ゼノカリオン11
しばらくすると、シェオルが動かなくなったジャックをドリィの元へ運んできた。
運び方は乱暴そのもので、ジャックの頭を異常に太い腕による万力じみた怪力で鷲掴みにしながら、地面をズルズル引きずりつつ、赤く生々しい血の跡を地面に描きながら歩いて来た。
シェオルはドリィから4、5メートル位離れた所で立ち止まると、そのままジャックを地面に放り投げた。
ジャックは白目を剥いて意識を失っているらしく、だらしなく開きっぱなしになった口の中から折れたり抜けたりした欠けた歯と長い舌が露出していた。
それどころか全身が血塗れで手も足も曲がってはいけない方向へと曲がり放題だった。
極めつけに何故かジャックが得物にしていた大きな鎌の刃が、胸部を貫通して心臓の辺りから血に濡れた刃先を覗かせていた。
誰がどうみても生きている気配は感じないだろう。
「……念の為、頭は潰しておきましょうかね、やりなさいシェオル」
ドリィの命令を受けたシェオルがジャックの頭に拳を振り落とそうとした瞬間、既に意識が無いと思われていたジャックが白目を剥いたままの状態で口元を歪めてニタリと笑った。
ドリィが驚きを顕わにするよりも早く、ジャックは自分の胸に刺さった大鎌をさらに無理矢理押し込んで刃先をより大きくシェオルの方へ突き出した状態にした後、折れ曲がった腕で自分の上半身諸共斬り上げる形でゴーレムに斬撃を浴びせた。
「ヒャーハ!アヒャヒャ!」
自らの斬撃で頭が縦に真っ二つになってもジャックの嗤い声は尚も止まらず、シェオルも左胸から顎にかけての部分を斬りつけられた衝撃で思わずよろめいた。
怯んだシェオルをそのまま畳み掛けようとジャックは続けて大鎌を振るうが、シェオルはすぐに体勢を立て直して太い両腕で身体の前面を防御する。
すると、まるで金属同士がぶつかり合った様な甲高い音を発してジャックの鎌は弾かれた。
「ヒャアアハアッハハァァァ!……ヒャッ!?」
こうなると今度は攻撃を弾かれたジャックが体勢を崩す番だ。
シェオルはそのチャンスを見逃さず、ジャックの頭に思いきり殴りつける。
バガァッ!というパンチがクリーンヒットした強烈な音と、ボグゥッ!と首の骨が粉砕した鈍い音が同時にジャックの頭部から鳴った。
これほどの強力な打撃、ジャックは再び吹き飛ぶかに思えたがそうはならず、両足とヨンの粘液の糸で地面に踏ん張る。
すると舗装されたアスファルトを薄氷の様にバリバリバリッ!と引き剥がしながらスライドしながら10メートル程度吹き飛んだ。
常人なら既に失血死は免れないような大量の血を撒き散らしながら、骨の支えを失った頭部がプラプラ首にぶら下がるような状態になっても…………それでもジャックは嗤っていた。
「ゴポポッ!シュウウウウ!」
シェオルの攻撃によるダメージの所為か、声帯が壊れて先程までの様なけたたましい声は聞こえなくなったが、代わりに頭部に溜まった血液の中を喉から出る空気が泡立てる音がする。
それでも嗤っていると判るのは、にやついた目玉がドリィとシェオルを見つめていたからだ……これには流石のドリィも気味が悪くなった。
非人道的な行いにすっかり慣れてしまっているドリィだったが、人体実験の末に頭がおかしくなった被害者とはまた別の、確かなヒトの恨みみたいなものをジャックの嗤う瞳の奥に見たからだ。
不意に胸中に湧きあがった不安をかき消そうとして、ドリィは大声を張り上げる!
「いいからさっさとソイツを殺せェェ!」
そんな時、どこからか場違いに暢気な声がした。
「なんか大変そうだね~お手伝いしよっか?」
突然聞こえた声に狼狽えたドリィがきょろきょろと周囲を見回してみても、声の主の姿は見つけられなかった。
「一体誰です!姿を見せなさい!」
始めはシェオルのテストだと高を括っていたドリィだったが、既にそういった余裕は無くなっていて、ヒステリックに叫びながら声の主を探す。
変化はジャックの鎌に起こった。
血に濡れた刃が蜃気楼の様にゆらゆらと揺らめいたかと思えば、明らかに指向性がある動きで血液とは全く別の赤い液状のものが刃を伝ってシェオルの腕を登り、先程ジャックが付けた傷口からシェオルの体内に侵入しているではないか。
謎の液体の侵入によりシェオルの継ぎ接ぎの肉体が全身が激しく痙攣を始めた。
シェオルの片腕がビクンと不自然に跳ねると、シェオルは咄嗟にもう片方の腕でそれを押さえ込もうとする。
「ゴアァッ!?」
腕の痙攣が収まったかと思えば、今度はシェオルの腹部が爆発でも起こったかの様に一気に膨れ上がり、風船の様に膨張した腹部が破裂した。
シェオルは盛大に臓物と一緒に赤い液体を周囲に撒き散らした。
破裂して地面に落ちた臓物の一部が蠢いて一点に集まると、その中から無邪気にはしゃぎながらヨンが姿を現した。
そしてそのまま地面を這ってジャックの身体に戻っていく。
「ばぁ~♪」
感情の無い虚ろなの表情のままシェオルが吼えた。
「ヴォオオオオオオオ!」
「グググ……!これは不味いですね……!!」
シェオルはジャックの斬撃を通さない防御力を持ってはいるが、このままでは内側から肉体を破壊されて負けてしまうかもしれない。
シェオルの敗北を予感したドリィは烈火の如く怒り狂いながらも、すぐにポケットからボールペンの様な何かを取り出して、それを力いっぱい指で押し込んだ。
「チィッ!想定外なんですよォ!お前みたいな非常識なバケモノはァ!」
「ヴァオオオオオオオオン!」
するとそれに呼応するようにシェオルが勇ましく吼えた。
腹の傷もお構いなしにそのままジャックへと抱きついて両足を大きく広げて力を溜めると、渾身の力を振り絞ってジャックを抱えたままの状態で垂直に飛び上がった。
その速度は凄まじく、急加速による空気圧で全身が抑えられて、ジャックはまともに身動きが取れない。
シェオルのジャンプがようやく失速しジャックが動けるようになる頃には、真下にある収容所が随分小さく見える程の高度に達していた。
ジャックは何とか片腕を拘束から抜き出して自由に動かせるようにすると、掌をシェオルの腹にあてがった。
すると掌から血で濡れた鎌の刃先がゆっくりと姿を現した。
ジャックはニヤついた表情のまま、刃を少しづつシェオルの腹に押し込んでいった。
「ヒャハ!ハハハァ――――!」
ジャックは修復を終えた頭部でまた再び嗤い出した。
その時、シェオルが異常な熱気を放っている事など気にも留めてはいなかった。