を見た。
「うーん……水がしょっぱくないし、湖かな……」
「すごーい!」
「ヨン、今から泳ぐから身体の中に入っててくれるかい?向こうの岸まで行ってからゆっくりしよう」
「はーい、わかった~!」
そういってヨンはジャックの身体の中へと引っ込んで行った。
すると徐々にジャックの身体が修復されていき、5分後にはなんとか泳げる程度までは回復した。
しばらく無言で泳いで陸に上がった後、ジャックは身体を休める為に適当な岩へ腰を下ろした。
「……ねぇ、ジャックはこれからどうするの?」
不意にヨンがそんな事を聞いてきた。
「……勿論」
ジャックは穏やかな声で答えた。
「もっと沢山人を殺すよ」
結局の所、ジャックは未だに狂気に囚われたままだった。
彼は今まで戦士として勇敢に戦い、それなりの数の仲間と敵の屍を乗り越えて成長してきたが、それは綺麗に全て台無しになり、これからは利益や善悪といった下らない価値観にとらわれる事なく、ヒトを殺し続けるのだろう。
自分は正しい事をしたと、狂った嗤いをまき散らしながら。