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ハジマリノヒ  作者: うぐいす
セカイのハジマリ、世界の終わり
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ゼノカリオン10

 捕虜収容所は元々収容される側にとって地獄だったが、今やそれが拡張し、そこに居る者全てにとっての地獄となっていた。

罪のある者、罪の無い者、加害者、被害者といったラベルにもはや意味は無い。

単純に生きているというだけの理由で殺されるだけの場所だ。

殺す事に意味も無ければ、殺される事にも意味は無い。

研究者も作業員も兵隊もモルモットも老若男女問わず皆が皆平等に血を流し、地面や壁に内臓をぶちまけて物言わぬタンパク質になっている。

皆ジャックが殺したのだ、大きな声で嗤いながら。


 もう既に理性が飛んでしまっているジャックだったが、彼の体に染み付いたゲイズハウンド仕込みの戦闘術はこれまでにない程冴えわたり、次々と獲物を切り裂いていく。

狂っていてもその技の冴えは実に見事なもので、あまりの戦闘力の高さが恐怖による混乱を加速させ指揮系統を瓦解させた。

施設内部は最早殺人鬼と化したジャックにとって格好の餌場になり、犠牲者の数は膨らむばかりだった。

そんな中、図らずも最後の生き残りになってしまった兵士がジャックに対して基地に備え付けられた銃座からガトリングガンで豪雨の様に弾丸を浴びせる。

生存への渇望と自暴自棄になった魂が、あらん限りの叫びを喉から搾り出させた。


「バケモノめぇ!死ねえええええええ!」


 銃座の起動と連動して基地に備え付けられたアンチサバイバーフィールドが展開された事で範囲内のサバイバーによる防御が無効化され、一時的にだが戦前と同じく銃弾が無効化されなくなった……しかしそれも全く意味を成さなかった。

確かに弾丸の雨はジャックの命中し彼の身体を一瞬で穴ぼこだらけにしたが、しかしジャックの歩みはそれでも止まらなかった。


「いてええええ!いてええよおおお!ヒャハハハハハ!」


 ジャックは原型を留めない程の銃弾を食らっても尚も嗤い続けていた。

ずりずり……と粘液が這うようにして、わざとゆっくりと銃座へ向かって歩を進める。


「一体なんなんだお前ェ!なんで止まらねえんだよおッッ!!」


 無理を悟った兵士が逃げようとした時、足に鋭い痛みを感じて転倒してしまった。

兵士は慌てて体を起そうとするが上手くいかない。

半ば恐慌状態になりながら兵士が背後へと目を向けると、血溜まりから生えた鎌の刃と切断された誰かの右足が目に入った。

流れ出る血が自分の右腿と切断された右足を繋いでるのを見て兵士の恐怖は限界を超えた。


「う…うわあああああああああ!……あっ!あっ!あああ……!」


 地面に血では無い生暖かい液体がじわりと拡がった。

大の大人が極度の恐怖によって失禁してしまったのだが、しかし警備兵にはそんな事を気にする余裕は既に無かった。


「来るなぁ……来るなよぉ……!」


 湯気が立つソレを見てジャックは大きく噴き出した。

そして嗤ったまま這いずって逃げようとしている兵士の肩に鎌の刃をゆっくりと食い込ませてゆく。


「プッ!どうしたぁ!?逃げないのぉ???今度はさァ、胴体が二つに割れちまうよお!ヒャヒャヒャヒャヒャ!ヒャハハハ!」


 それからその警備兵はその辺に転がっている死体と同じ様にバラバラにされてから息絶えた。

大人しくなった警備兵の身体にヨンが覆いかぶさると、底なし沼に沈むみたいにゆっくりと肉を融解させていった。


・・・


 次の得物を求めてジャックが収容所を彷徨っていると、不意に研究棟の正面玄関の自動ドアが静かにスライドして開いた。

研究棟の中から姿を現したのは二人、一人はこの施設の所長ドリィ・ハーディエス。

そしてもう一人は慎重3メートルはあろうかという素っ裸の巨人だった。

巨人の身体はどうみても歪で、規格の合わない部品を無理矢理くっ付けているのか、微妙に歩幅の合わない両足ぎこちなく動かして歩いていた。

表情は虚ろで青白い肌に血の気は無く、身体の至る所に痛々しい縫い目が刻まれている。

この不気味な巨人こそはドリィの研究の成果、この時代に溢れている死体という資源リソース再利用リユース、死体を繋ぎ合わせて造られたゴーレム『シェオル六号』現在収容所に残っている者達の中では一番の戦力だ。

二人は死体だらけの施設内を無言で歩く。

シェオルは相変わらず虚ろな表情を浮かべていたが、ドリィはそうではなかった。

彼はまさに痛恨の想いだった。


「これは……なんと酷い事を……!!!)


ドリィは周囲を見回して大きく嘆息する。


「……せっかく、せっかくこんなに沢山材料が転がっているというのに、どれもこれも破損が酷くて使い物になりませんねぇ……嗚呼、なんと勿体無い……!!」


 周囲は見ることすら憚られるような地獄絵図だったが、そんな事はドリィとってはどうでもいいことだ。

彼にとって犠牲者の死体は『散らかされた材料』以上の意味を持たないのだから。

そして、研究所を荒らした犯人はすぐに見つかった。

こちらに背を向けて嗤いながら死体を弄んでる男が多分そうだろうと目星を付けて、ドリィは傍らのシェオルに指示を出す。


「シェオル、最初の命令です。ヤツを殺しなさい……出来ますね?」

「…………ア゛ア゛ア」


 呻き声と同時にシェオルはドスドスと大きく不揃いな足音を立てながらジャックの方へと走っていった。

当のジャックはというと、シェオルの足音に気付いた様子もなく、相変わらず鎌で既に事切れた死体に向かって大鎌を振るっては、既にぐちゃぐちゃになっている死体をさらにぐちゃぐちゃにして遊んでいた。

ジャックの直ぐ後ろに立ったシェオルは走った勢いもそのままに、異常に太い腕を大きく振りかぶって思い切りジャックの身体を殴りつけた。

何処を狙うとか、そういう知性やテクニックは一切感じない純粋な力任せの攻撃は、ヒトとしては大柄であるはずのジャックの身体を容易く吹き飛ばした。

その威力は凄まじいもので、大の男が放物線では無く地面と水平に吹き飛んで行く。

まるで砲弾の様に吹き飛び続けるジャックの身体は、たっぷり300メートル吹き飛んだ後で、そのまま建物の壁に激突し大穴を開けるのを三回程繰り返した後でようやく停止した。

収容所に鳴り響いていたジャックのけたたましい笑い声がピタリと止むと、周囲に暫しの静寂が訪れる。


「はっ!この程度ですか、本当に全く……クソの役にも立たない連中ですよ!」


 犠牲になった職員達に哀悼する素振りは全く無く、それどころか当然だと言わんばかりに罵倒した後、ドリィはシェオルへ次の指示をだした。


「念の為に死体を確認しておきますか……シェオル、ヤツの死体をここに持ってくるのです」


 一線級の戦力では無いにしろ、基地内の戦力を一方的に蹂躙できる程のポテンシャルを持つ肉体……もし先の一撃にも原型を留めているのであれば、新しい研究の為の材料になり得るかもしれない。

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